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『凍える森のファシア』(1/4)  

「これが『蝋燭の火』を表しているから……
 周囲に複数配置する事で本体の魔力を維持する働きがある、か」

 ぶつぶつとそんな事を呟きながら、バリーはペンを走らせる。
 長い赤髪と無精髭が特徴的な魔術師は、一枚の古文書とにらめっこしていた。
 現在は解読を進めているのだが、あまり芳しくない。

 以前にトマック村の隠者から『解読の巻物』という魔術の道具マジックアイテムを貰っているのだが、あれは使用上限が存在する。
 そもそも、そんなに急ぐ仕事でもないのだ。
 頼まれた仕事をこなすついでに自分の技術向上を図るのも悪くはない。

、こっちは終わった」

 机の端に資料の山がどさりと置かれた。
 声の主はレギウスである。
 コヨーテと同じくらいの身長の割に、身体がとても細い。
 貧弱の度合いで言えば、バリーと比べても大差ないだろう。

「あん? 山積みしてたアレ、もう終わったのかよ!?」

「まぁな、俺の専門は『古代語魔術』だぜ。
 いちいち資料と照合して読み解いていくなんざ、時間の無駄だ」

「……ハ、ンな事ができんのはお前くらいだっての。
 あーあ、天才の実力を見せられてやる気がガタ落ちだ」

 彼は冒険者パーティ『星を追う者たち』の魔術師だ。
 今年の夏頃に結成し、細々とした依頼をこなしているが、未だに駆け出しである。

 それでも、レギウスという魔術師は別格だった。
 出生や師匠筋を明かさないが、バリーを上回る魔力と途方もない知識を持ち合わせている、いわば『天才』というヤツだ。

「……まぁ、良しとしよう。
 そろそろ約束の時間だし、ここらで切り上げるとするか」

「ロクに進んでねェのにか?」

「チッ、悪かったな」

 とにかく(バリーも他人の事を言えないが)この後輩は口が悪い。
 しかし、彼は他人の気持ちを尊重しない訳ではない。
 逆に、彼はあえて口を悪くする事で、他人との距離を縮めないようにしている感じがする。

 天才ゆえの苦悩があるのだろうか。
 彼が過去を語らない以上、それらは憶測に過ぎないのだが。

「……しかし、良かったのか。
 お前まで手伝いに来る必要は無かったんだぞ」

「なぁに、先輩の誘いとあれば断れねェしな。
 他の魔術師が研究している内容にも興味はあったのは否定できねェし」

 レギウスは知識を得る事に貪欲だ。
 バリーとしては後輩という関係以上に、この魔術師がどこまで伸びるかに興味があった。
 彼をこの導師シュナーベルの研究室に誘ったのは、そんな背景がある。

「まぁ、一番驚いたのはこんな研究所を貰える程の魔術師が、娘としばらく離れてただけで無気力状態になっちまってる事だがな……」

「シエンスさんは今も自室に引きこもっているらしいな」

「つーかよぉ、あいつが本当に高名な『シエンス=シュナーベル』なのか?
 噂に聞いてたのとはかけ離れてんぜ」

「お前は彼の本当の姿を知らないんだよ。
 彼の傍に娘がいれば、実力以上の仕事をこなせる人だ。

 ……娘を守る為なら、蛇の魔術師アタトゥ・ルジアとすら互角に渡り合えるかもしれん人だぞ」

「……そりゃ言い過ぎじゃねェか?」

 そもそもバリーがシエンスと会ったのは子供の頃だ。
 父と僅かに交流があった魔術師として、少しの間だけ面倒を見てもらった事がある。
 その間に、魔術師としての偉大さを思い知らされたのだ。

「さて、そろそろ引き上げるか。
 お前はどうする、レギウス?」

「俺も戻る。ノルマは終わってっからな」

「あーそうかい。ちくしょう、俺が上回ってるのは経験だけかよ」

「それもすぐに追い越すぜ、先輩」

 できれば早くにしろよ、とバリーは思う。
 自分はもう老い過ぎている。
 三十路というのは、ある意味での限界だ。

 男女の区別なしに早死にしやすい今の世の中では、バリーは『老獪』というものを信用していない。
 そもそも長生きしようとも思っていない。
 適度に生きて、ささやかでもいいから幸せを手にして、できれば呆ける前に死ねれば最高だ。

