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銀黒の狼と青黒い稲妻 

 コヨーテはリューンの大通りを歩いていた。
 賑わう人々の群れの中にあって、ようやく落ち着いた気がする。

 だが、未だに恐怖は色濃く残っている。
 魔道士エイベルへの恐怖ではない。
 自らの内に潜む、魔物への恐怖だった。

 自らの手を開き、強く握り締めた。
 くっ、と喉が鳴る。
 そんなコヨーテに、往来の数人が好奇の眼差しを向けた。

 コヨーテにとって好奇の視線など慣れっこだ。
 夏場では不審者に疑われてるような視線を浴びせられた事もあった。

 彼はいつも裾が長く、真っ黒な外套を好んで着ていた。
 今は日差しも穏やかで、風が涼しくなってきてはいる。
 だが真夏にそんな格好で街を歩いて注目されない方がどうにかしている。

 暑くないわけではないが、夏の強い日差しは半吸血鬼とはいえ堪える。
 直射日光が肌に当たるだけでピリピリと痛むのだ。
 好奇の視線よりも、全身を焼く痛みから逃れた方がいくらもましだ。

 今日に限って、そんな視線も全く気にならない。
 今はそんな事よりも、やりきれない気持ちの方が強い。
 結果的には自らが憎んだ吸血鬼の力によって助けられてしまったのだ。

(考えるな……)

 コヨーテは震える手を胸に宛がい、強く念じた。

 このままでは良くない。
 自分に嫌気が差して、この世から消滅したくなる。

「……ッ!?」

 突然感じた違和感に、勢い良く顔を上げた。
 その違和感は、人ごみの中に確認できた。

 それは可愛らしい、いや美しいと言っても過言ではない女性だった。
 雪のような白い肌を持ち、サラサラとした茶髪を靡かせている。

 見惚れたように、コヨーテの気はそちらにしか向いていなかった。
 いつの間にか、手の震えはなくなっている。

 その女性は『ささやかな宝』という店に入っていった。
 随分とファンシーな店だ。
 男の自分が入るのは躊躇われたが、今はそんな事に気は回せない。

 からん、と入り口につけられた鈴が鳴る。

「いらっしゃいませ!」

 コヨーテは面食らった。
 さっきの女性が満面の笑みを浮かべて挨拶をしてきたのだ。

「何かお探しですか?」

「あ、いや……」

 営業スマイルを向けてくる女性にしどろもどろに答える。
 コヨーテはこういう、女性に笑顔を向けられるのは苦手だった。
 その様子を不思議そうに見ていた女性は得心したように頷き、口を開いた。

