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『Mimic』(1/4) 

 降り積もった雪がぶ厚い層を成し、あらゆる景色を白に染めている。
 そんな場所で一人の女性が寒さに身体を震わせながら井戸のロープを手繰っていた。
 やがて顔を出した鶴瓶桶から、持参した桶へと中身を移す。

 桶から跳ねた水が手を濡らす。
 女はその冷たさと自分の失敗とに悪態をつく。
 ようやく東の空が仄白い光を戴きはじめた時分、ここ北の山間の町ホーにあっては水汲みは堪える仕事だった。

 体を丸く折りたたんでしまいたい。
 桶をつかむ濡れた手も、膝の関節もきしみ、悲鳴を上げている。
 女はいったん水桶を露めいた地面に下ろした。
 手を拭いてしまわなければ、家にたどり着くわずかな間にも濡れた部分が凍傷を作ってしまいそうだったからだ。

 古いドレスの裾で手をぬぐう。
 先ほど振り出した雪が肩に落ちてくる音の、そのささやかさ。
 人間はおろか、すべての生き物の営みが絶えたかのような静けさだった。

「……、」

 その時、すぐに桶を拾い上げて家路を急がなかったのは何故だったのか。
 あまりの静けさに、他の生き物の――例えば鳥の――姿を確かめようとでもしたのであったか。
 後々になっても理由は思い出せなかったが、とにかくこの時、冷たい風に逆らうように彼女は顔を上げてしまったのだ。

「……?」

 はじめは大きな鳥が休んででもいるのかと思った。
 教会の鐘楼の、その高い外壁の傍、はるか中空に黒い影がある。
 見過ごしがたい奇妙な予感に捉えられ、目を凝らす。
 ようやく明け染めた空が、少しずつそのものの姿を暴いていく。

「……!」

 女は自分の喉から迸る悲鳴を他人のもののように聞いていた。
 悲鳴を上げているという自覚はなかった。

 鐘楼の最も高い窓から縄で吊り下げられたそれは、腹に空いた亀裂からその中のものをゆらゆらと垂らした、男の死体であった。

 ごうううん、と重厚な鐘の音が響き渡る。
 かの死体の両腕が揺らめいている。
 早くもそこに積もりはじめた雪は朝焼けを反射し、その煌めきは女の目を射抜いた。

「――――――!!」

 再び切り裂くような声を上げる。
 まるでそれに合わせたかのように、重厚な鐘の音も同じく響き渡った。

 もし、この時の悲鳴を街の外の人間が聞いていたとして、その意味を真には理解できなかったに違いない。
 それは呪われたホーの地に住まう者でなければ決して理解が及ばぬかたちの、精神に深く根ざした絶望の声であった。



 壁の燭台から獣脂の燃えるにおいが鼻先に届く。
 ふと、レギウスは窓に目をやった。
 街は雪に閉ざされている。

 冬が深まる時期にはちらつく雪は吹雪となり、冬至の頃にはダイヤモンドダストが降り注ぐ。
 この地ではそれを『氷竜のため息』と呼ぶ事を宿の主人が教えてくれた。
 何の依頼の予定もない自由の身なら、氷竜が再び眠る春を待ち、雪とともにここに閉じ込められる幻想も悪くはない。
 だが現実はそうした物思いに耽る事すら許してはくれなかった。

 出立の準備を整えるレギウスたち『星を追う者たち』の前に現れた男は年の頃二〇そこそこといったところだろうか。
 軽装だが銀色のバッジを胸に留め、腰にはサーベルを下げている。
 警備隊の一員だという青年は、昨日の朝から繰り広げられている惨劇について努めて感情を抑えて語った。

