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『犬の恩返し』 

 ミリアはとある町に立ち寄った。
 町の名前は複雑で、妙に発音しにくい名前だったので覚えていない。
 どうやらこの町は宿場町らしく、旅装の人間が大勢行き交っている。

「なんだか面白みのない町だね。
 どこもかしこも平凡な建物ばかりで、風情といったものがないよ」

 隣で欠伸を噛み殺しつつ呟くのは、同じ冒険者のレンツォである。

「そうは言うけどね、ここって宿場町なのよ。
 ここに立ち寄るのは他の都市を目指している人間がほとんどでしょ。
 そういった人たちはこの町に娯楽は求めてないんじゃない?」

「かもね。ちょっと調べたけど、賭場の類はロクにないみたいだ」

「あんたねぇ、まだ懲りてないの?」

 ミリアの言葉に、レンツォはバツの悪そうな顔をする。

「ミリアがいつまで経っても戻ってこないからさ、暇で暇で」

「だって、修練中は道場の部屋を使って良いって話だったもの。
 そっちに泊まれるならわざわざお金払って宿に泊まるよりは良いでしょ?」

「そりゃそうだけどさ……」

 ミリアとレンツォは数日前まで深緑都市ロスウェルに滞在していた。
 そこで、ミリアは『双剣術』という技術を学ぶ事にしたのだ。
 今まではほぼ我流の剣術だったが、指南役曰く「筋は良い」との事。

 数日間の修練の末、ミリアは【飛影剣】という技を体得できた。
 同時に基礎中の基礎である呼吸法や歩法から徹底的に教え込まれたミリアの実力は、かなり伸びている。

「まぁ、何にしてもドルネストとの決着はいつかつけるけどね」

 レンツォは再び欠伸を噛み殺す。

 彼の言うドルネストとは、どうもロスウェルで知り合った盗賊仲間らしい。
 ロスウェルの賭場で白熱したイカサマ勝負を繰り広げたらしいが、レンツォは勝敗を語らない。

 ちなみにロスウェルに足を踏み入れた時点では、銀貨一一〇〇枚。
 ミリアが道場へ向かい、しばらく戻らない事をレンツォに伝えた時点で一六〇〇枚まで増えていた。
 つまり、レンツォはたったの半日で五〇〇枚ほど銀貨を増やしたらしい。

 それから調子に乗ったのか、色々と荒稼ぎしていたらしいのだが、最終日に指導費としてミリアが銀貨一〇〇〇枚を支払うと、何故か残りが一〇〇枚しか残っていない。
 負けたのだろうが、プラスマイナスゼロで指導費を払えるくらいには残っていて助かった。

「く、あぁぁぁ」

 遂にレンツォは大きく欠伸をする。
 例年ならもうそろそろ寒くなる時期だが、今日は殊更に天気が良い。
 とても過ごし易い気温の上、片田舎の宿場町の背景は、不思議と眠気を誘う。

「全く、気持ちは分からないでもないけど、もう少しシャキっとなさい。
 いつまでもだらけてるんじゃないわよ」

「えー、いいじゃん。今は休みだろ?
 ミリアこそいつも肩肘張ってないでさ、もう少しゆったりしなよ」

 レンツォがだらけた表情でだらけた事を言っている。
 それがミリアの癇に障った。

「あんたねぇ、ミューレルの森での活躍っぷりはどこへいったのよ。
 まるで人が変わったみたいに真面目みたいだったけど、あれが本当のあんたなの?」

「あの時の僕も今の僕も、同じレンツォさ。本物も偽者もないよ。
 ああやって真面目にやってるとさ、本当に疲れるんだよ。
 だから、こういう何も無い時くらいは怠けさせて欲しいもんだね」

「ん……」

 ミリアは次の言葉を紡げない。
 レンツォが言っている事に間違いはない。

 実際、彼はミューレルの街に辿り着いた途端、過労で気を失って倒れた。
 あの広い森の中に放たれた無数のインプをいちいち相手していたのなら、恐らく『月歌を紡ぐ者たち』は傀儡の騎士か魔道士エイベルに全滅させられていただろう。

 だからこそ、惜しいとも思う。
 彼が常に本気で行動できるのなら、これほど頼もしい事はないのだから。

 だが、彼が本気を出さない理由は、彼自身の性格からくるものだ。
 ここまで固まった性格を急に変える事は難しいだろう。
 無理を言って従わせようとしても、それは彼の人格を蔑ろにしてしまう。

「なーな――むぎゅっ!?」

「あら、ごめんなさい」

 考え事に気を取られていたせいか、チコと同じくらいの背丈の少年とぶつかってしまった。
 その際、ミリアの豊満な胸に少年の顔がダイレクトに埋まってしまい、少年は慌てて後退する。

 見れば、彼は不思議な少年だった。
 服装は地味で薄汚れた下級層の子供服で、髪と眼の色は落ち着いた黒色だ。
 だが、黒の髪の毛にまぎれて、あからさまな動物の耳が生えている。

(何かしら……犬の耳?)

