FC2ブログ
≪ 2019 11   1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 - - - -  2020 01 ≫
*admin*entry*file*plugin

『Mimic』(3/4) 

「やっぱり寝てない……」

 宿の二階、『星を追う者たち』が借りた部屋のベッドにはレギウスが上半身を起こしたままだった。
 彼の足元で、なぜか毛布にくるまったステラが静かに寝息を立てている。
 何がどうなってこうなったかはさておき、病人であるレギウスが素直に寝ていないのは確実だった。

「やっぱりじゃねェよ。だからこのガキ置いていくなっつってんだろうが……」

「いいわけをきこう」

「看病と称した暴走をどうして病人の俺が止めなきゃならねェんだよ。止めたら止めたで勝手に寝やがるし、俺もいい加減休めるかと思ったらオマエらが帰ってくるしよぉ」

「今から寝りゃいいじゃん」

「調査終えてきたんだろ。そっちへの興味が尽きねェ。俺にも聞かせろ」

「……だめっていっても聞かないんでしょ。勝手にしてよ、もう」

 半ば諦めつつ、ターニャは自分の荷物から羊皮紙の束を取り出した。
 先ほどの食事の際に片手間でまとめた今回の事件の資料である。
 片手間とはいえ本職吟遊詩人がまとめた、かなり詳細な内容が記されたものだ。
 さっそく、レギウスはそれを受け取って読み始める。

「まず話したいのは……被害者のふたりはどちらも殺される原因になりそうな諍いをかかえていた、ということ」

「そうだね。とりあえず容疑者として挙がった三名はそれを中心に調べられていたみたいだし。だけど両方とも殺す理由のある人はいなさそうだった」

「まず引っかかっているのは、そこ」

 ターニャはレギウスから容疑者の資料を取り返し、デスクに並べる。

「三名の容疑者は、どちらか片方を殺す理由をもっていても、もう片方とのかかわりはうすい。だからこそ、片方の殺人はカモフラージュだった、って可能性はありうるかな?」

「捜査を撹乱するため?」

「うん……計画的におこなわれた殺人だったのならカモフラージュは詩人のほうで、逆に突発的なものならカモフラージュは娘のほうだとおもう」

「つまり、本当に殺したかったのはどちらか一方なんじゃないか、と言いたいわけか」

 確かに被害者の二人に直接的な関係性はなく、繋がりは非常に薄い。
 木を隠すなら森の中、本命とは別に無関係の死体が出来上がればそれだけで犯人像はぼやける。

「より怪しいのは娘を恨んでいる革職人か借金男だろう。殺しに至るまでの事と考えると、吟遊詩人はやはり流れ者だからね」

「しかし、それにしたって殺すほどかな?」

「聞いただけのボクらじゃ想像もつかないような恨みがあったのかもしれない」

「……憶測で話すのは感心しねェな」

 あまりにも議論がまとまらずつい口を出してしまったレギウスに、ターニャはじろりと一瞥して抑え込んだ。
 だがレギウスの言い分ももっともだ。

「まぁ、事実として共通項が薄いというのは否定できないよね。二人とも金目のものを持ち歩いていたとは考えにくいし、金銭目的の犯行じゃなさそう。身体に乱暴を働かれた形跡はなかったし、そういう目的なら普通男は手にかけない」