 レギウスはちらりとマーガレットを見やり、視線だけで用件を伝える。
 続きを促せ、だ。

「……そのおばさんが目撃した死体はどこの誰だったんだい?」

「この街に逗留していた吟遊詩人です。南のほうから流れてきたという事でしたが、詳しく知る者はいません」

「そのおばさんも気の毒に。一生忘れられないだろうね。それに街は上を下への大騒ぎだろう」

 目の前の警備隊の青年は疲れ切った表情を隠そうともせず頷いた。

「このような、その……奇怪な出来事ですから。警備隊発足以来の珍事です。引退して老境に差し掛かった隊員まで駆り出しています」

「そりゃまた……で、手を下した人物の目星は?」

「いえ。吊るされた死体を下ろし、土葬して、鐘楼を中心に調べ始めましたが、まだ……」

「……埋めちまったのか」

「え? ええ、それは。放っておけば腐りますし。あまりにも酷い有り様だったものですから……」

 救いがたい暴挙を目にしたと言わんばかりに口を挟んだレギウスは、大きく息を吐いて天井を見上げた。

「そして、あの、続きがあるんです。これで終わりではなかった」

「ん?」

「その明けた次の朝、つまり今朝の事ですが……二つ目の死体が同じように鐘楼から吊るされました」

 黙って聞き手に徹していたターニャの目がすがめられた。
 ほかの連中も同様で、皆一様に不穏な空気を感じてレギウスに視線を向ける。

「……長くなりそうだ」

「とりあえず荷物おろそっか」

 ひと仕事を終え、もうリューンへの帰路に就くところだ。
 彼らの背中には長旅に備えた大荷物が背負われたままだった。
 改めて腰を据えた事を確認し、警備隊の青年は口を開く。

「殺されたのは雑貨屋を営んでいる家の娘です。それも、遺体の様子が一人目の時よりも酷い。もうなりふり構ってはいられないのです。もしかしたらこれで終わりではないのかもしれない……!」

「何か掴んでるのかい?」

 淡い期待を込めたはいいが、警備隊の青年は力なく首を横に振った。

「ホーは歴史の古い街です。人殺しも当然起こった事がある。でもそれは、おわかりでしょう、もっと簡単な性格なものでした。酔っ払いの喧嘩の末だとか、貧しさゆえに食い詰めて金品欲しさにといったような、そういった類のものです」

「よくあるやつだね」

「ええ、このような人殺しは……行きずりの旅人を殺すような、誰が何のためにやったのか見当もつかないような人殺しは初めての事なのです。貴方がたには様々な経験がおありだと聞いています。どうか、お力をお貸しください」

「冒険者だからね。納得できればどんな仕事でもするさ。ちなみに報酬は?」

「実際に解決に至る手がかりを見つけてくだされば、銀貨一〇〇〇枚を用意します」

「……話は分かった。だが、請けるかどうかは少し話してからにさせてもらう」

 マーガレットがお決まりの台詞を吐くと、警備隊の青年は静かに席を外した。
 真面目な空気に耐えられなかったのか、カイルは大きく息を吐いてテーブルに突っ伏す。

「昨日到着して、街の雰囲気が少しおかしいと思ったけど……まさかこんな事が起きてたとはね」

「けど、こういうのって冒険者に依頼するものなのかな~?」

「俺たちがこの街の教会の依頼をこなした事が知れてんだろうな」

「いやいや、『月歌を紡ぐ者たち』ほどじゃないけど『星を追う者たち』の名もリューンじゃそこそこ売れてきてるからね。信用されているって事さ」

「ま、『リューンで』ってところが大きいんだろうけどね。これがヴィスマールとかだったら依頼しようとは思われなかったかもだよ」

「こうして外に出ると周辺都市にはなかなかのリューン信仰が根付いてるってのが感じられるな」

 どうでもいいが、と切り捨ててレギウスは改めて仲間たちに向き直る。

「ひと仕事終えたばかりだ。懐は寂しくねェ。やらなくてもこっちに損はねェが」

「いいんじゃない、引き受けても。お金はいくらあっても困らないよ」

 こういう場面で真っ先に働き者になるのは守銭奴なカイルである。
 しかし彼の言い分ももっともだ。
 レギウスとマーガレットは個人的な研究のために稼ぎのほとんどを回してはいるため、資金が底を尽きてはそちらもままならない。 