「あ、もしかして店主さんにご用ですか?」

「いや、そうじゃないんだが……」

 さすがに女性も不審に思い、首をかしげた。
 そしてすぐに気付き、苦い顔をした。

「……まさか、私に?」

 こくり、とコヨーテは頷いた。
 その答えに女性はあからさまに顔をしかめる。
 大きくため息をつくと、女性はおもむろに口を開いた。

「……ごめんなさいね。私にはもう心に決めた人がいるの」

「は?」

 女性ははっきりとそう言い放ったが、コヨーテは全く話がつかめない。
 しばらく考えて、「ああ」と呟いた。

 どうやら自分が口説きに来たのだと勘違いしたらしい。
 彼女の容姿は大都市であるリューンでも上位に位置するはずだ。
 こうやって言い寄る男も少なくはないのだろう。

「いや、そういう話じゃないんだ。ただ、ちょっと聞きたい事があって」

「聞きたい事?」

「こういう事を聞くのは失礼な事だって分かってるんだが、確認しておきたい。
 ……もしかして、君は『人間じゃない何か』か?」

 ぴくり、と女性は反応した。
 驚いたような表情を浮かべたまま、店内が静寂に包まれる。

 しまった、とコヨーテは自らの間抜けぶりに嫌気が差した。
 表現が直接的すぎると感じたときにはもう遅い。

「……何を言ってるのか分からないんだけど」

 女性は険しい表情でコヨーテを睨むように見る。
 コヨーテはそれから逃れるように口を開く。
 その時の彼には、もはや言葉を選ぶ余裕もなかった。

「オレは人間じゃない、だから分かるんだ。
 君も、人間じゃないって事が。
 だから、聞きたい。聞かせてほしい」

 その言葉に、女性はびくりと身を竦める。
 一瞬だけ視線を宙へ泳がせると、急いで店の奥へ走り去り、すぐに戻ってきた。

「……ここじゃ話せないわ」

 店主に許可を貰ってきたのだろうか。
 女性に手を引かれ、コヨーテは飛び出すように店を出た。



 アンジュは肝を冷やした。
 自分が人間でない事を看破されたのが原因ではない。
 もっと別の、得体の知れない恐怖を感じていた。

「……あなたは何者? 私に何の用なの?」

 アンジュはきつい口調で来訪者の男を睨んでいる。
 彼は自分の事を人間ではないと言っていた。
 お互いになのだが、だからといって友好的に話を進められるはずがない。

 店の裏には人通りが全くなかった。
 ここなら魔物だの何の話をしても問題ない。
 向こうもそれを理解したのだろう、少しだけ首を左右に回してから口を開いた。

「オレはコヨーテ。『大いなる日輪亭』の冒険者だ。
 ……君は?」

 同業者だ。
 アンジュは思わず険しい表情を崩す。
 宿の名を出した事が、アンジュの警戒心を少しだけ緩めた。

「あら、同業者だったのね。
 私はアンジュ。『小さき希望亭』の冒険者よ。

 それで、私に何の用なの?」

「少し、話を聞きたかっただけなんだ。
 君も、『人間ではない何か』なんだろう?」

「……そうよ」

 アンジュは搾り出すように答えた。

「あなたも、そうなのね?」

「そう、オレは半吸血鬼だ。紛れもない魔物の血が、オレの中に流れている」

 コヨーテは堂々とその名を口にした。

 吸血鬼ヴァンパイア
 サキュバスたるアンジュが存在する以上、吸血鬼が存在していてもおかしくはない。

 証明するように、コヨーテは口の端を指で持ち上げ、不自然なほどに鋭い犬歯を覗かせる。
 コヨーテは充分すぎるほどに、吸血鬼の証を見せ付けてくれた。

 アンジュは油断なく一歩後ずさりする。
 正直、怖い。

 吸血鬼といえば闇夜では最強を誇る化け物だ。
 サキュバスの自分では、逃げ切る事さえ難しいだろう。

(あ――)

 アンジュの反応を見たコヨーテは、少しだけ悲しそうな表情を見せた。
 それだけで、アンジュの心は途轍もない罪悪感に襲われる。

 彼は自分の事を吸血鬼ではなく、吸血鬼といった。
 そこにはどんな意味が隠されているのか、アンジュに理解できないはずがない。

「別に君をどうこうしようとは思っていない。
 ただ、話を聞かせて欲しいだけなんだ。

 ……人外の冒険者に会ったのは初めてだからな。頼む」

 コヨーテは自嘲気味に笑うと、そう言った。
 その表情は見ていられないほどに苦しそうだった。

「君の種族が何なのかは聞かない。
 ただ、魔物の血が流れているという事は分かる。

 それを前提として、話を聞いてもらいたい」

「……分かったわ」

 アンジュは何故分かるのか、という事は聞かない。
 これ以上、無用心に彼の心に踏み込んで荒らしてしまうのは避けたかった。

「君はいつから人間として生きてるんだ?」

「悪魔を捨てたのは少し前。助けてくれた人が、いるの」

 そう、助けられた。
 アンジュを助けた人は、まさしく救世主だ。
 ドロドロのどす黒い地獄のような場所から、陽光が雲間から顔を出すように、深い深い闇を切り裂いて助けてくれた。

 コヨーテは、助けてくれた人について深くは聞かない。
 アンジュとしても、長々と話すつもりはなかった。
 下手を打てば、自分だけでなくあの人にも迷惑が掛かる恐れがあるからだ。

「君は、悪魔だった頃に…………?」

 コヨーテは表情を大きく歪ませていた。
 苦渋の表情が色濃く表出している。
 彼の右手が白く変色するほどに、左手首を強く握り締めていた。

 アンジュは何とはなしに感じていた。

(これが、彼が聞きたかった事……なのね)