 どんなに努力しても、人間は老いには勝てない。
 自分の脳ミソも、そろそろ柔軟な発想を生み出せなくなるだろう。
 または、シエンスのように『守る』方へ考えがシフトするのだろうか。

(どのみち、あの若さでそれだけの才能があるんだ。
 それを活かさなきゃ勿体無いを通り越して、ある種の罪だぜ)

 宿の親父も、こんな事を考えているのだろうか。
 バリーがレギウスに向けるような考えを、親父がコヨーテに向けているのか。

 聞けば、コヨーテとレギウスは同い年だという。
 一見正反対に見える彼らも、根っこの部分では同じ性質を持つのだ。
 バリーはそれに気づいているからこそ、この天才を押し上げたかった。

 コヨーテとレギウス。
 二人の若者が競い合えば、『大いなる日輪亭』は更に発展していくはずなのだから。



「……どこ見渡しても白、白、白。いい加減飽きてくるぜ」

 バリーは疲れた表情で、白銀の世界を見渡す。
 どこもかしこも雪だらけ、空からもどんどん雪が降ってくる。

「文句はいいっこなしさ、バリッ……ぶふぇ! 雪がっ、口に!」

「チコ、もうその辺にしておけよ。
 体力が有り余っているのは悪くはないが、無駄に消費するな」

「あいっ、さー!」

 準備していた雪玉を、チコはその辺に放り投げた。
 近くで、雪まみれになったレンツォが寒さに震えている。

「それにしても、すごい吹雪ですね。
 リューン育ちの私じゃ当然ですけど、こんなに積もっているのは初めて見ますよ」

「やー、私も割と北の方で育ったけどさ、この量は不自然だよ?」

 コヨーテら『月歌を紡ぐ者たち』は、遥か北方のとある町へ向かっていた。
 今回の依頼は『説得』である。
 基本的に『説得』は部外者となる冒険者には難しい。

 だがこの依頼を受けなければ、残っているのは所謂『割に合わない仕事』しかない。
 唯一まともな、『護衛』の依頼をレギウスたちに奪われてしまった時点で後手に回ってしまった。
 そもそもレギウスを焚きつけたのはバリーであるため、文句は言えないのだが。

「うう……寒ぅい……」

 この吹雪の中、一番堪えているのはミリアだろう。
 彼女は雪を見た事すらないのだという。
 彼女の出身地であるキルヴィの森はロスウェルにあり、寒い時期なら時折雪は降るのだが、リューンに来る前は温暖な南の方に移動していたのだそうだ。
 そのお陰で、今まさに冬の厳しさを絶賛初体験中なのである。

「ねぇ、まだ着かない? このままじゃ凍え死ぬぅ……」

「えっと、あっちの方に森が見えるだろ?
 あれが例の『ファシアの森』だから、もうすぐさ」

「しかし、想像以上に深そうな森だな。
 これは骨が折れそうだ」

 森の広さ・深さもそうだが、吹雪も相当酷い。
 下手すれば遭難の恐れもある森をどう攻略するか、これが目下の悩みである。

「ともかく、依頼人の家へ急ごうぜ。
 このままだと誇張抜きに凍え死んじまう」

「よーし。ほらほらミリア、いこー」

「きゃああ! ちょっと引っ張らないで!
 隙間から風がっ! というか雪がァァァ!!」

 ぎゃあぎゃあと喧しい一行は、ミリアに急かされて小走りで集落へ向かった。
 不思議な事に町では雪は降っていない。
 森から離れる程に、吹雪が弱まっているみたいだった。

「吹雪が止んでいる……本当に森の周囲だけで荒れているんだな」

 それでも、町中はかなり高い位置まで雪が積もっている。
 よく見れば森に近い程高く積もっている事が分かる。

「見てください、これは酷いですよ。
 ほら、雪が積もりすぎてドアが開かないから、窓を破って外に出たんですね」

 ルナの指す先には、一軒の民家がある。
 彼女の言う通り、ドアの半分くらいまで雪に埋もれてしまっている。
 壊された窓から雪が室内に入り込み、もはや住める状態ではない。

