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『ささやかな宝』(1/2) 

 目が覚めた。
 窓の外ではチュンチュンとスズメが鳴いている。

「……起きなきゃ」

 ルナはもそり、と起き上がる。
 ごしごしと目を擦って眠気を覚まそうとするが効果がないので、大きく伸びをする。

 カーテンを開けると、穏やかな陽光が差し込んでくる。
 太陽の位置から察するに、どうやらまだ『朝』の範囲内らしい。
 今日も良い一日になりますように、と適当な願いを呟いてみる。

 ルナは鏡に映る自分の髪の跳ね具合に驚きつつ、櫛で丁寧に梳いていく。
 普段よりも念入りに、身嗜みを整える。
 今日は特別な日、とは言わないが、やはり体裁は気にした方が良い日だ。

「今日は早いんですね、ルナさん」

 部屋を出ると、驚いたような表情の娘さんと鉢合わせた。
 そんなに驚かれる程、怠惰な生活を送っていた覚えはないのだが。

「そうそう、今朝早くにルナさんに小箱が届いたんですよ」

「私に? 何でしょう」

 受け取った小箱を開けてみると、小さな聖印が包まれていた。
 差出人は、ルナの叔父だった。

「叔父さん……」

 どうやらその聖印は、神の秘蹟で聖別されたものらしい。
 使用者の祈りを援ける働きがあり、秘蹟の発動をスムーズにできる代物だという。
 ルナはそういった『利便的な価値』よりも『叔父から贈られた聖印』という事が嬉しかった。

「ようし今日一日、頑張っちゃいますよー!」

「あれ、今日は何かありましたっけ?」

「今日はお昼からコヨーテとお出かけするんですよ」

「……、はい?」

 娘さんは再び驚いたような表情を作る。

 昨日、コヨーテが約一ヶ月ぶりに『大いなる日輪亭』へ戻ってきた。
 その間に何があったのかは聞いていないが、ともかくコヨーテの衣服がボロボロになっているらしい。
 コヨーテとしては衣服を買い換えたいらしく、ルナは昨日に手に入れた宝石の取引を済ませておきたかった。
 そのため、今日は一緒に出かける事になっている。

「へ、へぇー。いつもより輝いてると思ったら、そんな事……」

「?? 身嗜みの事ですか?
 コヨーテと一緒に街を歩くと街行く人が彼に注目するものだから、隣を歩くこちらとしてもある程度は身嗜みを整えないと恥ずかしいんですよ」

 そりゃそうよ、と娘さんは呟く。
 そもそもコヨーテが注目されるのはトレードマークである黒の外套を、真夏だろうがお構いなしに着込んでいるためである。
 おまけに目鼻立ちが整っていて少しばかり女顔であるため、ただ立っているだけで絵になる美少年だ。

 というか女から見ても悔しいくらい可愛いルナも、相当目立つはずだ。
 加えて、その二人が並んで歩くというのなら、注目されない方が不自然だろう。
 だけどコヨーテとルナ、両名共に自覚がないというのだから始末に負えない。

「(……、まいっか)
 出かけるのなら、折角だしおめかししてみたら?
 なんなら、また私の服を貸しますけど」

「んーん、結構です。
 折角ですが遠慮させてもらいます。

 え? 理由?
 サイズは悪くないんですけどね、少し胸元がきついので――って、ちょ、娘さん?
 何かどす黒いオーラというか魔力というか、ちょっと悪魔じみたエネルギーみたいなのが全身から噴き出しちゃってますよ!?
 お、落ち着いてください、話し合えば分かりますからあああぁぁぁアアアアア!!」

 普段は物静かで奥ゆかしいシスターさんの悲鳴が、『大いなる日輪亭』に響き渡った。



「……朝っぱらから騒がしいな」

「そうだな、より一層『帰ってきた』って実感が湧くよ」

 呆れ顔の親父に、コヨーテは軽い調子で返した。

「ほう、お前にとっちゃウチの印象は『騒がしい』だったのか?」

 皮肉たっぷりな親父の言葉に、コヨーテは首を横に振る。

「親父なら知ってるだろ、一人ってのがどれだけ寂しいものか。
 たった三〇日程度離れていただけで、オレはこんなにも安心してしまっている。
 本当に、心の底からだ。

 だから、『騒がしい』っていうのは幸せなんだと思う。
 それを感じられない辛さに比べれば、ね」

 コヨーテは親父が直々に仕入れたらしい新鮮な茶葉とやらで淹れた紅茶を啜った。
 新しい茶葉を使おうが淹れ方の癖は抜け切らないようで、どこか懐かしい味がする。

「……、そんなのは若造の台詞じゃないぞ。
 もうちょっと歳とって貫禄つけてからの決め台詞に取っておけよ」

 親父は元冒険者である。
 冒険者がそれを辞める時というのは、得てして『誰かとの別れ』が多い。
 それは地理的な遠方だったり、この世でないどこかであったりするのだが、大体は後者が大多数だ。
 親父が進んで過去を語ろうとしないのは、そういう理由があったのかもしれない。