 彼は、この質問がアンジュを苦しめるだけだという事を理解しているのだろう。
 それでも知りたい事がある、だからこそ自らの心を苦しめているのだ。

「ない、わ。怖かったから……」

 アンジュはより一層暗い顔をして答えた。
 この答えは間違っていない。
 確かにアンジュは人を襲うのが怖くて、殺した事は一度もない。

 しかし、この答えは彼の心を軽くする事はないのだろう。
 それが分かったからこそ、アンジュは表情を曇らせた。

「悪い、変な質問をした」

 コヨーテは頭を下げた。
 彼が謝るところではないのに。

「……オレは、あるんだ。魔物の力を使って、人を殺した事が」

 呟くようなその言葉に、アンジュは悲痛な表情を作る。
 コヨーテはため息をつくと、話を続けた。

「オレは屈したんだ、自分の中の魔物に。
 血を飲めと囁かれて、その通りにしてしまった愚か者だ。

 ……血を飲めば、自我が消える事くらい分かっていたのに」

「………………」

 アンジュは何も言わない、何も言えない。
 ただ黙って、コヨーテの話を聞く。

「なぁ、教えてくれアンジュ。
 君はどうやって人間になれたんだ?
 オレにはできなかった、人間になりたくても魔物の血がそれを阻んだんだ。

 ……教えてくれ、頼む」

 そう言って、コヨーテは項垂れる。
 ともすれば泣き出してしまうと思えるくらい、彼の声は震えていた。

 アンジュは咄嗟に、彼の苦悩が分かった気がした。
 人間になりたいと思っていても、世界がそれを許さない。

 人間にも魔物にもなりきれない半端な存在。
 それは、少し前までのアンジュそのものだ。
 似ている、最初はそう思った。

 だが、とアンジュは悟る。
 自分とは大きな違いがあるではないか、と。
 アンジュは半端なまま生きる事を放棄しようとした。
 反対に、コヨーテはそれでもなお人間になろうと苦悩している。

 彼は安易に死を選ぶ事はしない。
 生きて、苦しみを背負いながらも運命に抗おうとしている。
 その高潔な魂は真っ直ぐで、それ故にポッキリと折れてしまいそうだ。

「……あなたは、強いわね」

 ぽつり、とアンジュは心中を吐露した。
 コヨーテは項垂れたまま、続きを待つように動かない。

「私が人間として生きていられるのは、私を救ってくれた人が居たからなの。
 彼は絶望の内に死のうとした私を叱ってくれて、生きるように言ってくれた。

 私だけの力じゃないの」

 悲痛な面持ちでそう言い切ると、アンジュは目を伏せた。
 自分と似た境遇で、自分より強く生きようとするコヨーテを救う事ができない。
 その事実は、アンジュの心を締め付けた。

 やがて、顔を上げたコヨーテは「そうか」とだけ言った。
 その表情からはどんな感情も読み取れない。

「……ありがとう。参考になったよ」

 コヨーテは自嘲気味に微笑んだ。
 意図しないその微笑みは、アンジュの胸を更に締め付けた。

 コヨーテが踵を返す。

(待って――!)

 そう言いかけて、止めた。

 ここで彼を引き止めても、何もできない。
 気の利いた言葉も、彼には空虚に響くだけだろう。
 しかし、気付いたときには口をついて出ていた。

「ねぇ、コヨーテ。あなた、大切な人って居る?」

「……居るよ。大切な、仲間が」

 その問いを背で受けたコヨーテは、首を少しだけ横に向けて言った。


 あなたが死んだら、その人たちが悲しむわ。
 ……その、私が言えた義理じゃないけど」

 コヨーテはしばらく固まっていた。
 その様子を見ていると、余計な事を口走ってしまった気がする。

 少しの沈黙の後に、コヨーテは振り返った。

「本当にありがとう、アンジュ。
 近いうちに、またここへ寄らせて貰うよ」

 笑顔。
 悩みが払拭されたような、一点の曇りもない笑みがあった。

「う、うん。そのときは何か買っていってね?」

「次は、仲間と一緒に来るよ」

 そう言ってコヨーテは振り返り、歩き出す。

 アンジュはその言葉が嬉しくて、思わず「またねー」と大きく手を振った。
 コヨーテは振り返らず、手を挙げてそれに答えた。



(ルナやチコ辺りなら喜びそうな店だったな。
 バリーは不機嫌になりそうだが、どうしよう?