「依頼人はこの家の数件向こうに住んでいるらしいが……」

「依頼人の家がああなってなくて良かったなオイ。
 さっさと行って熱い紅茶でも淹れてもらおうぜ」

 多少収まったとはいえ、それでも冷たい風は彼らの体力を削ぐ。
 彼らは足早に、依頼人のものと思しき一軒家を目指す。

 こちらが冒険者である事を伝えると、白髪の老人が出迎えた。
 髪と同じ髭を蓄えたその依頼人は、この辺りの集落の長をしているらしい。

「うっはぁぁ~、風がないだけでも温かいぃぃ~」

 荷物を降ろし、適当な椅子に腰掛けたミリアはかつてない笑顔を見せる。

「ここまで来るのは大変だったでしょう。
 今、家内に熱い飲み物を用意させますので」

 何しろあの吹雪と積雪だ。
 馬も足をとられ、当然馬車も通れない。
 必然的に徒歩を強要されるのだが、近場の街は非常に遠い。
 よって、コヨーテたちは山沿いに進んで適当な洞窟に、なければ横穴を掘って野宿していた。

 それを二日である。
 平時でさえ二日の野宿は疲れが溜まるものだが、それが雪のちらつく季節である事を考えると、その疲れは半端なものではない。

「それでは、早速依頼の話を伺いたいのだが」

「はい……」

 依頼人はテーブルを挟んで向かい側に腰掛けた。
 そしてため息を一つついて、ゆっくりと話を始める。

 『ファシアの森』の事。以前はあれほど強い吹雪はなかった事。
 そして、その森が――正確には雪が――広がっている事。
 その影響で、町がどんどん雪に侵食されている事。

「あの雪が積もりすぎて棄てられた民家……
 あれも今回の件の被害者だってのか」

 一行は町へ入った時に見た、例の民家を思い出す。
 あれが、時間と共に増える事を考えると、悠長には構えていられない。

「あなた方に依頼する事はただ一つです。
 この森を元の状態に戻してください。
 ファシアの森へ入り、吹雪の原因を突き止めてください……!」

「待て。吹雪の原因ってぇのは森の中にあンのか?」

「……はい。そうであると、私は考えております」

 そもそも『ファシアの森』と呼ばれているのは、あの森にファシアという守護者が住んでいるのが元らしい。
 ファシアは雪を自在に操る力を持っている。
 故に彼がこの件に関わっているのは間違いないはずだ、というのが依頼人の見解だ。

「なるほど、そのファシアってのに吹雪を止めるよう『説得』するのが今回の依頼ね……」

「何卒、お願いいたします。
 このまま雪の浸食が進めば被害は更に大きくなり、人の命に関わります」

 これ以上家屋が使い物にならなくなれば、単純に民家の数が足らなくなる。
 家屋を失った者たちを受け入れる場所は少ないだろう。
 そうなれば他の地方へ逃れるか、それができなければ凍死する他なくなる。

「分かった。
 吹雪を止めるよう交渉してみよう」

 コヨーテの言葉に、他のメンバーは首を縦に振る。
 ここまできたら、もう受けないという選択肢はない。
 何が何でも依頼を成功させて報酬を貰わなければ、あの辛かった二日間が無駄になるのだから。



「報酬は銀貨一〇〇〇枚。前金代わりにスクロールまで貰っちゃったね」

「割と見返りは大きくなったな。無論、成功すればの話だが」

 言いつつも、バリーはスクロールの解析を続けている。
 依頼人から渡されたスクロールには『光弾の書』と記されており、特定のキーとなる言葉を唱えると『魔法の矢』が発動する仕組みになっている。
 とはいえ誰でも使用できるように設定されているため、その威力は本来のそれより劣るのだが。

「さて、これからどうしよっか」

「まだまだ日は高いし、森へ向かってみよう。
 ……ミリアも、もう大丈夫だろ?」

「ええ、なんとか」

 先ほどの依頼人に無理を言って貸してもらった防寒具を重ねて着ているミリアは、ようやく平静を取り戻した。
 しかしあまりにモコモコ着込むと動きが鈍るため、万全とは言えない程度には抑えてあるのが現状だ。

