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『盲目の道筋』(2/2) 

「ハァ……ハァ……」

 コヨーテらは九死に一生を得た。
 飛来した上級魔法【炎の玉】が大爆発を起こしたため、扉が破壊されたのだ。
 扉の先には上りの階段があり、再び【魔法の矢】の洗礼を受けながらも走りぬいた。

 ようやく地上に出た一行は、見知らぬ森の中を、がむしゃらに走る。
 傷ついた足が限界を告げ、ルナが倒れこんだところでようやく後ろを振り返ってみる。
 そこには飛来する【魔法の矢】の光もなく、何者かの人影も無い。

 その事実にようやく安堵したと思いきや、忘れていた傷の痛みを思い出した。
 痛みに耐えつつも、ルナは秘蹟で仲間の傷を癒す。
 ルナはコヨーテの傷を癒そうとするも、コヨーテはそれを断った。

「オレの傷は行動に支障が出るほどじゃない。
 まだ安心できる状況じゃない以上、使える力はできるだけ温存した方がいい」

 コヨーテは見た目では大して怪我をしている風ではなかった。
 実は吸血鬼の能力としての【治癒】で、怪我は大方治ってしまっているのだ。

(しかし、どうしたっていうんだ?)

 それと同時に、コヨーテはいつもは感じない倦怠感を感じていた。
 行動に支障が出るほどではないが、全身が重いのは面倒ではある。
 状況が状況なだけに、誰にも告げない事に決めた。
 変に体調の事を口に出すと、【治癒】で治った傷口を見られてしまうかもしれなかったから。

「コヨーテ、先に進むぞ」

 バリーは焦りを隠せないようだ。
 いつもの彼にしては余裕が無さすぎた。

「ルナ、立てるか?」

「はい、どうにか……」

 ルナは無理に笑顔を作り、どうにか立ち上がる。

 神の秘蹟は傷を癒すが、完全に治癒するには僧侶の実力が要求される。
 ただでさえ精神ダメージを受け、肉体的疲労を限界まで受けたルナである。
 全員の傷を歩けるほどまで癒せただけでも、大したものである。

「誰かミューレルの位置が分かる奴はいないか?」

「月から察するに、ミューレルはこっちの方角だよ」

 チコは森の彼方を指した。
 それに対し、すぐさまレンツォが噛み付く。

「ちょっと待て、すぐにミューレルまで戻るのかよ」

「そうだ。むしろ、当然だ」

 間髪入れずにバリーが答えた。

「相手は魔道士エイベルだぞ?
 奴が一度目をつけた実験動物ぼうけんしゃを逃すものか。

 大体俺たちが生きていれば、奴の存在は再び世に知らしめられる。
 そうなれば奴は是が非でも俺たちを始末しに来るに違いない。
 それから逃れるには、少しでも奴との距離を稼がなきゃならないんだよ!」

 バリーの剣幕に、全員が気圧される。
 同じ魔術師としての格の違いを見せ付けられた事が腹立たしいのか、口の端からは血が流れていた。
 大声を出してしまった事を悔やむ暇も惜しいのか、バリーは必要のない荷物を野に捨てる。

「レンツォ、疲れてるところを悪いが、調査を頼む」

「畜生畜生ちくしょう! 帰ったら浴びるほど酒を飲んでやるからな!」

 悪態をつきながらも、レンツォは真面目に調査に取り組んだ。
 パーティの運命は、自分の盗賊としての腕にかかっている。
 そのプレッシャーは今まで以上のものだった。

 しばらく何事もなく進んでいたが、ふと聞きなれない音をレンツォの耳が捉えた。
 ハンドシグナルで、『隠れろ』の合図を出して音を出さないように自身も隠れる。

 レンツォの聞いた音は、パタパタという羽音だ。
 他の仲間も、その音に気づく。
 ふと、その音が大きくなった。こちらへ近づいているのだ。

(あれは……)

 こちらへ近づいてくる影が見えた。
 微かな月の光の中で、薄っすらと見えたそれは、コヨーテらの背筋を凍りつかせるものだった。

(イ、インプ……!?)