「恨みをいだいていた人間がいる、これは共通項じゃないの?」

「うーん、一人が二人を殺したんじゃなくて、二人が一人ずつ殺したって事かい? だとしたら殺した後の処理が同じなのが気になるね」

「むかし、あそこでおなじようにされた大公の死にざまになぞらえて……亡霊のしわざにするため?」

「何らかのメッセージが込められているのかな?」

「……動機の面から洗っていくのは得策とは言えねェな」

 再びレギウスの横槍が入る。
 すでに彼はターニャが用意した資料をすべて読み終えている様子だった。

「はっきり言うぜ。時間の無駄だ」

「……レギウスはやすんでてっていったでしょ」

「このまま進めたんじゃ真相に辿りつく前に夜になるぜ。そうしたらまた次の犠牲者が出る」

「……!」

 きっぱりと、レギウスはそう言い放った。

「むしろ出ねェと思うか? だとしたら悠長すぎるぜ。この事件は少なくとも今夜中にはケリをつける必要がある」

 部屋の中に束の間の静寂が訪れた。
 事件の異常性はこれまでの調査で浮かび上がってはきている。
 三度目はないと、無意識に考えていたのだろうか。
 それともレギウスのように締めるべきところを締める存在がいなかった事で、緊張が緩んでいたのか。

「確実に言える話をしろよ。前提がなけりゃ推論は成り立たねェんだからよ」

「わ、わかった……」

「まず、凶器は鋭利な刃物だって事は確実だね。どちらの遺体も胸をひと突きされて殺されてた」

 慌て始めたターニャに助け舟を出すように、カイルが資料を示して言った。

「ここから導き出される犯人像は?」

「たぶん、男だ。もし相手が油断してたとしても、ひと突きで殺すのは普通の非力な女性には無理だよ」

「でも女性だって怪力だったり、剣に長けてる人はいるよ。たとえば冒険者とか騎士とか」

「この小さな街の人間としてはイレギュラーだね」

「だけど、そのイレギュラーを推理からのぞくのは危険だよ。刃物のあつかいを、たぶん生き物を殺すという種類の次元で心得ている男性……もしくは体格のいい女性。その職業は、たとえば猟師、あるいは警備隊。そんなところじゃないかな」

 凶器と死因から浮かび上がったそれこそが、事実に基づいた推論となる。
 確実な事柄が土台となって支えていなければいとも簡単に崩れ去る推論しか浮かばないものだ。

「十中八九、その通りだろ。集められた情報がそう語ってる」

「でも、それじゃ……」

 ターニャはまだ納得していない様子で俯いた。

「だが、俺もこれ以上突っ込んだ推論は立てられねェがな。決定打がねェ」

「情報が足りないって事か。しかし、これ以上どこを調べたらいいのか……」

「犯人像はほぼ見えたんだし、もう少し範囲を絞って調べてみるのもいいかも。……とはいえ、例の容疑者三名とも引っかかっちゃうんだけど」

 ホーは小さな街といえど、犯人像に該当する人物は少なく見積もっても一〇〇〇人はいるはずだ。
 警備隊のような組織力もない『星を追う者たち』にとっては雲をつかむような話だ。

「ターニャ、ひとつ頼まれちゃくれねェか」

「――はっ!?」

 驚愕の声を上げたのはターニャだけではなかった。
 マーガレットは恐ろしいものをみたかのように目を丸くしているし、カイルは馬鹿みたいにぽかんと口を開けている。

「……なんだよ。頼れっつったのはオマエじゃねェのか」

「ご、ごめん。びっくりしちゃって……それで、なに?」

 レギウスは荷物袋からスクロールの束を取り出して、ターニャに向かって差し出した。

「図書館で調べ物だ。大公サウルについて知りてェ」

「なんだい、歴史のお勉強?」

「そもそもこの事件は大公サウルの死に様になぞらえてあるからこそここまで大事になってんだ。歴史をよく知る街の人間がそうだと確信し、亡霊が復讐を始めただのと言いだすほどに、だ。だったら犯人も大公サウルをよく知る人物って事になる」