「なー、ボクの頼み聞いてくれへん?」

 真っ赤な顔が未だに戻らない少年は、儚げに言う。
 それが拙かった。

(かっ、かかか――)

 ミリアの背筋を、ぞくぞくと『何か』が勢いよく駆け昇る。

(――!!)

 ミリアの趣味とがっちり噛み合ってしまったのである。
 頬を紅潮させた少年に、小首を傾げて上目遣いでお願いされてしまったのだ。
 少年愛好家のミリアにはひとたまりもなかった。

「ボウズ、世の中って金次第なんだぜ?」

「えー、こんな可愛らしいボクからお金取るんか?
 ちょっとした事なんやから、タダで言う事聞いてくれたっていいやん、ケチ」

「ふぅん、ちょっとした事の手伝いなのに報酬をくれない君も相当ケチだけどね」

 あまりの可愛さに固まっていたミリアの横で、レンツォがそんな事を言っている。
 ミリアは突発的にレンツォの胸倉を掴んでいた。

「くぉらぁ、レンツォォォ!」

「わぁー! なになに!?」

「おっ、お金ならあるんよ!」

 ミリアの剣幕に少年の方がビクビクしている。
 あまり驚かすのも悪いので、仕方なくレンツォを掴んでいた手を離す。

 少年はみすぼらしいズボンのポケットを漁り、二枚の紙と数十枚の硬貨を取り出した。
 硬貨は酷く汚れているものもあるが、一般的に流通している銀貨である。
 ただ、紙の方は汚れがあるせいか、よく分からない。

「ふんふん、これはジーベック銀行の金券だね。
 どちらも同じ種類で、銀貨一〇〇枚と交換してもらえるらしい」

「へぇ、あんた良くそんな事知ってるわね」

 ミリアは素直に感心する。
 エルフの里では、人間との取引用に使っていたのはせいぜい金貨か銀貨だ。

「この程度は知っておかなくちゃ、盗賊なんてやってられないよ。
 こちとら滅多に流通しない類の、しかも金目のものに対する嗅覚は半端なものじゃないのさ。

 ところでボウズ、これらの金はどこで手に入れた?」

「ん? 拾ったんよ?」

 少年はきょとん、とした表情で答える。
 質問の意図が分かっていないのだろう。

 ミリアは少年に質問した時のレンツォの表情が気になった。
 妙に真面目な、まるでミューレルの森でのレンツォのような表情だったのだ。

 それに気が付いたのか、レンツォはミリアを手招きする。
 ミリアは不審に思いつつ近づくと、

「あの金券、妙に汚れてたろ。
 時折いるんだ、他人から奪った際に血のついた金券を泥で誤魔化す奴がさ。

 特に金券の類はあまり一般的に流通していない。
 こんな辺鄙な田舎町に利用者がいるとは考えにくいだろ?
 そもそもジーベックはリューンだとか、大規模な都市にしか支店がないわけだし。

 まぁ、あの少年のように『拾った』というのなら話は別だけどね。
 ここは多種多様な人間が行き交う町だから、金券や銀貨を落とす事もあるだろう。
 下手に『買った』だの『貰った』だの言ってたら、係わり合いにならない方がいい。
 更に今回のケースは、銀貨二〇〇枚相当の金券を、こんな少年に譲る方が変なんだからさ」

 レンツォは少年に聞こえないように声量を落として説明した。
 その様子に、ミリアは物凄い違和感を感じる。
 見るからにいつもの怠慢なレンツォなのに、語る言葉は真面目なレンツォなのだ。

「……で、ボウズ。依頼の内容は?」

「え、受けてくれるんか?」

「まぁね、報酬がある事も分かったし。何よりここで断ったらミリアが怖いからさ」

 そんな冗談とも本気ともつかぬ事を言って、レンツォは乾いた笑いを見せる。

「えっとな、この町の外れに森があるんやけど、そこに湖があってん。
 そこに生えてる白い花を摘みたいんやけど、森にはヘビとかネズミとかおるやん。
 ボクってそういうのめっちゃ苦手やし、ついてきて欲しいんよ」