 インプはしばらくコヨーテらの近くを飛び回り、彼らには気づかずに飛び去った。
 ややあって安全を確認した後に、隠れていた茂みから仲間が姿を現す。
 そこで苦い顔をしたバリーが言い放つ。

「……見ただろう、今のインプを。
 確実に、奴は俺たちを追ってきている……!」

 インプは通常、何者かの庇護の下に生活する。
 その性質を利用して、一部の魔術師が好んで使役する事がある。
 今までの状況から、このインプは魔道士エイベルの使い魔と判断するのが正しいだろう。

「恐らく奴は、ここから先に手持ちの使い魔を全て放っているだろう。
 それも恐らくミューレル側から、だ。
 あのインプが前方から飛んできたのがその証拠だ」

「………………」

 最早誰も何も言えなかった。
 片道数時間の距離とはいえ、ミューレルへ辿り着ければ助かるはずだったのだ。
 今や生きてミューレルまで辿り付けるかどうかすら、危うい。

「……わぁかったよ」

 最早悪態をつく余裕すらなくなったレンツォは、再び先頭で歩き出した。
 力なく、他の仲間もそれについていく。

 絶望と集中の極限にあるレンツォは異常なまでの才能を発揮した。
 途上で見かけたインプの数は二〇体を超える。
 五感の全てを研ぎ澄まし、インプの数や動向を探る。
 その結果、森の途切れまで一度たりとも見つかる事なくやり過ごせた。

「……いつもこうなら見直してあげるのに」

「いつもいつも命を狙われてる状況なんてゴメンだね」

 素直に感心したミリアが呟くと、レンツォは皮肉で返す。
 その様を眺めるコヨーテの頬に、ふと視線を感じる。
 ルナだ。

「コヨーテ、どうかしたんですか?
 なんだか苦しそうですけど……
 はっ! や、やっぱりさっきの傷が痛むんですか?」

「……いや、傷は大丈夫だ。さっきも言ったが、動きに支障が出るほどじゃない」

 もう再生したからな、とは口が裂けても言えない。
 嘘をつく事にはもう慣れていたはずなのに、やはり心が痛む。
 それは、ルナが本気で心配してくれているからなのだろうか。

 とにかく、上手く事が運んでいる事実が、一行にわずかばかりの余裕を生んでいる。
 それは決して緩んだものでなく、油断はしていない。

 後は、森を出て緩やかな斜面を下っていけばミューレルの町へ戻れる。
 ミューレルは小さいながらもそこそこの人口はある。
 いくら魔道士エイベルとはいえ、迂闊には近づけないはずだ。

「もうすぐ、もうすぐだ……!」

 希望を前に、バリーは思わず口にしていた。
 皆の表情もインプを見つけた時とは比べ物にならないほど明るくなっている。

(……くそ。どうなってるんだ、オレの身体は?)

 同時に、コヨーテの倦怠感も頂点を極めていた。
 指先がかじかんで、氷のように冷たくなっている。
 が起き始めているのだろうが、このときもコヨーテは捨て置いた。

 今は、この状況から逃れる事が第一である。

 森を出たコヨーテらは、なだらかな傾斜を下っていた。
 目と鼻の先には、ミューレルまで続く草原地帯だ。

「……待った、アレ何だと思う?」

 レンツォの制止に、全員の歩みが止まった。
 咄嗟に、コヨーテらは近くの木の陰に隠れる。

 前方には甲冑を身に着けた騎士のシルエットが映る。
 月が雲に隠れてしまっているため、細部まで見る事はできない。
 コヨーテは暗闇でもモノを見る事のできる【夜目】を持っているが、この時は不思議とぼんやりとしか見えなかった。

「面倒な事になったな。
 なるべくなら何者にも見つかる事なくミューレルへ着きたかったが……」
 
 バリーが苦々しげに呟く。
 騎士は時折首を動かしているものの、その場から動こうとはしない。

「確かにな。あの騎士が奴の手先でない可能性もある」

「そうであれば見つかるのは論外。
 かといって攻撃してしまえば、本物の騎士だった場合は俺たちが犯罪者だ。
 背後からエイベルが近づいている現状、見つからないように道を変えるって選択肢も取れない」

 つくづく厄介な相手に出くわしたものである。
 追われるものである以上、選択肢は二つしかない。
 本物の騎士である事を祈るかって出て行くか、エイベルの手先であると踏んで先制攻撃するかである。

「バリー……」

 コヨーテが口を開く。
 喋る事すら億劫になってきている事実に、彼自身が驚いた。

「……【眠りの雲】だ」

 あっ、とバリーは間抜けな声を出した。
 あの騎士がどちらであろうと、眠らせてしまえば良い。
 眠ってしまえば、こちらに手出しはできなくなるのだ。
 もし本物の騎士だとしても、どうとでも言い訳はできる。