「逆にいえば、大公サウルについてしらなければ見おとすなにかがあるかもしれない……」

 そういう事だ、とレギウスは肯定する。

「ついでにホーの街で起こった事件・事故の記録も漁ってくれ。こっちは類似事件があったかどうかだけでもいい」

「それはいいんだけど……でも、このスクロールはなに?」

「オマエらは知らねェだろうが、この街の図書館の蔵書量は大したもんだ。だが、中には原文ままの古語でしか残っていないものもある。その時のための『解読』だよ」

「いいの? 貴重じゃなかったっけ、これ」

「必要な時に使わねェでいつ使うんだよ。まぁ、俺ならそれも必要ねェんだが、この部屋から出るのはナシなんだろ?」

 確かにレギウスが動けない以上、貴重な『解読』のスクロールの使いどころではある。

「……わかった。それじゃ、今度こそレギウスはねててね?」

 一応の念を押して、ターニャは宿を後にした。
 慌ててその後を追うマーガレットとカイルを従えて、街で唯一の図書館へと向かう。
 昨日、暇つぶしにとレギウスは図書館を訪れたらしいが、そこは宿にほど近い場所にあった。

 入口にある石碑には、もともとは教会の書庫の蔵書数が増えたために国の援助を受け分離して設立されたものだという、図書館の由来が記されていた。
 街の者には開かれており、誰でも訪れて蔵書を閲覧する事が可能だが、外部の人間には立ち入りを認めていない、ともある。

「そう、事件の調査で。どのような事をお調べになりたいので?」

 管理を任されているという司書の女性は、ターニャの全身をつま先から頭の上までさっと眺めまわした。
 ストレートに不躾な視線だった。

「ここの蔵書が、あのような事件の役に立ちましょうか」

「……街の歴史をしりたいの。とくに、ウルダーン大公サウルについて」

 まっすぐな視線で告げるターニャの顔を、司書はじっと見つめている。
 何事か考えている風だ。

「許可します。どうぞこちらへ」

 司書の女性が促しているのは、書庫のほうであった。

「教会学校で教えるような通り一遍の歴史を知りたいのであれば一般開架の蔵書室でも構いませんが、貴方がたの用事のある歴史はこちらだと思います」

「……どうも」

 廊下の奥まったあたりにある『閉架』とプレートが掲げられた部屋の前に彼女は立ち、鍵束から鍵を取り出した。

「蔵書の数はさほどありません。好きにお読みになってください。一部の書は古い言葉で記されていて、求められれば私が拙いながら訳すお手伝いをする事もあるのですが――」

 司書の女性はターニャをちらりと見やった。

「そちらの方は入り口の石碑の、原文のほうを読んでおられたようですから必要ありませんね。これで失礼します」

 踵を返した司書の女性を、ターニャは呼び止める。 

「純粋に興味からききたいのだけど、あなたは事件についてどうおもっているの?」

「……、まるで歴史を再現したかのような所業です。みなが言うように大公が地獄から蘇ったのなら……我々はその怒りの前にひれ伏し、どんな事をしてでも許しを乞わねばなりません」

 しかし、と司書の女性は言葉を続ける。

「もしも大公の亡霊を騙る、あるいはかのお方の死を嘲笑する何者かの仕業であれば……その者には火刑がふさわしいでしょう。からだの復活、魂の昇華を許してはなりません」

 そう語る言葉の端々に滲むのは怒りではなく恐怖でしかなかった。
 レギウスが柄にもなく他人に頼みごとをしてまで知りたがる大公サウルという人物に、ターニャも好奇心が湧いてきた。
 司書の女性が退室した後、改めてターニャたちは室内に目を向ける。

 レギウスも言っていたが、この図書館の蔵書量は圧倒されるほどに多い。
 ターニャはすでに『解読』のスクロールを読んでいるものの、こうも多いとほかの二名にも手伝ってもらったほうがいいかもしれない。

「ま、全部が全部ってわけじゃないだろうし、古語のものはターニャに任せてオクらは読めるやつから探していくよ。それでもまだ追っつかないなら『解読』を使ってスピードアップする」

 手分けして読んでいかないと日が暮れても終わりそうにない。
 ターニャたちはさっそく、目の前の蔵書に挑みかかった。

 窓から差し込む日差しが、部屋に漂う埃をくっきりと映し出している。
 仲間がページを捲る音だけが響く部屋の静けさは、まるで時が止まったかのようだった。



 ホーの夜は足が早い。
 辺りが暗くなり始めた頃、ようやく閉架図書の情報を取りまとめたターニャたちは宿に戻ってきていた。
 早速レギウスとステラがいる二階へ向かうと、果たして二人はそこにいた。