「……要するに、その白い花を手に入れるまでの護衛って訳ね」

 改めて思うが、少年の喋る言葉は訛りが酷く、少々聞き取りづらい。
 レンツォは面倒くさそうに頭の中で整理して理解しているみたいだが、ミリアは違った。

 そもそも閉鎖的であるエルフの里出身であるミリアは、地方の言葉には疎い。
 だからなのか、少年の訛り言葉は地方独特の発音だと、すんなりと頭が受け入れるのである。
 言葉を噛み砕いて単語にし、意味を理解する速度が圧倒的に速いのだ。

「うん! あ、ボクはクラウスっていうんよ。お姉ちゃんたちは?」

「私はミリア、こっちがレンツォよ。よろしくね、クラウス」

 愛くるしい犬耳の少年に、とてもいい笑顔でミリアは手を差し出した。



「へぇ、花はプレゼントするためなのね。微笑ましいわ~」

 ミリアはクラウスと楽しげに談話している。
 彼女は今まで見せた事のないような、最高の笑顔を見せていた。

「うん、けどミリアさん。手ぇ繋ぐのはちょっと恥ずかしいんやけど」

「あら、何も恥ずかしがる事はないわ。
 これでも護衛なんだから、依頼主を身近で守るのは当然の事よ」

 ミリアの言葉に、クラウスは「そっか」と曖昧な表情で呟いた。

(騙されるなクラウス、普通は護衛だろうが依頼主にそんなに接近しないもんだぞ)

 と、思ってはみるが声には出せないレンツォなのだった。
 クラウスは損をしているわけではないし、発言したところでレンツォにもミリアにも得はない。
 ならば、ミリアのあの幸せそうな表情は崩したくなかった。

(……にしても、ミリアの奴にこんな趣味があったとは)

 確かに驚いたが、そこまで大きなショックは受けなかった。
 レンツォは個人の特殊な趣味嗜好には寛容である。

 そもそもレンツォは胸の豊かな女性がタイプであるため、他人の趣味にとやかく言える立場ではない。
 ミリアにしてみれば、異性に求めるものが『幼さ』や『あどけなさ』なのだろう。

 余談だが、レンツォが異性に求めるものは『大きさ』なのだが、当然それだけではない。
 例えば身長や年齢、服装にまで色々とこだわりがあるのだが、恐らく周囲がドン引きするのは想像に余りあるので公言はしていなかった。

「ん、おぅいミリアさんやーい。こっちにヘビがいますよー?」

 レンツォは果てしなくやる気のない声で、暗に『片付けてください』とお願いしてみる。

「あぁんもうっ!」

 クラウスのひとときを邪魔されたからか、ミリアは荒っぽくヘビを斬りつけた。
 長い胴体を真っ二つにされたヘビはしばらくのたうち、やがて動かなくなる。

 ミリアから文句の一つも来るかと身構えていたが、それはなかった。
 レンツォの得物は近接格闘・暗殺用のナイフである。
 それらは当然、対人戦を意識しての装備なのだ。

 ヘビを相手に身を擦り合わす程の接近戦は良くない。
 下手を打てばその毒牙で咬まれ、命を落としかねないのだから。

 それをミリアは理解していたのだろうか。
 もしくは、レンツォがさり気なく獣たちと遭遇しないように誘導していたのがバレていたのか。
 どちらにせよ、ミリアの聡明さには頭が下がる。

「うぎゃっ、蚊の大群やん!
 ボク、蚊も大っ嫌い! むっちゃ喰われるもん!」

「あら本当、随分と大きな蚊柱ね」

 見れば、獣道を少し外れたところに、巨大な蚊柱が浮かんでいた。
 最近ようやく涼しくなってきたのだが、蚊はまだまだ元気らしい。

 クラウスはよほど蚊が嫌いなのか、ミリアの背後に隠れてしまっている。
 ミリアの服をぎゅっと握って震えているクラウスに、ミリアはとっても幸せそうだ。

「ミリア、ちょっとそのまま待ってて」

 レンツォはそう言い置き、蚊柱の近くの藪を調べ始める。
 何もミリアの趣味に付き合ってあげている訳ではなく、あの蚊柱はヒントなのだ。
 あんなにも大量にも蚊がいるという事は、水辺が近い事に他ならない。
 案の定、蚊柱から少し離れた場所に、極端に細い獣道を発見した。