「決まりか」

 否定意見がない事をみて、マーガレットは警備隊の青年を呼んだ。

「引き受けよう。これは君個人からではなく警備隊からの正式な依頼なのか?」

「はい。貴方がたが基本的にどこにでも立ち入る事ができるように、警備隊のほうで触れを出しておきます」

「あいわかった。だが、まだ情報が少ない。現時点で警備隊のほうで掴んでいる情報をもう少し詳しく提供してもらえないか」

「承知しました。一度詰め所に戻って整理しますので、後ほどお越しくだされば……」

「……待て」

 席を立ちかけた青年を呼び止めたのはレギウスだった。

「ひとつ聞かせろ。あんたには殺人の目的が分かってるんじゃねェのか」

 まさか、というマーガレットたちの反応とは裏腹に、レギウスの言葉に青年が見せた反応は顕著なものだった。
 空気を飲み込み、ひと呼吸置いてから彼はその理由を尋ねる。

「大した事じゃねェ。さっきのあんたの説明が引っ掛かっただけだ。
 ……『このような人殺しは初めて』って言ってただろ。聞いてた俺は当然、人が腹を裂かれて塔から吊るされた事だと思った。だが続く言葉はこうだった。『』」

「……、」

「この事件の様相について知った時、まず目につくのはその殺し方の異常性だ。おぞましく、理由も分からねェし、同様のやり方を聞いた事もねェ。この事件の性格を象徴しているのはまさにだぜ。決して殺されたのが流れ者の金無し男だった事じゃねェ。
 あんたがそこをスキップできるのは理由がわかっている、あるいは察しがついているからじゃねェかと思ったんだが。どうやら当たりらしいな?」

 青年は表情を強張らせ、ごくりと唾を飲み込む。
 まるで化け物を見たようなリアクションだった。

「……失礼ですが、貴方とは友人になりたくないですね」

 咎めるような青年の視線に、レギウスは「寂しいねェ」と肩を竦めて何食わぬ顔をしている。

「すぐに分かる事でしょうからお話ししますが……はい、私はある程度あのような殺し方の目的、意図に察しがついています。それについて話すのは街の者として、己の恥部を曝け出すに値する戸惑いがあります。お伝えするのが遅れた事、ご容赦ください」

 青年は一度俯いてから、意を決したように面を上げた。
 よほどの内容を窺わせる様子に、レギウスは腕を組んで情報の開示を促す。

「その殺され方は一五〇年前……大公サウルが亡くなった時のそれと同じなのです。
 私もあまり歴史に明るくはないのでかいつまみますが、ここヨーンソンの北の領ホーはかつて、亡きウルダーン大公国の首都でした。最後の大公サウルは民に重税を課し他国との戦争へ駆り出す暴君で、これに耐えられなくなった民がヨーンソンの助力を得て蜂起したのです」

「って事はつまり……処刑されたって事かい? 腹を裂かれて、鐘楼に吊るされて」

 青年は静かに頷いた。

「私は、誰かがあの歴史上の出来事になぞらえて事を起こし、人々を怯えさせて楽しんでいるのでは、と考えています。
 民の中には大公の亡霊が蘇って街の者に復讐をしているのだとか、そんな風に言う者も……いえ、ほとんどがそんな思いを抱いているか、押し黙り、今回の事は大きな声では語りません」

「なるほどな。あんたが言い淀む理由がよく分かったぜ」

「……貴方がたも、大公の亡霊の仕業であるとお考えになりはしませんでしょうね」

「ナンセンス。亡霊がロープを吊るすかよ」

「そう、ですよね……安心しました」

 青年の顔に滲んでいた緊張の幾分かが解けたようだった。
 レギウスのはっきりとした否定がそうさせたのだろう。

「大公の事についてお調べになりたければ、図書館へ行かれるのがよいと思います。何かあれば詰め所までいらしてください」

 青年は一礼し、人数分の飲み代にあたる銀貨を卓に置いて去っていった。
 契約は結ばれた。
 さりとて即座に席を立ち、情報を集めに街に繰り出すのは駆け出しを抜けた冒険者パーティにはありえない。