「おかえり~~~! ねぇどうだった? どうだった???」

「……レギウス、ちゃんとねてた?」

「寝てたよ。うるせェな……」

 そんな事よりも結果をよこせと言いたげにレギウスは乱暴に髪を掻いた。
 一応は約束を守ってくれたようではある。
 ターニャは荷物の中からまとめ上げた羊皮紙の束を取り出した。
 それぞれ得た情報の輪郭はおおよそ同じようなものであったが、ターニャの読んでいた古語で記された書が最も細部にわたり詳しかった。

『地方の豪族たちが騎士団を成し、教会歴一五年にその長が宗教都市ラーデックより大公位を授けられた。
 ウルダーン大公国がここに発祥。
 やがてウルダーン大公サウルの治世に流行病によって国力が衰え、重税を課せられていた民が蜂起。
 それを援助した隣国の侵攻も重なって崩壊。
 大公サウルは処刑され、鐘楼から吊るされた。
 その死体は焼かれ、墓は残っていない。
 ウルダーンは隣国に併合され、その一地方に落ちる』

 ここまでは、それこそ司書の言葉を借りれば教会学校で習える知識だろう。
 しかしそんな書が閉架図書にされているのには理由がある。

「大公サウルにつかえていた宮廷画家がかいた私小説があったの」

 それにはサウルの私生活における乱行も描かれていた。
 あまりに赤裸々な描写がなされていたため眉をひそめる向きがあったのだろう、併合した側の国の手入れで焚書にあっている。
 ターニャが読んだものは焚書を逃れた一冊だと、別紙として挟んであった羊皮紙に付記されていた。

「いいじゃねェか。そういうのがなけりゃ調べ甲斐がねェ。それで?」

「大公サウルはものすごい偉丈夫だった、と。剣が達者で、地方のちいさな反乱程度なら自分で馬を駆り、兵を率いて制圧にむかったんだとか。そして英雄色を好むの例にもれず、女好きで、毎晩違う女性をしとねにはべらせていたらしい」

 そう言って、ターニャは私小説の写しを差し出した。

『我が君と娘が淫蕩の境地にある中私は絵筆を握っていた。私の精神はいっとき、我が君の魂と交じり合うようだった』

「褥にも立ち入りを許されるほどの立場だったってわけか」

「前半はずっとこんなかんじで、もううつしたくなくなっちゃったけど……えっと、このあたりからが面白いよ」

『このところ、我が君の様子がおかしい。
 顔は青褪め、食も細り、褥に呼びつけられる娘はいなくなった。
 いつからだろうと考えると、あれはそう、遠征から戻られてからだ』

「東方の国へ騎馬隊をひきいて遠征したらしいの。そして宮殿を破壊してひと振りの剣をもちかえってる」

『かの国の神話に見いだされる剣なのだ。死者を裁く冥府の番人が持つ剣なのだ、と言って、肌身離さず、飽くことなく、翡翠の刀身を覗きこんでいる。
 私は気味が悪かった。
 貴方が国を離れておられる間に、病が城下を覆い尽くしましたと告げても、なれば生き残った者に貢がせよと。
 民に関心を失っておられた。
 我が君が見つめているのはいつも剣。
 私の存在に目もくれず、私の描いた絵を見せても、大儀そうに首を振るだけだった』

「そこに反乱と侵攻がかさなったみたい。ご注進してみせたこの画家も結局はぬるま湯の宮廷暮らしで、状況をきちんと理解してはいなかったんだね。
 ……民のほうは病と重税とに追いつめられてた。病による死者だけじゃなく、餓死者がでるくらいには」