「当たり。行くよミリア、多分こっちが湖だ」

 ミリアは蚊柱を刺激しないようにおっかなびっくり歩くクラウスに合わせている。
 緩慢とした動きが功を奏したのか、蚊柱は変わらずに浮いたままだった。

「ねぇレンツォ」

 ふと、ミリアに呼び止められる。

「上手く言えないんだけど、どうしたの?
 何かいつもと違うような……真面目なレンツォになってる気がする」

 要するに、ヘビを見逃すのは怠惰なレンツォで、隠れた獣道を見つけるのが真面目なレンツォだとでも言いたいのだろうか。
 それが、ミリアにとってみれば不思議なのだろう。

「だから、さっきも言っただろ。
 怠慢な僕も真面目な僕も、どちらも僕なんだって」

 それが妙に可笑しくて、ついつい笑みがこぼれてしまう。

「……勘違いしてるかもしれないから言っておくよ。
 僕は依頼を受けても、大抵は怠慢な僕の時が多いと思う。
 だけど戦闘や命に関わる事になれば、真面目な僕に切り替えているんだ。

 怠慢な僕の時は、命の危険が少なかったり、コヨーテたちでも回避できる状況の時だけさ」

 そう、レンツォは人命の危機に怠慢であった事はないのだ。
 レンツォの性格の切り替えは、事前の綿密な情報収集と調査によって裏付けられる。

 例えば、今回は森に対する情報収集である。
 レンツォはクラウスの依頼を受ける以前から、この森の情報を少なからず得ている。
 リューンに戻るにはこの森を抜ける必要があるとはいえ、平和そのものである場所でも事前の準備は怠らないのだ。

「じゃあ、今は?」

 ミリアは直接的な質問をぶつけてくる。
 それが、今のレンツォには少し重たかった。

「……ちょっとした、かな」

 以前までのレンツォなら、この依頼は怠惰なレンツォで居ただろう。
 大型の獣もおらず、迷うほど広くも深くもないこの森はかなり危険度は低い。
 なのにレンツォは怠惰でありながら真面目になっている。

 それはひとえに魔道士エイベルの影響が強かった。
 あの時、依頼を受ける瞬間から真面目に吟味していれば、もしかしたらエイベルの正体を見破れたかもしれない。
 動作、話し方、その内容から、彼の人となりを判別できたかもしれない。

 だがレンツォはそれをせず、むざむざとパーティを危険に曝してしまった。
 戦闘を避け、パーティを危機から遠ざけるのが盗賊の仕事なのだというのに。

 更にミューレルの森でも、レンツォは自分に対する憤りを感じた。
 本当に優秀な盗賊だったのなら、コヨーテらにインプの存在を気取られる事無く、森を抜けさせる事が出来たかもしれない。
 レンツォはそこでも下手を打ち、パーティを不安がらせてしまったのだ。

「ああー! あった、これやん!」

 話している隙に先頭を歩いていたクラウスが、白っぽい花を指差している。
 どうやら目的のものを見つけたようだ。

「レンツォ」

 ミリアの声に、レンツォは微笑んで頷いた。
 『危険はない』という合図だ。

「ほらほら、クラウス。危ないから私が採ってあげるわよ」

 ミリアが子供を扱うようにクラウスを下げるてから、白い花を摘む。
 その花は水辺のすぐ近くに咲いていて、ミリアでは有り得ないが、クラウスなら足を滑らす可能性もある。
 「もうその辺でええよ」と言われるまで摘むと、ミリアは聖母のような笑みを浮かべてクラウスに手渡した。

「わぁい! ありがとーミリアさん!」

 クラウスは大喜びで、ミリアに抱きついた。
 ミリアも鼻血が出そうなほどの恍惚の表情を浮かべ、「可愛い……可愛い……」と呟いている。
 見兼ねたレンツォは、一応警告しておく事にした。