「方針を定めないとね。どこから探す?」

「まずは現場、それから遺体だ。あらかた片付いちゃいるだろうが、まだ何か残ってるかもしれねェ。つーか残ってなきゃ面倒くせェ」

「同感だね。でもそれにしたって警備隊の詰め所で情報もらってからでもいいんじゃない?」

「呪いだ祟りだと噂の流れる事件を真面目に捜査したとは思えねェから先に現場と遺体なんだよ。無くなってからじゃ遅ェんだ。被害者の接点だとか犯人の動機だとかは後で構わねェよ」

「ま、君がそう断言するなら文句はないよ。何しろこういった事件の謎解きは君の独壇場だからね。僕らは手足になるだけですよ旦那ぁ」

「そういうこった」

 方針は定まれば、次は行動だ。
 レギウスは椅子から立ち上がり――

「あ?」

 ――身体が傾いだ。
 咄嗟に掴んだ椅子とともに、レギウスはまともな受け身も取れずに倒れた。
 倒れた方向に人も物もおらず、巻き込み被害が大きくならなかった事は幸いだった。

「ちょ、レギウス、大丈夫かい!?」

「なんだこりゃあ……どうなってやがる」

 レギウス自身、何が起こっているのか理解できていなかった。
 手近な椅子を支えに立ち上がろうとするも、やはりうまくいかない。
 駆け寄った仲間たちに支えられて、ようやく椅子に座らされた。

「……レギウス、あきらかに熱あるね」

「うわ、マジだ。ひどい熱じゃん」

 不調が物珍しいのか、仲間たちはこぞってべたべたとレギウスに触れてくる。
 うざってェ、とレギウスはその手を振り払うも、ターニャは構わず検温を続けている。

「マーガレット、はこぶの手伝って。安静にさせないとよくないかも」

「よしきた。お姫様抱っこがいいかい? それともおんぶ?」

 もちろんマーガレットは冗談のつもりだったが、絵に描いたような嫌悪と軽蔑の表情をされてしまったので肩を貸すだけに留めた。
 昨夜借りた部屋に押し戻されたレギウスは半ば無理やり寝台に転がされる。

「クソが。なんだってんだ」

「ほら、文句いってないで。ほかに痛いところとかある?」

「別に……」

「ほんとに?」

「何もねェ」

「ほんとだね?」

「しつけェな!」

「きみは自分のことになるととたんに無頓着になるから、信用できないよ」

 レギウスは思わず言葉を詰まらせる。
 普段はあまり自己主張しないターニャであるが、ときたまこうやって有無を言わさぬ迫力を見せる事がある。

「熱と……軽い頭痛だけだ」

「完全に体壊してんじゃん」

「頭痛はいつもの事だ。気にする必要ねェよ」

「え、初耳なんだけどいつも頭痛してんの? やばいじゃん。絶対なんか変な病気とかだよ」

「適当言ってんじゃねェよクソガキ」

 いつもの窘める声にもどこか覇気がない。

「……レギウスはやすんでて」

「俺抜きで仕事片付けられんのか?」

「私がなんとかする。たまには年長者にたよっていいんだよ」

「……、」

「ま、大丈夫でしょ。調査は僕の十八番だし。レギウスは寝てていいからさ、どうしようもならなくなった時に知恵だけ貸してよ」

 あぁそうかよ、とレギウスは半ば諦め気味に息を吐いた。

「それじゃ、ステラはレギウスのお世話よろしく」

「は~い、お任せあれ!」

 さすがに聞き捨てならなかったのか、レギウスは飛び起きる。

「ちょっと待てコラ。なんでよりにもよって目を離せねェ奴を置いていくんだよ」

「目を離せないから置いていくんじゃないか。それに君を看病する人間も必要だからね」

「看病なんざいらねェよ。寝てりゃあ治る」

「とかほざいてますが、ターニャ先生いかがでしょう?」

「だめに決まってるでしょ。ステラ、あとお願いね」

 張り切って承諾するステラに対してレギウスはまだ納得していない様子だったが、とりあえずターニャたちは無視して帰り支度にまとめていた荷物を下ろした。



 宿の亭主には今日発つ旨を伝えていたため、まずは延泊を伝えてついでに病人食の用意を頼まなければならない。
 ターニャたちは最低限の荷物を抱え、一階の酒場へと降りていく。