 ターニャはさらに別の羊皮紙を取り出した。
 反乱が起きたあたりの記述を別の蔵書から引っ張ってきたものだ。

『捕らえた大公の腹を裂き、鐘楼から吊り下げ、それを囲んで浴びせた民たちの怨嗟の声は、ホーに地鳴りのように轟いた』

「もともと賢君として尊敬を集めていた分、裏切られたという思いも強かったんだろうな」

「でも、この民衆に同情ばかりつのらせるのもどうかとおもう」

「ほう?」

「どうにも、『腹を裂いた』なんてあっさりしたものじゃなかったみたいなの。ある者は胃を裂いて未消化だった食べ物を食らい、ある者は目をくりぬいてもちさり、ある者は腸をベルトのように巻いておどった」

「うへぇ……」

 傍で聞いていたステラの表情が歪む。

「なかなかにぶっ壊れてやがんな。一時的にハイな状態になってたんだろうぜ。集団心理の暴走ってやつか。食らうって行為には自己同一化の願望もあった可能性も……、どうでもいいか」

「もっとこまかい描写もされてたけど、関係なさそうだしやめとく。読んでて気分悪くなっちゃった」

「大公を畜生呼ばわりしてる本もあったけど、糾弾する側の民衆も同じ畜生に成り下がってたとはねぇ」

「クーデターが成功してよかったな。民衆は自分たちの獣性を覆い隠す事に成功したってわけだ。暗く閉ざされた部屋の書架の中にな」

 だが、とレギウスは一区切りをつけて続ける。

「彼らの末裔、つまりホーの人間は、先祖が何をしたのかを知っている」

 街の人間が恐れているのはまさにそれだ。
 いくら相手が暗君だとしても、彼に手をかけ、遺体をむやみに傷つけ辱めた事実は覆らない。
 やりすぎたと気づいた頃にはもう遅く、弁明のしようもない。
 だからこそ、街の人間は大公サウルを激しく恐れているのだろう。

「……じつはもうひとつ、面白い話があったんだ。ホーの人々がほんとに恐れているのはこっちだとおもう」

 ターニャは新たな羊皮紙を取り出した。

『ホーよ、ウルダーンよ、血を流せ。
 お前たちとその子孫を葬るなど造作もないこと。
 神の血脈に連なり、今は冥府の番人たる我ならば。
 永久に呪われるホーよ。
 絶望に凍えるウルダーンよ』

「大公は腹を裂かれながら、そうさけんだそうだよ。最後のほうは意味をなさない言葉の羅列になってたそうだけど……
 ホーの家庭では口伝でこの物語がつたわっているみたい。子どものころから大公サウルは太古の悪霊のような存在として精神に植えつけられている」

「神聖な家系の大公を寄ってたかってなぶり殺しにした。それを罰せられる事に一〇〇年経った今でも怯えているのさ」

 その情報を踏まえると、大公が現代に蘇って自分を無残に殺した民衆に復讐をしていると考える民がいてもおかしくはない。
 だが、大公の亡霊が成す復讐と自分たちの昔の所業が明るみに出る事、果たして本当に恐れているのはどちらなのか。