 そういえばアンナの奴も、最近髪飾りが欲しいだとか言ってたっけ)

 そんな事を考えながら、『ささやかな宝』から大通りに戻る。
 再び雑踏に戻ろうとしたコヨーテは、一人の男が目に付いた。

 青黒い瞳をした男だった。
 端整な顔立ちに加えて背は高く、コヨーテより頭ひとつ分ほど高い。
 肌は透き通るように白く、この世のものとは思えないほど美しい。

 しかし格好はどう見ても同業者のそれだ。
 腰には見事な剣を提げており、名のある剣士なのだろうか。

「……なぁ、少しいいかな」

 脇を通り抜けようとした男に、思わずコヨーテは話しかけていた。
 何故かは分からないが、そうさせるほどの引力が彼にはあったような気がする。
 男は立ち止まり、怪訝そうに振り返った。

「同業者か。何か用か?」

「もし仲間に死の危険が近づいてきたなら……あなたなら、どうする?」

 コヨーテは真っ直ぐに男の青黒い瞳を見た。
 その瞳は揺らがない。

「……足掻くだろうな。失いたくないなら、当然だ」

 質問の意図は分からなかっただろう。
 考えてから言葉にしたわけではない、直感的に適当に出た言葉でもなかった。
 恐らくは彼を形成している『彼』という人格そのものが、完璧に固められた自らの考えを口に出したのだろう。

 思わず最高の答えを、コヨーテは得られた。

「ああ、オレもそうするだろうな」

 コヨーテはうん、と頷くと更に続けた。

「呼び止めて済まなかった。
 おかげで完全に悩みは吹き飛んだよ」

「……それは良かったな」

 男は微笑を浮かべた。
 つられて、コヨーテも思わず微笑む。

「急に呼び止めて悪かったよ」

「ああ……」

 お互いはそれぞれ逆の方向に歩き出した。

 コヨーテの胸にはやるせない気持ちは残っていなかった。
 もはや答えは出た。後は行動に移すだけだ。

 ふと、見事なまでに答えを出した、さっきの冒険者の姿を思い出した。

(名前を聞いておけば良かったな)

 そう思ったとき、急に思い出した。
 何かが引っかかる。

(そうだ、風の噂で聞いた事がある。
 リューンのどこかの宿に、依頼の達成率が一〇割から動かない中堅パーティがあるって事。
 そのパーティのリーダーが智勇兼備の男で、しかも絶世ともいえる美形って噂)

 その男はという名だったはずだ。
 世間の事に疎いコヨーテでも憶えている名前なのだから、相当大人物なのだろう。

(一度会って話がしたいとは思っていたが…
 よもや、こういう形で顔を合わせるとは思っていなかったな)

「シグルト……か」

 そう呟き、振り返った。
 そこにはもう男の姿はない。
 視線を空に移し、「うん」と満足気な声を出す。

「……行くか」

 頬を撫ぜる涼風を感じながら、目的の地へ歩き出した。
 コヨーテはそれきり、振り返る事はなかった。



【あとがき】
Y2つさんのリプレイ『風を纏う者』のリーダー、シグルトさんとのリプレイクロスのお話でした。
もう何から何まで申し訳ないので、ここで深くは語るまい……!

今回登場したアンジュさんの働くお店『ささやかな宝』はY2つさんのプライベートシナリオです。
実際にはプレイしていますが、初来店時に貰える『値引きの証』は作中では貰っていない事にしています。
会話のテンポが悪くなったり、タイミングを逃したりするので、次回プレイ時にお買い物と一緒にまとめる事にしました。

ちなみにタイトルの『青黒い稲妻』はいわずと知れたシグルトさんです。
その名の由来はY2つさんのブログで明らかになっていますので割愛で。
Y2つさんのブログはこちら→Y字の交差路

『銀黒の狼』はコヨーテの事です。
『銀黒(ぎんくろ)』とは銀粉に炭の粉を混ぜたものらしいですが、実は作者としてはコヨーテのイメージとしてそんな感じを思い描いています。
派手派手な金色に劣るが、それでも鋭く輝く銀色は人間の象徴。
それに混じる黒は、魔物で夜の象徴たる吸血鬼を表しています。
……こんな感じの異名とかあったらカッコいいなぁ。


銀貨袋の中身→4200sp(変化なし)


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『ささやかな宝』(Y2つ様)

今回使用させて頂いたキャラクター
『エイベル』(出典:『盲目の道筋』 作者:takazo様)
『アンジュ』(出典:『甘い香り』 作者:楓様)
『シグルト』(出典:Y2つ様のリプレイより)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。
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周摩

Author:周摩
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