「おっとすまない」

「ああ、いや。大丈夫だ」

 先頭で階段を下りていたマーガレットは、ふらりと席を立った酒場の客とぶつかりかけた。
 その中年の男は、昨日は見なかった顔だ。

「やあ。珍しいね、冒険者とは。近くに遺跡もないし、飯の種があるとは思えないが」

 思いのほか友好的で饒舌な男に、マーガレットは探りを入れてみる事にした。

「ありがたい事に、案外どこにでも需要があるものでね。これから鐘楼の殺人について調べるところだ」

 露骨なまでに男は表情を強張らせる。

「街の人、だね? なにか知らないかな、そう……殺された娘の事とか」

「娘……ああ、娘……雑貨屋の。いい子だったよ、素朴で優しくて……店はいま閉めちまってるようだ。
 できれば話してやりたいが、俺も祟りは怖い。もう話しかけないでくれ……」

 その男の様子は、警備隊の青年が語っていた恐れ方よりも深刻に見えた。
 先ほどまでの友好的な態度は影を潜め、男は銀貨を卓に置いて伏し目がちに酒場を後にした。

「……あんたら」

 そのやりとりを眺めていたのか、マーガレットたちに声をかけたのはカウンターの向こうに立つ宿の亭主だった。

「ああ、ご主人。すまないね。客を減らすつもりはなかったんだが」

「いや、……それよりもお仲間は大丈夫かい」

「よくないみたいだ。できればもう一泊、あの部屋を貸してほしい。それと病人でも食えそうな栄養のある食事を用意してもらえると助かる」

「分かった……」

 昨夜、『星を追う者たち』に料理を振舞った際の朗らかな笑い顔は消えている。
 マーガレットも気づいてはいたが、少なくとも宿を追い出されるような展開にはならない様子である。

「……あの詩人は、ここの次は復興中のプロトキンを目指すんだと言っていた」

 唐突に、宿の亭主は独白のように呟く。

「あそこの酒は面白いんだと言うと、浴びるほど飲むんだなんて軽口を叩いてね。悪い男じゃなかった」

「ご主人……?」

 この街に到着した昨夜には、すでに詩人は殺され、街の者もみなそれを知っていたはずだ。
 だのに今、主人の態度が昨夜と異なる事についてターニャは違和感を覚えた。

「神罰が下ったんだよ。……大公サウルの物語を詩にしたいなどと言ったから」

 後半は露骨に声量が絞られたが、それでも耳のいいターニャには十分聞き取れた。
 一人目の被害者は吟遊詩人だったという。
 街の者が恐れる大公サウルという禁忌に触れた事が、亭主の印象を悪くしているのだろう。

「外の者が触れていい話ではないんだ。あんたたち、依頼を請けたようだが、あまり深入りしないでほしい」

 それは事件解決のために禁忌に触れかねないマーガレットたちであっても例外ではないらしい。

「滞在費は警備隊が払ってくれるそうだから、昨夜と変わらずもてなそう。だが、大公は……あの御方はまだこの地に生きているのだ。我々はその怒りに触れぬよう慎ましく暮らさねばならない。いたずらに暴き立てるべきではないのだ……」

 一五〇年も前に殺された大公サウルが、今さら詩にされる程度の理由で吟遊詩人を罰すなどありえない。
 そんな力があるのなら当時の民衆はみな呪い殺されていなければ辻褄が合わない。
 つまりは警備隊の青年が予想し、レギウスが断言したように、誰かが大公サウルの史実に基づいて模倣した可能性が一等高い。

 だが、大公サウルの顔も見た事がないはずの亭主ですらこうまで怯えている。
 どれだけ理屈を並べたところで、決定的な証拠がなければ彼らは納得しないだろう。
 それを見つけるまでは彼らの不興を買うような真似はできるだけ慎むべきだ。