「……とまぁ、集められた情報はこんなところだったね」

「ポイントとなるのはやはり大公の最期の姿だろう。資料を見る限り、被害者二名の様相と酷似している。つまり十中八九、犯人はホーの歴史を知る街の人間だ」

 たとえばレギウスたちのような旅人が噂程度に聞いたくらいでは再現できないほどに歴史に忠実だった。
 外部から殺人鬼が流れてきた、などという可能性は薄いだろう。

「だけど、街の人間で犯人像に当てはまる人物だとしてもやっぱり一〇〇〇人はいるはずだよね。どうやって絞るのさ?」

「絞る必要なんかねェだろ。あとはピースを当てはめるだけだ」

 レギウスは相変わらず資料に目を向けながら言った。

「……もしかしてもう犯人分かっちゃってんの? 教えなよレギウス、時間ないって言ってたの君だろ?」

 やや面倒そうに、レギウスはターニャに向かって、

「鍵となる証拠には気づいてんだろ?」

 それだけ言って自分は再び資料に視線を落とした。

「うん。油でしょ。詩人の指と鐘楼の扉についてた」

「それが何か?」

 ターニャは机の上、宿の備品であるランプを指した。

「ホーでつかわれてる油は獣脂だよ。狩猟を主にしてる民族だからね。だけど詩人の指と鐘楼の扉についてた油はオリーブのにおいがした。つまりオリーブをしぼってつくった油だよ。高価なものだし、温帯の植物だからホーではまず手にはいらない」

 つまり、とターニャは握りこんだ右手をひねって見せた。

「詩人はノブをひねって扉をあけて、鐘楼にはいったんだよ。

「ま――待って。あそこはずっと施錠してあったはずだよ。鍵を持っていないのにどうやって普通に入るのさ」

「鍵をもっていたか、鍵をもっている人物が傍にいたか、あるいはあけっぱなしだったのかも」

 それはつまり、鍵を持っていた人物が事件に深く関わっている事を指している。

「それでも待って。扉には破られた形跡があった。あれは? 普通に開くのなら扉を破る必要なんてないだろう」

「必要はあったんだよ。もしあの扉にやぶられた跡がなかったら、だれが真っ先にうたがわれるとおもう? 中にはいることができるのは鍵をもっている人間だけなんだよ」

「偽装した、って事?」

「そうじゃないとノブについた油の説明ができないからね。事件が発覚してからは、警備隊と私たちしか鐘楼にちかづいた人間はいない。警備隊にたまたまオリーブオイルを所持している人がいて、たまたま手に付着させたままノブをさわった、なんてめちゃくちゃなことがおこらないかぎりはね。まぁ、それにしたって詩人の指についた油はできすぎだけど」

 詩人がノブをひねって中に入った事実が分かれば、おのずと偽装の事実も浮かび上がってくる。
 扉が無傷であったとしても、扉が破られていても、どちらにせよ事件の鍵を握っているのは文字通り鍵を持った人物だ。

「ノブをひねって開けようとして、だけど開かなかったから扉を破った可能性は?」

「詩人が? なにをつかって?」

「木片を見るに斧が使われた可能性が高い……その辺の家の庭から盗んだ、とか」

「薪を割るためのものでも、ふつうは屋外に放置したりはしないよ。たまたまあったとしても深夜のことだよ、うまく探せるとはとてもおもえない」

 さらに、吟遊詩人が深夜の鐘楼に向かう理由にも疑問符が浮かぶ。
 最も可能性のある理由としては、やはり犯人に『誘われた』というのが有力だろう。

「でもさ、鐘楼の鍵を管理していたのは教会のシスターだよ。犯人像と彼女は一致しなくない?」

「確かに、百歩譲って娘の殺害はともかく、吟遊詩人の殺害は無理があると思うね。どうやって非力な女性の手で男をひと突きで殺し、その死体をぶら下げる事ができるんだ?」

「……逆にききたいんだけど、どんな人間ならそれができるの?」

「猟師とか、警備隊。騎士とか傭兵とか地元の冒険者……」

「でも、彼らは鍵をもっていない。鐘楼にはいれない以上、どれだけ力をもっていても彼らは詩人を殺すことはできないよ」

 ターニャたちはその目で確認したはずだ。
 鐘楼の床は掃除しきれないほどに血に塗れており、中で殺人が行われた事は間違いない、と。

「……外壁をロープでよじ登った、とか」

「どうやってロープをむすぶの? フックをなげたくらいじゃ鐘楼の上まではとどかないとおもう」

「羽でパタパタ~~~って、飛んだ!」

 難しい話ばかりで飽きてきたのか、ステラが能天気にそんな事を言った。

「この世の中、背中に羽がはえた人間がいたっておどろきはしないけどね……でも、それなら扉にあんな偽装工作する意味がない。
 都合がわるいから工作したんだよ。では、だれにとって都合がわるいか? ……鍵をもっている人間だよ」