「ミリア、クラウス。喜ぶのはそこを離れてからにしような」

「へ? どういう事?」

「僕がこの場所を見つける事ができた理由、教えてあげる。
 蚊っていうのは水辺に卵を産む習性があるのさ。
 だから、あの蚊柱を見てこちらに湖があると分かった。

 まぁ要するに、そこにもたくさん蚊がいるわけ」

 まるでレンツォの台詞を合言葉にしたように、そこらじゅうから大量の蚊が飛んできた。

「おぎゃああああああああああ!?」

 平和な平和な森の中に、クラウスの叫びが木霊する。



「うわわわわ!」

 ミリアも、あまりの蚊の多さに軽くパニックになっている。
 両手をブンブンと振って、どうにか追いやろうとする。

「ミリアー、蚊なんて相手にしようとするなよーどうせ全部つぶしきれないんだからなー?」

「って、レンツォあんた! 何一人で遠くまで逃げてるのよ!」

「だってー、僕も蚊に喰われたくないんだもーん」

 そういえばさっき聞いたばかりだった。
 レンツォは人命の危険がない限り、怠惰なレンツォなのだ。
 さっきの「危険がない」の合図は『危険はない』という事だったのか。

「うぎゃあ! くーわーれーたー!」

「……とにかく逃げましょう!」

 ミリアは蚊に喰われたと暴れるクラウスを引っ掴んで、レンツォのいる方へ駆け出した。
 それに気付いたレンツォも走り出し、奇妙な追いかけっこが始まる。

 やがてクラウスが息を切らした頃に、ようやく蚊が追ってきていない事に気付いた。
 レンツォは逃げながらも、当然のように町へ戻るルートを通っていたみたいだ。
 今いる場所は、町から歩いてすぐの森の入り口である。

「痒い、痒い、痒いぃぃぃ!」

「掻いちゃダメよクラウス。掻いたら余計痒くなるわ」

 下手に掻いてしまうと、爪で肌を傷つけてしまう事がある。
 そうなれば痒みと痛みが融合した、奇妙な刺激が襲ってきてしまう。
 痒みというのは、痛みよりも我慢がしにくい刺激なのだ。

「はいはい、これ使いな」

「これって……」

 レンツォが渡してきたのは、ずんぐりとした瓶だ。
 張ってあるラベルには『痒み止め』と書いてある。

「使っていいん? ありがとー!」

 この『痒み止め』の塗り薬は即効性に優れているらしい。
 塗ってしばらくすれば、痒みは収まったみたいだ。

「なんて用意のいい……」

「まぁ、この森を通るのは想定内だったし。
 何よりこういう、地方の薬剤はチコが興味を持ちそうだったからね。
 お土産にしようと思っていたものが役に立ってなにより、ってところかな」

「ありがとーレンツォさん。良い薬やね、これって」

「そうかそうか、それは良かった」

「お礼にこれあげるけん」

 クラウスはどこから取り出したのか、くまのぬいぐるみをレンツォに手渡した。
 しかしこのぬいぐるみ、背中の部分に妙に泥がついている。

「まさかこれって……」

「うん、さっき拾った」

 やっぱりか、とレンツォは苦い顔をする。
 このクラウスという少年は、落ちているものは何でも拾ってしまう習性でもあるのか。

(まるでだな。何でもかんでも拾って飼い主に届けるところとか)

「えっと、こっちは報酬やけん」

 クラウスは例の報酬をレンツォに手渡す。

 汚れていようが、銀貨は銀貨である。
 しかし、見た目が悪ければ印象も悪くなるもの。
 レンツォは後で磨くために、銀貨だけは別の袋へ収めた。

「ところで、その花は誰に渡すの? 好きな子とか?」

「すっ!? ち、違うし!」

 クラウスは真っ赤になりながら否定する。
 その様を、また鼻血が出そうな程の興奮面でミリアが眺めている。
 何か、この絵面は拙い気がする。

「そ、それじゃありがとねーバイバイ!」

 クラウスは逃げるように、大通りへと走っていった。

「あうう、クラウスきゅん……」

「何してんのミリア、追うよ」

 『クラウスきゅん』にはあえて言及せずに、ミリアを手招きする。
 大通りの人混みに紛れたクラウスも、レンツォの眼からは逃げ切れていない。
 まだ距離の離れていない今なら、悠々と追跡できる。

「追うって……もう依頼は終わったのに?」

 そう、報酬を受け取った時点で依頼は終了した。
 これ以上依頼主に関わるのは良くない。
 場合によっては依頼主の立場を悪くしたり、厄介ごとに巻き込まれる可能性もあるのだ。