「よし」

 バリーは精神の集中を開始した。
 その間に、コヨーテは仲間に指示を出す。

「万が一、【眠りの雲】が通用しなかった場合、それは奴の、手先という事だ。
 そうなれば、戦うしかない。戦闘準備は、怠らないでくれ……」

 コヨーテは激しい倦怠感から、言葉を紡ぐ事も難しくなってきている。
 ルナたちにはまだ気付かれていないようだが、これから一戦交える事になると面倒だ。

 そんなコヨーテの考えを知らないバリーは、詠唱を始めた。

「……《眠れ》」

 騎士の周りを、白い霧のようなものが漂う。
 それに気づいたのか、騎士は辺りを見回し――

 ――

「なっ……!?」

 思わずレンツォが驚愕の声を上げる。
 その騎士は、ぐるりと首を回してこちらを見たのだ。
 気づかれた。

「……くそっ、やっぱりかよ!」

 バリーは歯軋りして悔しがるが、もう遅かった。
 騎士は甲冑の音を響かせながらこちらへ走り寄ってくる。
 その様を見てコヨーテらは理解した。
 動きに人間らしさが無く、どこか機械的なものだという事に。

「こいつ、傀儡か!!」

 甲冑からは禍々しい妖気が噴き出している。
 恐ろしい速さで走りよってきた騎士は、右手の剣で切りかかってくる。

「ぐっ……!?」

 どうにかそれを受けたコヨーテは、思わず膝をついた。
 普段であれば難なく捌けるはずの斬撃である。
 信じられないが、それほどまでに消耗していたのだ。

「このッ!!」

 ミリアの一閃が、騎士の首を跳ね飛ばそうとする。
 だが、どういう素材で出来ているのか、逆にミリアの得物が弾かれてしまった。

「何よこいつ!?」

 騎士はミリアの剣を掴もうと、片手を振り回す。
 いち早く狙いを察したレンツォが、騎士に当て身を喰らわせる。
 どうにか生まれたわずかばかりの隙に、コヨーテは窮地を脱した。

「剣が通用しないなんて……!」

 そう叫んだチコの得物は弓矢である。
 あの甲冑が傀儡である以上、鎧の隙間を狙っても意味が無い。

「う、あっ」

 コヨーテは両膝をついた。
 身体中に力が入らなくなり、小刻みに震える手からは剣を取り落としてしまう。

「コヨーテ!?」 

 その隙を、騎士は見逃さない。
 再びコヨーテに向けて剣を振りかぶり、わずかの躊躇も遠慮も無く袈裟に切り裂いた。

「あ……」

 あまりにも間抜けで、場違いなその声はコヨーテの喉から出たものだ。
 鮮血が舞い、コヨーテの視界を赤く塗りつぶした。
 しかし、身体のどこも痛まず、身体はいつの間にか仰向けになっている。

 身体が重い。
 何かが自分に覆いかぶさっているようだ。
 ちらり、と白の修道服と『赤い何か』が見える。

 

「……ァァああああああああああああああああああああああ!!」

 切り裂かれたのはコヨーテではなかったのだ。
 咄嗟に庇い、間に入ったのはルナだった。
 ルナは背中を右肩から大きく切り裂かれ、気を失っている。

「コヨーテ! ルナ!!」

 ミリアは叫び、追撃の一閃を放とうとした騎士の腕を打つ。
 同時にバリーの【魔法の矢】が騎士の胴体を弾いた。

「ルナぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 コヨーテの悲痛な叫びが、広大な草原に木霊した。



 コヨーテは呆け、ルナを抱きしめた。
 抱きしめなければ消えてしまいそうなほどに、ルナの存在感が希薄になっていたから。
 それは死の予感だと、コヨーテの頭が本能で感じていたのだ。

 無意識のうちに、ギリギリと歯を食いしばっていた。
 『大切なものを失った過去』を、コヨーテは持っている。
 今、それがルナが傷つけられた事によってフラッシュバックしている。

 ほぼ無意識のうちに、ベロリと頬の血を舐めた。
 それはルナの傷から噴き出した返り血。
 純潔の、処女おとめの血。

 コヨーテは立ち上がり、そっとルナを地面に横たえた。
 吸血鬼ではこの傷は癒せない。
 ならば、あの騎士をやり過ごして町へ連れて行くしかない。
 決意と共に、自らの得物を手にした。