「シスターは鍵を開けただけで、実際の殺人は別の者が行った。あるいはシスターが犯人を庇っている。……つまり共犯者がいる可能性は?」

「……、その可能性を完璧に否定する材料はないね」

 淀みなく答えていたターニャだったが、急に歯切れが悪くなった。

「けど、私は協力者はいなかったとおもってる。だって、協力者がいたのならもうちょっとうまくやれたんじゃないかっておもうの。娘の内臓をすてる必要だってなかった」

「内臓を捨てた?」

「大公サウルの死になぞらえるなら、その臓器はなるべく無事のほうがいいでしょ? 詩人のときはそうやって、裂いた腹から盛大に垂らしていたんだし」

 だが、娘の遺体はどうだったか。
 ばっくりと開いた腹の中には何もなかった。

「重いからすてたんだよ。そうすれば運びやすくなるから」

「そういえば、娘の遺体が発見された時はほとんど血が流れていなかったとか言ってた警備隊の男がいたね」

「そう、娘の殺害場所は鐘楼じゃない。前日に殺人があった場所に誘いだすのはさすがに無理があったんでしょ。だから別の場所で殺して、鐘楼へ運びあげるために臓器と血をすてて軽くしたんだ。この作業には目撃される危険、すてた臓器を発見される危険がともなう。だけど、もし協力者がいたとすれば」

「そんなリスクを背負う事なく、協力してさっさと運んでしまったほうがいいだろうな……なるほどね、だから単独犯の可能性が高いわけか」

 部屋の中にわずかな静寂が生まれた。
 ターニャの推理は理路整然としており、立派な推論として成り立っている。
 だが、唯一にして絶対の、噛み合わない条件は無視できない。

「でもさ、やっぱり非力なシスターが二人を殺せたとは思えないんだけど」

「それについてもかんがえはあるよ。だけどあくまで推測の域をでないんだけど……でも、本人に聞けばすぐにわかるんじゃないかな」

 ターニャは丸めた羊皮紙をカイルに差し出した。
 蝋で封がされており、資料とは別物らしい。

「教会のシスターにこれをわたして、鐘楼にくるようにつたえてほしい。たぶんそれだけで意図は通じるとおもうから、逃げないようにみはってて。あとは私がやるから。陽が落ちる前に、はやく」

「えー、その前に僕の疑問に答えてよ。推測でもいいからさ」

「……ええと、レギウスちょっとそれ返して」

 もはや羊皮紙のほとんどを占領していたレギウスから、一枚の羊皮紙を取り戻して広げた。

「郷土史の中に警備隊、その前身である自警団のなりたちについての記述があって。ここから読み取ったんだけど……」

『ウルダーン大公国は崩壊し、首都としての機能を失ったホーの騎士団は解体された。
 ヨーンソンからの援助なしで結成された自警団は、当初たったの一五名であった。
 以降の増員も微々たるもので、総数はほとんど変わらず現在に至っている。
 大公国時代に比べ人口の減少したホーでの自警団の仕事は、夜間の警邏・喧嘩の仲裁、窃盗への懲罰、などであったから、この人数でも立ち行かないということはなかった。
 自警団が総動員されたのは、森にオーガが現れたと知らせが入った時、(熊の足音を聞いた者の勘違いであった)と、修道士の少年が行方不明になった時(都会へ出る旨の書置きが見つかり収束)のみだった』

「……どゆこと?」


To Be Continued...  Next→
スポンサーサイト





この記事へのコメント

この記事へコメントする














(△お好みの文字サイズになるまでクリックしてください)

周摩

Author:周摩
しがないリプレイ書きのブログです。

Info.
当ブログはリンクフリーです。報告は不要ですが、あれば相互リンクさせていただきたいと思います。

周摩のシナリオはこちらへどうぞ。

QRコード