「僕の第六感が囁いてるのさ。あの謎だらけの少年の後を追えば面白そうなものが見れる、とね」

 レンツォがウインクすると、ミリアが露骨に引いた。
 今回の依頼に裏はない。
 つまり、クラウスの後を追っても何ら問題はないはずだ、多分。

「まぁ、誰にあげるのかは気になってたしね」

 ミリアも乗り気らしい。
 そうと決まれば、彼らの行動は迅速だった。
 レンツォはこういう、彼の興味が向いた事に関しては普段の二割増しの能力を発揮する。

「あの家に入ったみたいだ」

 レンツォが指しているのは、極めて一般的な家屋だ。
 取り立てて大きくなく、これといって特徴もない。
 通りに面した壁には小さな窓があり、そこから中の様子を観察できる。

 室内も質素なものだった。
 小さな寝台には少女が横になっていて、その傍には看病をしているらしい老人がいる。
 どうやら少女の部屋らしく、クラウスはいない。

 しばらく観察していると、老人が不意に奥のドアへ向かっていった。
 どうやら来客があったらしい。

(クラウスか? ん、という事はあの娘にあげるのかな)

 そう予想を立てていたが、老人が開けたドアの向こうにクラウスの姿はなかった。

「ワン!」

 元気の良い犬の鳴き声と共に、一匹の犬が室内へと入ってきた。
 その犬は黒っぽい体毛を揺らし、咥えていた白い花を老人の前に落とす。
 不思議がった老人が花を手に取ると、犬は少女の方へ駆け寄った。

 少女は嬉しそうに犬の頭を、背を撫でる。
 犬も喜んでいるらしく、行儀よく前足を揃えて撫でられている。
 そして、花をまじまじと見つめていた老人が、突然何かを叫びだした。

「む~レンツォ、なんて言ってるの?」

 彼らの会話が、ミリアは全く聞き取れないらしい。
 盗賊として聴力を鍛えていたレンツォにはバッチリ聞き取れている。

「どうやらあの白い花、何かの病気の特効薬らしい。
 そしてあの黒っぽい犬、あの女の子に『クーちゃん』って呼ばれてる」

 黒っぽい体毛、『クーちゃん』、白い花、これらを統合すれば、答えは自ずと見えてくる。

「犬の恩返し、ねぇ。心温まるお話じゃない」

「……そうだね」

 レンツォは眼を細めて、少女と犬の幸せそうな様子を見ている。
 この様子を切り取って額縁に入れて売れば、高値がつきそうなほどである。

(良い土産話が出来た)

 レンツォは基本的におしゃべりは好きだ。
 今はいない仲間たちに、今回の話をどう脚色して話そうかと考えている。
 そしてコヨーテらが驚く様を想像し、レンツォはほくそ笑んだ。



【あとがき】
今回は夜月さんの「犬の恩返し」です。
クラウス君、可愛すぎませんか!? かくいう私も犬耳は好きでね!!
犬耳少年ってだけでもオイシイのに、さらに方言を喋ると来たもんだ。

話自体はテンポよく進んでいきますし、マップもそう広くないので探索は楽です。
事前のお試しプレイではラットと数回バトルし、毒を喰らって危うく全滅しそうにもなりました。
本番プレイでは一度もエンカウントせず、作中のミリアみたいにピクニック気分でした。

蚊云々の説明は、どこか間違っている気がしないでもないです。
一応いろいろと調べはしましたが、湖にも蚊っているのかな……?
シナリオの演出的にこういう事なんだろう、と判断しましたが、あってるのかなぁ。

ミリアがロスウェルで【飛影剣】を習得しました。
そこの習得シーンは長すぎてどうしようもなかったのでカットです。
ちなみにバリーもロスウェル行きましたが、見事に入れ違いです。
あと、戦利品の売却やら換金やらは全員が集まってから行います。

今回、レンツォの話でドルネストという名前が出てきましたが、これはアレです。
ロスウェルの赤毛の盗賊の事だったりします。
シナリオ中で名前出すか悩んで、結局出す機会を失ったのでここでお蔵出しといった感じです。

あ、ミリアとレンツォの性癖暴露状態は10ラウンドは続きます(笑)


☆今回の功労者☆
ミリア。蚊が攻撃避けまくる中、一匹一匹叩き落としたのが彼女。

報酬:
34sp

購入:
薬→-10sp
【飛影剣】-1000sp→ミリア
(深緑都市ロスウェル)

戦利品:
100sp券×2
くま

銀貨袋の中身→124sp(総計:2424sp)


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『犬の恩返し』(夜月様)
『深緑都市ロスウェル』(周摩)

今回使用させて頂いたキャラクター
『エイベル』(出典:『盲目の道筋』 作者:takazo様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。
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周摩

Author:周摩
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