「……しかし、コヨーテって寒さにも鈍いの?」

「何だミリア。唐突だな」

「いやね、あんたって普段の外套以外にはマフラーしかしてないじゃない。
 それで寒くないの?」

 そう、一行は各々調達してきた防寒着に身を包んでいるが、コヨーテはマフラーだけなのだ。
 元々着ていた外套も、そんなに生地が厚い訳でもない。

「……寒くない訳ではないよ。
 これでも一応、手袋とかしてるしな」

「手袋って。これ、指先無いですよ?」

「良いんだよ、指先まで覆ってあると気持ち悪いんだ」

「それって手袋の意味ないんじゃない?」

「レンツォのだってそうだよ。
 ……ってあれ、いつものと違うな。
 ちゃんと指先まであるやつだ」

「今は寒いし出番もなさそうだしね。
 大体、僕の指は精密作業専用なんだぜ。
 一番神経使う場所なんだから、いざという時は布一枚の隔たりが致命的なのさ」

「ふーん、それって理由とかあったんだ。
 てっきり微妙なファッションセンスをひけらかしてるんだと誤解してたよー」

「君たちさぁ、僕にだけ結構辛辣じゃない……?」

 レンツォが涙目になりつつ抗議するが、その涙さえもシャーベットになりそうなのでさっさと拭う。
 そんな感じでぐだぐだな会話をしつつも足を進めていた一行だったが、次第に口数は減っていった。

 吹雪が強くなっているのだ。
 否、冒険者たちの方から吹雪の強い場所へ近づいていっているのである。

「ちくしょう、前に進めない……」

 もはや立っているだけで精一杯のレンツォは、両腕で視界を庇いながら前方を睨みつける。
 だいぶ歩いていると思ったが、森の入り口はまだまだ先である。

「オイ、この吹雪は例のファシアって野郎が起こしてんだったな!?」

 風が強すぎて、叫ぶ程でなければ会話もままならない。

「そのはずだ! それがどうかしたのか!?」

「だったらよ、普通に歩いてたんじゃ森に辿りつけねぇんじゃねぇか!?
 マイナーな術式だが、吹雪を用いた結界ってのは聞いた事があるんだ!
 そしてこの雪……! わずかにだが魔力を感じやがる!」

 吹雪を止めるにはファシアに会って交渉するしかない。
 ファシアに会うには吹雪を止めるしかない。
 堂々巡りだ。

「どうするの、バリー!」

「チィ、スマートじゃねぇが仕方ねぇ!
 お前ら武器を出せ!
 結界を打ち破るにはそれしかねぇ!」

「打ち破る……? どうやって!?」

「森全体を覆う程の巨大な結界だ!
 どっかに必ず『歪』がある!
 残念だがどこにあるかは分からねぇけどな!」

「その『歪』……物理的な手段でもこじ開けられるのか!?」

「問題ねぇ!
 吹雪という物理的な手段を用いて組み込んでるんだ!
 当然、物理的に吹雪を『乱せば』術式に影響が出るはずだ!」

「了解!」

 コヨーテたちは扇形に散開して、それぞれの得物を振り回す。
 バリーは少しでも『歪』を感知しようと躍起になっているが、この強烈な吹雪に邪魔されて上手くいかない。

「ッ! バリー、こっちで何か妙な音がしたわ!」

 叫んだのはミリアだ。
 彼女が結界の『歪』を『斬って』いる。

「そこだ、みんな急いで飛び込め!」

 結界の『歪』を斬り広げた境界へ飛び込むと、コヨーテらの視界は爆発的な光の前に真っ白になった。

「くっ……みんな無事か?」

「大丈夫だ、結界は無事に通り抜けたみたいだぜ」

 視界を取り戻した彼らが見たのは、相変わらずの白銀の世界。
 ただ、吹雪は嘘のように止んでいた。

「よし、ファシアを探そう」

 それでも雪は深い。
 コヨーテたちは足を取られないように注意しながら、森の奥へと進んでいく。



「――どうやったらこんな状況になんのさ!?」

 レンツォは顔を雪の中に突っ込んだまま、吐き捨てるように言う。
 他の面々も、それぞれ雪まみれになっている。
 ただし、寒さを訴える者は誰もいない。

「くっそ、あの熊野郎……!」

 バリーの睨む先にある巨体は、グリズリーだ。
 しかも、普通のそれより一回り程も大きい。

 森を進んでいた冒険者の前に突如現れたグリズリーは、雪で上手く動けない彼らをその巨体で吹き飛ばし、傾斜を随分な距離まで転がしてくれた。

「う――」

 威圧するような唸り声を上げるグリズリーと、チコの目が合ってしまった。
 チコはぶるぶると震える身体を押える事すら忘れて、ただ自らの得物を握り締めて立ち尽くす。

 彼女の忌まわしい過去は記憶の海の、とても深い場所に厳重に鍵を掛けて保管されていた。
 棄てる事ができないから、棄ててはいけないから、保管するしかなかった心的外傷トラウマ
 それが、今まさに『巨大な熊』をキーとして開け放たれてしまった。