「………………」

 コヨーテは血の沸騰を感じた。
 気がつけば先ほどまで感じていた身体の不調は嘘のように吹き飛んでいる。
 代わりに身体中に気力が駆け巡っているようだ。

 不意に、一陣の風がコヨーテの髪を揺らした。
 ざわざわと揺れた一部の髪が、まるでそれが当たり前だったかのように金色に染まる。
 加えて両眼も、毒々しい血の赤を増している。

 レンツォと鍔迫り合いを演じていた騎士を、コヨーテの両眼が捉える。
 走り出し、手の得物を思い切り騎士の身体に叩きつけた。

 ガィィィン!! という激しい金属音が、黎明の草原に響き渡った。
 思わずたたらを踏んだ騎士の腕を掴み、捻って地面に叩きつける。

 この時、コヨーテは無意識に『吸血鬼の技』を使っていた。
 『血の力』を最大限に引き出して相手の身体の部位を掴み、行動を束縛する技術【鬼手捕縛】である。
 最も、この時のコヨーテは無我夢中のうちの行動だったので、本来の【呪縛】効果は得られなかった。

 それでも騎士を地面に倒す事はできた。
 騎士が立ち上がる暇も与えず、コヨーテの大振りの一撃が、再び騎士の首に直撃する。
 バギン! という金属が激しくぶつかる音が響く。

 組み敷かれた騎士は、片手でコヨーテの剣を奪おうとする。
 その手を素手で払いのけ、首筋に二度目の直撃を浴びせた。

「コ、コヨーテ!」

 そこで我に返ったバリーが、コヨーテの名を呼んだ。

「もういい、逃げるぞ!
 完全に動かなくなるまで戦わなくていいんだ!
 体勢を崩した今なら、逃げられる!」

 所詮、人間が無理に操っている人型である。
 この騎士は立ち上がるのに時間がかかる。

「おおおぉぉああああああぁぁぁ!!」

 ベゴン! と恐ろしい音を立てて騎士の胸部装甲がへこんだ。
 コヨーテが両手で掴んだ剣の柄を、全身の力を込めて振り下ろした結果だった。
 今のコヨーテは自我を失いかけているのだ。

 ただ、目の前の金属のカタマリが憎くて憎くて仕方がなかった。
 バラバラに引き裂いても足らない。
 これを操っている腐れ魔術師も、同じ目に合わせなければ気が済まない。

「コヨーテ!」

 ざくり、と騎士の剣がコヨーテの右肩を裂いた。
 組み敷かれたままの体勢から、半ば押し付けるような形で剣が振るわれたのだ。
 コヨーテは肩の怪我も流れる血も無視し、凄絶な表情を浮かべて再び剣を振り下ろした。

「早く離れろ、コヨーテ!」

 背後から、身体を引っ張られた。
 レンツォはコヨーテを騎士から引き剥がして、さっさと逃走に入ろうとする。

「は、なせ……」

 うめくようにコヨーテは呟く。
 目の前では起き上がろうとする騎士に、強烈な突きを浴びせるミリアがいた。

「まだ足りない……まだあの騎士は動いている。
 ルナを斬りつけたあいつは、まだ生きている……」

 ギリ、とコヨーテの剣を握る手が音を立てた。
 コヨーテの身体を束縛するレンツォが煩わしい、とさえ思った。
 だが、抜け出せない。
 少し力を入れればレンツォの身体など吹き飛ばせるはずなのに、力が入らない。

「ダメだよコヨーテ、今はそれどころじゃないの!」

 涙を浮かべて、チコはコヨーテを見上げていた。
 反対に、コヨーテはチコを睨みつける。
 動きたいのに動けない、そんな状況にイラついていた。

「チコ、黙っててくれ……オレは、あいつを――」

 コヨーテは最後まで言い切れなかった。
 横合いから飛んできた、バリーの拳が突き刺さったからだ。

「この大馬鹿野郎……!
 何をふざけた事ほざいてやがんだコラ!

 俺たちの目的が何なのかも忘れちまったのか!?
 ここであのクソ野郎をぶっ殺す事が俺たちの目的じゃねぇだろうが!
 テメェの独りよがりな欲求で動いてんじゃねぇ!