「……ご忠告痛み入る」

 亭主には適当に返して、マーガレットたちは宿を出た。
 ホーの街は相変わらずの冷え込み具合で、もはや春も近いというのに未だに雪が降る日もあるという。

「さ、それじゃレギウスの遺言に従ってまずは現場に行こうか」

「勝手に殺してやるなよ」

 石造りの塔は街で最も高い建造物であり、遠目からもその姿を見る事ができた。
 教会に隣接している事もあって一切迷わずに一行は鐘楼にたどり着く。
 塔に近づくとやや欠けた石もあり、――大公サウルの史実がある以上、一五〇年前には造られていたはずだ――年月を重ねている事が見て取れた。

 中へ入るための扉の周りの地面は、警備隊のものであろう多数の新しい足跡にまみれている。
 扉は無残に打ち壊されている。
 中央には鐘楼内の様子がうかがえるほどの大きな穴が開いていた。

「冒険者の皆さん。調査は進んでいますか」

 マーガレットたちに声をかけてきたのは、大柄な警備隊の男だった。
 どうやら殺人の現場である鐘楼周辺の保全のために立番しているようだ。

「この扉は警備隊がやったのかい?」

 マーガレットは大穴を指して言った。

「いいえ。中に入るだけなら管理しているシスターから鍵を借りてくればいいので」

「それじゃ、この穴を開けたのは」

「昨日の朝、詩人の死体を目撃した主婦から一報があり、駆け付けた時にはこの状態だったのです」

「……それにしてもおおきな穴だね。中にはいるだけなら、錠付近に腕がはいるくらいの穴をあけて、内側から鍵をはずせばいいんじゃないのかな?」

 ターニャの疑問に、警備隊の男は首を横に振る。

「内側からの鍵の開閉はもともとできないんですよ。納屋なんかと同じです。その必要がないですから」

「納得……穴のおおきさは、くぐるには充分だね。子どもや女性ならなんなく通れるし、多少体格のいい男性でも通れないことはないとおもう。かがんで足から通すとか」

「さすがにここから犯人の風貌を絞れるほど甘くはないか」

「極端に太ってはいないんじゃない? 幅はそんなに大きくないもん」

「……ん?」

 扉の大穴に注目していたターニャだったが、すんすんと鼻を鳴らした。
 やがて半開きの扉の、外側にあたるノブの縁を指先でひと撫でした。

「オリーブ……?」

 ターニャの嗅覚は指先のべたつく何かに対して、そう答えを出している。
 改めてターニャはドアノブを子細に検分するが、ほかに情報は得られなかった。
 振り返ると、カイルは扉の大穴のほうに興味を示したらしく、しゃがみ込んで散らばった木屑を調べていた。

「なにかわかった?」

 カイルは肩を竦めて応えた。

「たぶん、斧だ。ホーならどの家庭にもあるんじゃないかな。薪が要るからね」

「ふむ……」

 ターニャは顎に手を当てて思考した。
 ややあって、警備隊の男に向かって口を開く。

「ねえ、ここ、普段から鍵はかかってるの?」

「ええ、朝昼晩と鐘を鳴らすためにシスターが開閉する以外は、常に」

「それは確かなの?」

「先ほど教会で確認しています。戒律だから仕方ないとはいえ、筆談だったので大変でしたよ」

 ホーの教会では過去から続く戒律が守られており、
 そのためシスターたちは言葉を話す事自体を禁じられている。

「今はさすがに鐘をつくのは控えてもらっています。何しろ現場ですから」

「二度目の殺しは今朝だったはずだけど。ここはどういう状態だったんだ?」

 マーガレットの質問に、警備隊の男はばつが悪そうに視線を泳がせた。

「扉などはこのままの状態で……まさか、二度目があるなどとは思っておらず、……無人でした」

「なるほど……」

 意味深に頷いたターニャだったが、ただ警備隊の男の証言を確認したわけではない。
 この街に根付いた大公サウルに対する恐怖が今になって噴き上がっている理由が、彼の言葉でおぼろげながら理解できたからだ。