「らしくなかったかな」

「当たり前だ馬鹿。
 下手すりゃ、そんな感傷に浸るのは仲間の方なんだぞ。
 お前はまだまだ数ある冒険者の一人に過ぎん。

 

 一瞬、コヨーテの呼吸が止まった。
 有り得ない事だが、どうやら見破られている。

 不自然な挙動はしていないはずだ。
 無駄話にも断片すら匂わせていないはずだ。
 なのに、どうして。

「……お前の事は、ガキの頃から知ってるんだぞ。
 『コヨーテ』という人格が、どんなものかを三〇日程度で忘れる訳がないだろう。
 どんなに隠そうが、どんなに押し付けようが、漏れちまうもんなんだよ。違和感ってのはな」

「………………」

 コヨーテは何も言えない。
 自ら闇へ足を踏み入れた自分を、責める言葉が、諭す言葉が怖かった。
 ただ俯いて、それを必死で堪えようとする。

 誰から何を言われようが関係ないと、コヨーテは思っていた。
 だけど、そんな考えを持っていたのは親父に会う以前の、ガキの頃だけだ。
 もし拒絶されたら、離れていってしまったら、そう考えるだけで歯の根が合わなくなる。

「胸を張れよ、コヨーテ」

「……、ッ」

「何を暗い顔してるんだよ。
 言っておくが、俺は何も心配しちゃいないぞ。

 なんてったって、お前が決めた道だ。
 誰から指図された訳でなく、他に選択肢がなかった訳でもない。
 それでもお前が選んだんだ、相応の覚悟を持って臨んだんだろ?
 だったら他人にどうこう言われる筋合いはない。

 いつまでもウジウジしてるんじゃない。
 こちとらガキのお守りには辟易してんだ。
 お前には大人になってもらわなきゃ困るんだよ。

 しっかり生きて、しっかり冒険して、しっかり歳とって、しっかりハゲろ。
 そして、いつかこの宿を継げ。
 それが親孝行ってもんだぜ」

 言い切ると、親父はそっぽを向いてしまった。
 その後姿はとてもコヨーテには一生辿りつけないくらい、大きかった。

 震えは、止まっている。
 親父の言葉が、全てを洗い流していた。

 やはり、親父は凄い。
 子供心に憧れた英雄は見た事はないが、それを育てかねない男が目の前にいる。
 半人半魔の自分でなく、もっとまともな人間がこの人に育てられていれば、そいつは間違いなく英雄になっていただろう。

 それだけに、悔しかった。
 自分でない誰かの未来を食い潰した挙句、親父の目減りした未来すらも奪ってしまった事が。

 それでも。否、それを自覚したからこそ。
 コヨーテはわずかな未練を断ち切る意味でも、敢えて軽口を叩く。

「……、オレはハゲないぞ。絶対」

 何だとこの野郎! と、親父の楽しげな怒鳴り声が『大いなる日輪亭』に響き渡った。



 この時期のリューンは過ごし易い気候だ。
 特に暑くもなく寒くもなく、かと思えば心地好い涼風が肌を撫ぜる。
 そんな交易都市の一角を、二人の冒険者が歩いている。

「それで、その服はどうしたんだ?」

 コヨーテが尋ねると、ルナは恥ずかしそうに視線を逸らした。

「いえ、私にも何が何だか……」

 辛うじてそれだけ言うと、ルナは自分の格好を見直してみる。

 派手な赤色のワンピースドレスに、黒系のシックなチュニックブラウス。
 修道服以外の衣服を持たないルナのために、娘さんが貸してくれたものだ。
 段々と涼しくなってきた気候に合わせてあるのか、サテン生地のチュニックブラウスは長袖ながら暑苦しくもないし、肌寒さを感じる事もない。

 ……はずなのだが、彼女の胸元はすーすーと風通しがいい。

(うう……娘さんに胸元が苦しいって言ったら『それならボタン開ければいいじゃないこの隠れきれない巨乳がああああああァァァァ!!』と物凄い剣幕で怒鳴られた挙句に、ブラウスのボタンを幾つか毟り取られて、おまけに修道服も全部奪われてしまいましたが、娘さんのあのパワーはどこから来るのでしょう……?)