 !!」

 本当に一瞬、時が止まったような気がした。
 バリーの言葉は、一つ一つが鋭い刃となってコヨーテの身体に突き刺さる。
 ごく普通、さも当たり前の事なのだが、何故か今のコヨーテには痛かった、苦しかった。
 
 コヨーテが少女の名を呟くと、剣を握る手から力が抜けた。
 剣が音もなく草原に突き立ち、それを見たレンツォが拘束が緩める。
 身体の自由を取り戻したからといって、今更あの騎士へ襲い掛かる気は起きない。

「お前が今一番やらなきゃならない事は何だ!」

 バリーの言葉に、コヨーテは半ば呆けたような表情でルナを見る。
 ルナは相変わらずうつ伏せに、荒い呼吸を繰り返していた。

「お前の手は何のためにあるんだって聞いてんだよ!」

 言葉で脳の芯を揺さぶられた気がした。
 自分の手が何のためにあるのか。
 そんな答えなんて、常備している人間がいるはずもない。

 だが、コヨーテは理解した。
 吸血鬼としてではなく、人間として。

 途端に、金色に染まった髪が思い出したようにくすんだ銀色へと変わる。
 彼の両眼もまた、毒々しい血の赤を薄めていく。

 答えが見つかった事で、やらなければならない事も分かった。
 地に落ちた剣を掴み取り、まさに起き上がろうとしている騎士へと走り寄る。

「コヨーテ!」

 背後から誰かの声が聞こえたが、コヨーテは無視した。
 やらなければならない事が分かった、ならば後は突き進むだけだ。

「あああああ!!」

 コヨーテは助走つきの渾身の一撃を騎士へ放った。
 胴体でなく、首でもなく、その脚に。

 ベギン! という音を立てて、騎士は再び大きくバランスを崩す。

「――ルナァァァ!!」

 コヨーテは叫んでいた。
 一撃を加えた直後、身体を反転させて倒れたルナを担ぐ。
 その身体は、とても軽かった。

「逃げるぞ、みんな!」

 コヨーテは振り返らずに叫び、ミューレルの方向へ走り出す。
 騎士の脇を通り抜けるついでに、剣を持つ手を思い切り踏んでやった。
 ぞっとするほど冷たくなったルナを背負い、最悪のヴィジョンを頭の中から追い出しつつ、ほんの少し離れた場所にある町へとコヨーテは走っていった。



 騎士をやり過ごした後、しばらく全力疾走してミューレルの町へ辿り着いた。
 町へ入ってすぐに、以前使った宿へ駆け込む。
 運良くその宿に聖北の神に仕える聖職者が宿泊していたため、ルナの傷を診て貰えた。

 聖職者は場慣れしているのか、傷については深く聞かない。
 すぐに聖句を唱え、【癒身の法】を施してくれた。

「無理を言ってすまなかった。ありがとう……」

 コヨーテは聖職者に礼を言い、目を覚まさないルナを見つめる。
 背中の傷は完全には治っていない。
 とはいえ、行きずりの人間に文句を言うわけにもいかない。

(どうして……どうしてあの時、オレを庇ったんだ……!)

 コヨーテの中で、その疑問が渦巻いている。
 ルナはまだ目を覚まさない。
 もしかしてこのままずっと、と想像したところで、口の端が切れている事に気が付いた。

(……そうだ。
 オレがもっとしっかりしていれば、庇われる事は無かったはずだ。
 いや、それなら最初からこの依頼を受けるべきじゃなかったんだ。
 ルナも、誰も傷つく事はなかった……)

 コヨーテは心の中で、激しく後悔していた。
 自分がどうしても許せなかった。
 他にももっと良い選択肢はあったはずなのに、どうしてわざわざ最悪の選択をしてしまったのか。

 世の中には抗いようのない理不尽というものが存在する事は知っている。
 だが抗えないからと、それで納得する人間は死んでいるに等しいとコヨーテは思う。

 静まり返った部屋には、眠ったルナとコヨーテしかいない。
 他の仲間は、ルナの無事を確認した後にそれぞれ部屋に戻って眠った。
 コヨーテだけが、無理を言ってここに残ったのだ。

「ルナ」

 少女の名を呟くだけで、途方も無い痛みがコヨーテの胸を襲った。
 怪我をしたわけではないのに、ズキズキと痛む。
 この痛みは、後悔しているときに開く古傷だ。

 コヨーテは過去にも、大切な人を亡くしている。
 その時にも、この痛みが襲ってきた。
 今回は以前よりも痛みが激しい気がする。

「痛い……」

 コヨーテは胸を押さえて項垂れた。
 ともすれば心が折れそうになるのを、必死でこらえた。
 
「怪我してるんですか?」

 ベッドで眠っていたルナが、ぼんやりと目を開けていた。
 その様に吃驚して、コヨーテは言葉を詰まらせた。

「……大丈夫か」

 やっと、それだけ言えた。
 ルナは身を起こして、笑顔で答える。

「ええ。コヨーテこそ、怪我はありませんか?」

。君が庇ってくれたから」

 嘘をついた。
 これ以上、彼女の負担になるような事は言いたくなかったからだ。
 コヨーテの右肩辺りの衣服は、背中側が大きく裂けている。
 この位置からではルナから見えないが、その傷はすでに塞がっている。