「――うああああああああああああぁぁぁ!!」

「ブオオオォォー!!」

 チコの叫び声と共に、グリズリーも吠える。
 原因はグリズリーの四肢に突き刺さった矢。

「チコ! 何をやっている!?」

 思わずコヨーテが叫ぶ。
 戦うにしろ逃げるにしろ、それは全員の連携が必要なのだ。
 チコのようにパニックに陥り、闇雲に攻撃してしまうと取り返しのつかない事態に陥ってしまう。

「ミリア、左翼から援護頼む! オレは逆側から攻める!」

 迷いがない。
 コヨーテは仲間を見捨てるような真似は絶対にしない。
 しかし、それはチコの胸を締め付けた。

「だめ、だめだよみんな……
 逃げて! こいつは私が何とかするからッ!」

 チコの脳裏にへばりついている、
 不思議な程リアルに仲間たちの未来を想像できるのは、その土台があるからか。

 その『最悪の未来』に自ら恐怖し、指先を鈍らせる。
 寒さと恐怖で硬直した指は、継の矢を取り落とした。

「あ……」

 見れば、グリズリーの巨体が深く身体を沈めていた。
 突進の合図だ。
 あの巨体の突進をまともに喰らえば、誰であろうとただではすまないだろう。

「やめて、やめてよ……!」

 グリズリーは後ろ足で地面を蹴り、恐ろしい勢いで突進する。
 狙いはミリアだ。

「チコッ! 何を――!?」

 チコは駆け出していた。
 グリズリーとミリア、両者の間へ飛び出して何が変わる訳でもない。
 それでも身体が動いてしまった。

「私の命なんていらないから……私の大切な人たちをこれ以上傷つけないで!!」

 叫んで、チコは目を閉じた。
 怖くてグリズリーの視線を受ける事ができない。

 命を失う事を怖いとは思っていなかった。
 物心ついた時から命の略奪者だったチコにとって、命はとても軽いものだったから。
 それでも過去の事件があったから、その重みを知る事ができた。

 今、チコは途轍もなく恐怖している。
 奪われる者が味わう恐怖は、こんなにも恐ろしいものなのだと思い知らされる。

 でも、これでいい。
 仲間たちが心配だけど、自分がやれる事はもうない。
 だから、これで――



「――え?」

 いつまで経っても来ない衝撃に、チコは思わず目を開けた。
 信じられない事に、グリズリーがひっくり返って雪の中に沈んでいた。
 そしていつの間にか、すぐそこにコヨーテの姿がある。

「お前が仲間を守るために傷つこうというのなら、オレは全力で阻止してやる。
 オレだって、仲間を傷つける存在は許せないんだからな!」

「コヨーテ……」

 不意に、後ろから抱きしめられた。
 背中に感じる温もりは、ミリアのものだ。

「ミリア……?」

「チコの命はそんなに軽いものじゃないわよ。
 自分だけで背負わなくてもいいの。
 私たちは仲間だから、それぞれの肩に少しずつ乗せていいのよ」

「ほんとに……?」

「当たり前だ馬鹿」

 こつん、と軽く頭を小突かれた。

「さっきの様子を見てた限りじゃ、過去に何かあったんだろ?
 お前、今まで見た事もないくらい酷ぇ顔してたぜ。

 ……俺はお前の過去に何があったかは知らねぇ。
 お前が話したくないのならそれでもいい」

 だがな、とバリーは表情を崩す。

「ミリアが言った通りだ。
 お前が背負いきれないものなら、俺たちに分けろ。
 ガキ一人の心の闇なんざ、五人もいりゃどうにかなる。

 それでお前の心が救われるってんなら、俺たちも苦しみを味わう価値があるんだからな」

 バリーの掌が、優しくチコの頭を撫ぜた。
 そこで感極まったのか、チコの大きな両眼から大粒の涙が零れる。

 数年前。
 居場所を失った瞬間から、休まる事のなかった心が救われた。

「ありがとう……ごめんなさい……」

 救ってくれたのは、仲間の五人。
 感謝の言葉は当然だ。
 だから、最後に彼女はここにいないのために謝った。

 ファシアの森に、幼い少女の泣き声が響く。
 数年ぶりに、少女は年相応に泣きじゃくった。


To Be Continued...  Next→
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周摩

Author:周摩
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