 ボタンを毟られた事によりルナの豊かな双丘を全て包む事が出来ず、谷間が強調されてしまっている。
 ふしだらな格好だと自覚しているルナは、ただ顔を赤くして時間が過ぎるのを待つだけだ。

 何が娘さんを怒らせてしまったのか、ルナには分からない。
 挙句、『こんなの肩が凝るだけなのに』と世の(物理的に)慎ましい方々から舌打ちされそうな事を呟く始末だ。

 しかし、それよりも重要なのは娘さんの放った一言だ。

『折角のなんだから、これくらい色気だしとけバカ』

(ぅぅぅうううううううううううううううううううううう!!!)

 デート。言い直すなら逢引、またはランデヴー。
 男女がお互いの仲を深める為に行う、または一方からの求愛行為。
 ルナの知識としてはそんなところである。

(あ、あああ有り得ません!
 これはただ単に仲間との必要物資の買出しです!
 そもそも私は敬虔なシスターさんであって、決してそういうアレはないし、ああいうコレもないんだからーっ!!)

 ぐしゃぐしゃー! と折角整えた髪を掻き回した。

「どうした、頭が痛いのか?」

「……、ええ。色んな意味で頭が痛いです」

 コヨーテにその気がないのは分かっている。
 だから変に意識する必要もないのだが、やはり恋愛の経験値がゼロのルナにとっては厳しい。

「顔が赤いぞ、風邪でも引いてるんじゃないか?
 ……ん、やっぱり熱がある。
 そろそろ雪の季節だってのに、そんな格好してるからだ。
 ほら、これ着てろよ」

 そう言って、コヨーテは黒の外套を脱いだ。

 彼は顔が赤いだの熱があるだのと言っているが、それが羞恥と娘さんの発言によるものだとは気付いていない。
 おまけに『そんな格好』と言われたのが胸元を露出する迂闊な女であると指摘されたような気がして、更に熱が上がった事にも気が付いていないようだ。
 とはいえ、その厚意を無碍にする訳にもいかないので、ルナは渡された外套を羽織る。

(……あ)

 と、そこで自分の迂闊さを呪った。

(ふぅぁぁぁぁぁ!?
 な、何コレ、何だかすっごく恥ずかしい!?
 露出度は大幅に下がったのに、コヨーテの服ってだけで恥ずかしさがああああああ!?
 そ、それに何だかコヨーテのにおいがするし……、うああああああああ!!)

「大丈夫か? 辛いのなら日を改めても構わないが」

「だ、だだ大丈夫、気遣いは無用です。
 私としても、あなたにそんなボロボロの格好をさせて風邪を引かれては困ります」

 そもそも風邪ではありませんし、とルナは付け加えた。
 外套の下の衣服はよく見ると、所々の解れを不器用ながらも修繕した跡が見て取れる。

 普段から一種類の外套を愛用している所からも分かる通り、コヨーテはあまりファッションに興味を示さない。
 そんな彼がわざわざ衣服を買おうとするのは、修繕にも限界が見えてきたからなのだろうか。

「……まぁ、お前が良いって言うのなら」

 そう言ってコヨーテは再び歩き出す。
 ルナはその後ろを、顔をトマトみたいに真っ赤にしながら、地面につきそうな外套の裾を引っ張って付いて行った。



 ところでコヨーテという男は、冒険者が利用する店に意外と顔が広い。
 一般的な雑貨を扱う店、武具や装備品を扱う店など、多種多様な店を知っている。

「銀貨三〇〇枚か、悪くなかったな」

 コヨーテの手には銀貨袋が握られている。
 先日ルナが入手した宝玉を取引したところだった。

「でも、良かったんですか?
 ベルさんのお店じゃなくて」

「いいのさ、ベル婆さんは宝石の類になるとがめついからな。
 正式に契約している訳じゃないから、こちらが損をする必要もない。
 いつか別の形で埋め合わせれば問題ないさ」

「はぁ、そういうものですか」

 ベル婆さんとは、コヨーテら『月歌を紡ぐ者たち』が懇意にしている雑貨店の店主だ。
 元々コヨーテの勧めで利用していたのだが、そういった細かいところまで把握しているのには驚きだ。