「そうですか」

 ルナはにっこりと笑った。
 自分がコヨーテを守れた事が嬉しいのだろう。

「すまない、ルナ。オレは、君を傷つけた……」

「そんな事はありませんよ」

「……オレは弱いから、みんなを守ってあげられなかった。
 最初からオレがエイベルの事を思い出していれば、こんな依頼は受けなかったんだ。
 オレが――」

「……止めてください」

 懺悔にも似たその言葉を、ルナが遮る。
 悲しみを湛えた彼女の表情からは、目を逸らせない引力があった。

「一人の力で皆を守ろうなんて、間違っています。
 私たちは仲間でしょう?
 もっと私たちを頼ってください、誰かに守られたっていいじゃないですか。

 どんな困難でも、みんなで乗り越えればいいんです。
 今までずっと、そうしてきたじゃないですか」

「………………」

 コヨーテは何も言えなかった。
 大事なものを守りたいという気持ちは、当然ルナにもある。
 コヨーテが自分を捨てようとすれば、ルナはそれを拒もうとするのは当たり前なのだ。

「今回は相手が悪かったのだと思ってもいいです。
 でも、それでへこたれちゃうのはなしですよ。
 また次から頑張りましょう?」

 慰めるような言葉は、コヨーテの心の痛みを取り去っていった。
 いつの間にやら、胸の痛みは無くなっている。

「ありがとう……ルナ」

 コヨーテは項垂れたまま、顔を上げられなかった。
 今、自分がどんな表情をしていればいいのかが分からなかったから。



 翌日、コヨーテらはリューンへの帰路についた。
 ルナの傷は完治してないのだが、エイベルの事を考えるとうかうかしていられない。
 エイベルがまだ殺人を犯している事を、騎士団に報告しなければならない。

 コヨーテを含め、全員の体調は良くない。
 数時間の限界を超えた全力疾走で、脚が筋肉痛になってしまっているのだ。
 行きよりもはるかにペースは遅いが、それでもリューンへと歩いていく。
 彼らの帰るべき場所、『大いなる日輪亭』へ。



【あとがき】
今回はtakazoさんの「盲目の道筋」です。
ホラーシナリオで一番お気に入りのシナリオです。
とにかく雰囲気が素晴らしいです。
暗い地下からやっと脱出できたかと思いきや外は夜。
さらに索敵を続けなければならない、といった緊迫感が最高に良かったです。

魔術師のエイベルは怖いですね。
無言で見えないところから【魔法の矢】ですもん。
姿の見えない敵が怖くて仕方がありません。
最後の鋼鉄の騎士も物言わぬ傀儡だからもう……

ちなみにエイベル氏は、『月歌を紡ぐ者たち』ではかなりのキーパーソンとなります。

しっかし今回色々やっちゃった感があります。
テンション上がりすぎてて、書いててとても楽しかったです。
でも、コヨーテの心理描写に力入れすぎたかなぁ……
結局長いわ重いわで上手くまとめ切れませんでした。※ちなみに現時点では最長
まぁ、無理にまとめるのも良くない気がするので、このままで。

あと吸血して戦う場合は外見を変える、っていうのはやりたかったので。
髪とか眼の色が変わったりしたのは一応理由があるので後々明らかにします。

今回のリプレイで『とある組合』という組織が出ましたが、それは『地図作製組合』の事です。
拙作『深緑都市ロスウェル』もクロスオーバーに参加させて頂いています。
既にY2つさんがリプレイされていたかと思いましたが、こちらでもリプレイさせて頂きました。
専属契約とは言えど、一つの宿だけに依頼する事はないはず、との考えからです。 


☆今回の功労者☆
レンツォ。全部『簡潔に調査』でクリアしてくれました。

報酬:
なし

戦利品:
【指輪】→売却→500sp

LEVEL UP
ルナ、チコ、レンツォ、ミリア→3

銀貨袋の中身→4200sp


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『盲目の道筋』(takazo様)
『地図作製組合』(CWGeoProject様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。
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周摩

Author:周摩
しがないリプレイ書きのブログです。

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