 殺された旅人の様子が大公サウルの死に様に酷似していただけならば、大公の亡霊が蘇っただの神罰だのと、内心ではそう思っていても表に出すほどではなかったはずだ。
 しかし二人目、街の人間が理由もわからずに同じ殺され方をしたとなれば話は違う。
 二つの殺人を結びつける唯一のピースが『大公サウル』なのだ。
 本来であれば長い年月によって薄れ、古典となって埋もれていくはずの大公サウルという名が、街の人間に再び深く刻まれたのだ。

 半信半疑の若者たちは、この事件に犯人がいるのならばそれを挙げて安心したいと思っているはずだ。
 だが大公サウルの亡霊や神罰といったものを馬鹿馬鹿しいと一蹴できないもう半分が、彼らの足を鈍らせている。
 誰しも矢面に立ちたくはないからこそ、『星を追う者たち』に緊急の依頼があったのだろう。

「どうしたんだい、ターニャ? 何か気になる事でも?」

 気づけば、カイルとマーガレットはすでに鐘楼内の調査に乗り出している。
 置いていかれてはたまらない。
 ターニャも足早に半開きの扉をくぐって塔の中へ足を踏み入れた。

 中に入ると、吹き抜けをぐるりと螺旋階段が昇っていくのが見える。
 底冷えのする空気が肌を刺した。
 かつん、かつん、と石造りの階段を靴底が叩く音がしばらく鳴り響いた。

「わあ……」

 長い螺旋階段を昇った先で、まず目に入ってくるのはその大鐘だ。
 思わず感嘆の声を漏らしたターニャに、鐘楼内の立番を担当している警備隊の男が反応を示した。

「鐘は年月を経て劣化します。音は軽くなり、本来の響きを失う。ですがこの鐘は、最後に交換されてから一〇〇年以上、響きを失っていません。これは、そう……大公サウルの死を悼んだ名工の手による作品だったと思います」

「一〇〇年! そうとう古いものとはおもっていたけれど……」

 ターニャも吟遊詩人の端くれだ。
 神秘的な雰囲気を漂わせる大鐘から受ける感銘をそのまま詩に乗せてしまいたいと好奇心が疼く。
 しかし他の仲間はすでに床の血糊を調べ始めていたため、ぐっとこらえてそちらへ向かった。

「石畳の隙間、血が流れた跡がある」

「ここで争いがあったという事か」

「そう。この残り方からして、かなりの量の血が流れたと思う。きっと殺人の現場はここだと思うよ」

 辺りを見回しても、死体が吊るされていたと思われる張り出しの窓と、ホーに時を知らせる鐘だけしかない。
 ターニャは先ほどの警備隊の男に声をかけた。

「ここ、死体の発見時はどんなようすだったの? ふたつの死体はロープでつってあったんだよね?」

「ああ、はい。張り出しの石の一つにロープが巻き付けられていて……そこから死体は吊るされていました」

「床は?」

「は?」

 男は意味をはかりかね、目を瞬かせている。

「ここの床。どんなようすだったの?」

「ああ、それは、ひどいもので……特に、吟遊詩人の死体の時は。血が飛び散っていましたから、後始末が大変でしたよ」

「ん……? 死体の損壊がひどかったのは雑貨屋の娘さんのほうじゃないの。なのに床にながれた血は吟遊詩人のほうがおおかったの?」

「ええと、ええ、はい。娘の時はほとんど血が流れていなかったように思います」

「……、」

 レギウスではないが、ターニャもまた軽い頭痛をおぼえた。
 彼が面倒くさいと言っていたのはまさにこういう事で、もし片付けられたものの中に重要な証拠が眠っていた場合、頼りになるのはこんなあやふやな記憶だけなのだ。

「遺体、埋葬したんだっけ」

「はい。街外れの墓地に」

「つぎからは、死体をみるより先に私たちを呼んでね」

「はっ……? そんな無茶な……それにつ、次って……そんな不吉な」

「冗談だよ」

 無論、ターニャにも事件の全容は掴めていないし、次があるかどうかも分かってはいない。
 だが意図的でないとはいえこれ以上の証拠品をいたずらに失わせてはたまったものではない。


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周摩

Author:周摩
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