「……それにしても、ソレを買うのは後でも良かったんじゃないですか?」

 コヨーテは根菜や果物、酒瓶が一杯に詰められた紙袋を抱えている。
 ついでだし、と親父さんからお使いを頼まれていたのだ。
 そういえば出かけ際に、娘さんが思い切り親父さんの後頭部をぶん殴っていたが、あれは何だったのだろうか。

「同じ値段なら良質なものが良い。
 そして良質なものはすぐに売り切れるのが常だ。
 だったら、こちらの都合を調整して先に買った方が合理的だろう?」

「それはそうですけど、宝玉の取引よりコヨーテの衣服を先に買った方が良かったんじゃ……」

「実は宝玉の類も稀に値段が変動する事があってな。
 例の三人組が大量の宝玉を一気に取引しようものなら、多かれ少なかれ値段に影響が出る。
 そしてそういう話は同業者間で時間と共に広がっていくものだ。
 だから、こうやってわざわざ宿から離れた雑貨店まで来ているんだよ」

 気休め程度の対処だけどな、とコヨーテは付け加えた。
 とはいえ、ルナにとっては知らない事ばかりである。

(今更だけど、やっぱり意識しちゃうなぁ……)

 以前聞いた話では、コヨーテは十七歳らしい。
 ルナは十六歳なので、たった一歳しか違わない。
 なのに、この知識や経験の差は何なのだろうか。

 当然ルナにはルナの人生があり、コヨーテにもコヨーテの人生がある。
 誰もが同じ知識や経験を持たなければならないという事は全くない。
 だがコヨーテの語るそれはどこか現実味を帯びすぎていて、ある種の畏怖すら感じさせる時がある。

「あった、ここだ」

 コヨーテが足を止めたのは、またもや雑貨店だ。
 店の看板には『ささやかな宝』とあり、ウィンドウには妙にファンシーな小物が飾ってある。
 あまり冒険者が利用するような店ではないようだが、コヨーテの事だから何か理由があるのだろう。

 入店してみると、世界が一気にファンシーな雰囲気に包まれた。

 店の規模に対して品揃えは豊富で、ぐるりと見回せば小物から始まり衣服や化粧品まで売っている。

「あら、お久しぶりねーコヨーテ。いらっしゃい」

「やぁアンジュ。この間の約束を果たしに来たよ」

 店主らしき女性とコヨーテが親しげに話している。
 それが、何だか妙にルナの心をもやもやさせた。

(……んん? 何だろこの気持ち?)

 以前、コヨーテはベル婆さんとも親しげに会話した事があったが、それとどう違うのだろうか。
 あえて違うところを挙げるとするなら、アンジュと呼ばれた女性は同姓のルナから見ても非常に綺麗だ。
 それに、まだ若いのにどこか大人びた雰囲気を醸し出していて、人を惹きつける魅力がある。

「ところでそちらの方は? コヨーテの彼女さん?」

「かっ、かのっ……!」

「違うよ。同じ冒険者の仲間さ」

 からかうような店主の一言に、ルナは真っ赤になって絶句し、コヨーテは冷静に返す。
 ルナが期待通りの反応をした事で満足なのか、店主は満悦の笑みを浮かべている。

「私は『小さき希望亭』の専属冒険者のアンジュ。
 ここでは副業として働かせてもらっているわ。よろしくね」

「お、『大いなる日輪亭』のルナです」

「やだな、同業者なんだから敬語とかやめてよ。
 名前も呼び捨てで構わないわよ、私もそうするし」

 人を魅了する、どこか妖艶な笑みを浮かべるアンジュに戸惑いつつも、ルナは差し出された右手を握る。

「アンジュ、今日は服を買いに来たんだ。なるべく黒っぽい服はないか」

「男性用の衣服ならこちらです。シックな感じならこれとか、これなんかが良い感じかな」

「ん、もういっそ今着ているこの服と同じものでいいんだけどな」

「えー、勿体無いよ。折角なんだから雰囲気変えてみるといいのに」

「明るい色はオレには似合わないしな。
 それに、気が滅入りそうな黒ずくめでも着こなすのがいい男ってものらしいぞ」

「あら、意外。結構ファッションに対してこだわりがあるんだ」

「黒ずくめの言い訳みたいなものさ。気にしないでくれ」

 二人が談笑しつつ服を選んでいる様子を尻目に、ルナは適当に小物でも見る事にした。
 何だか妙に心がざわついているが、原因が分からない。

 この時、ルナは無意識に二人から視線を外していた事に気が付いていない。
 そしてその様子を見たコヨーテが、アンジュとひそひそ話をしていた事にも気が付いていない。


To Be Continued...  Next→
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