≪ 2017 05   - - - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 -  2017 07 ≫
*admin*entry*file*plugin

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


『みえないともだち』(1/8) 

 一二月も中旬となり、いよいよ聖誕祭も近づいたある日の夕刻。
 『大いなる日輪亭』はいつもの賑わいを見せていた。
 雪が降ってもおかしくない程冷え込む今日、ある者は火酒を嗜み、ある者は熱いスープに満足げなため息を漏らす。

「……親父らしくもないな」

 そんな『大いなる日輪亭』の片隅で、コヨーテは呆れたような、しかし驚いたような声で呟いた。

「仕方がないだろう。
 誰だって縁起は担ぎたくなるもんさ」

 宿の親父は諦観の漂う表情で皿を拭いている。
 彼の視線の先には、一人の女性がテーブルに着いて熱い紅茶を啜っていた。
 彼女は聖北教徒であるらしい。
 黒っぽい防寒着で分かりにくいが、よく見れば胸元に聖北の十字架が提げられている。

「だがなコヨーテ。
 聖北教会からの依頼ってのは、大抵取り合いになるんだぞ。
 何しろあちらは世界規模の組織だからな、まずもって報酬のとりっぱぐれなんてない。
 それに、規模に見合った気前の良さも持ち合わせてるからな」

「だとしても、オレたちにも選ぶ権利くらいはあるはずだ。
 いきなり『依頼を受けてくれ』と言われても、都合が悪ければいくら親父の頼みでも断るぞ」

「その辺りはあちらさんと話してもらわんと分からん。
 だが、依頼の内容は修道院の調査報告らしいからな。
 そう危険はなさそうな感じだぞ」

「そりゃ、聞いた感じではそうかもしれないが……」

 依頼の選択を誤って痛い目に遭った事は、彼らの記憶に新しい。
 内容を聞いただけで判断しては、以前の二の舞になる。
 だからこそ、コヨーテは十二分に注意してから依頼を選ぶのだ。

 しかし、コヨーテの珍しい歯切れの悪さは、それだけが原因ではない。
 逡巡の後に、ぽつりと呟く。

「……教会か」

 コヨーテの身体には吸血鬼の血が半分流れている。
 吸血鬼にとって教会は間違いなく敵地なのだ。
 力の弱い吸血鬼の中には、教会の敷地に入っただけで動けない程の疲労を感じる者もいる。

「確か、お前は平気じゃなかったか?」

 親父はあえて主語を省いた。
 コヨーテが半吸血鬼であるという事実は、公言していいものではない。
 だから、二人は用心に用心を重ねて会話を行う。
 小さな綻びから、やがて大事を招いてしまう危険を排除するために。

「他の連中に比べれば、だよ。
 泥水に浸っているみたいな不快な感覚は拭えない。
 それでも、我慢すればどうにか気にならない程度ではあるが」

「まぁ、雪解け水で寒中水泳よりはマシだろ?」

「嫌な事を思い出させるなよ」

 憮然とした表情でコヨーテはため息をつく。
 数日前の依頼で、雪解け水の川で寒中水泳をする羽目になってしまった事を思い出したのだ。
 今更だが、あれは相当無謀な事をしていたと思う。

 いくら流水にある程度の耐性を持つといっても、それは吸血鬼としての基準だ。
 人間ですら絶命する危険のある雪解け水では、どちらにしろ危険だった事は否めない。

「仕方ないな、どうにかするよ」

「……悪いな」

「気にするなよ、持ちつ持たれつだ」

 コヨーテはひらひらと手を振って席を立った。



 『月歌を紡ぐ者たち』はいつも使うテーブルに依頼主を呼び、軽く自己紹介を済ます。
 教会からの依頼という事で、ルナはいつも以上に張り切っていた。

「『史跡局』?」

「ええ、聖北教会『史跡局』のルトラ・マッカレルと申します」

 『史跡局』とはその名の通り、歴史の研究と資料編纂、遺跡の発掘調査を行う部署の事である。
 聖北教会はそうやって、教会として価値のある資料等を保護しているのだ。
 無論、それも『表向きには』だが。

「……で、その『史跡局』さんの依頼って?」

「はい、差し当たってお願いしたいのは、わたしの道中の『護衛』と目的地での『調査』です。
 目的地はリューンから西へおよそ三日程の位置にある、『アレンケ村』です。
 そこまでの往路及び復路の護衛をお願いいたします」

「ふうん、往復で六日か……聖誕祭には間に合うのかな」

「それは大丈夫ですよ。
 私たち教会の者は大多数が聖誕祭までに仕事を終わらせるようにしていますから。
 ルトラさんや『史跡局』の方々も、間に合う見込みがあるからこうして依頼しているはずです」

 ルナの言葉に、ルトラは笑顔で頷く。

「調査の方ですが……
 先頃、わたし共『史跡局』で研究しておりました資料の中に、動乱期に戦乱で破棄された修道院がアレンケ村付近に存在する事が記されておりました。
 その会派は現在では途絶えており信者もいないのが現状ですが、当時の資料が現存していれば貴重ですし、もし損傷の度合いが低ければ改修して新たに教皇庁の施設として開設する事も視野に入っているのです。

 ですので、皆さんにはその修道院跡の調査をお手伝いしていただく、という事になります」

「へぇ、何か楽そうな仕事だねー」

「あ、いえ……何分にも戦乱で破棄された修道院ですから、恐らく瓦礫の除去等の単純労働が主な仕事になるかと……」

「げえっ」

 思わずレンツォは肩を落とす。
 修道院跡なんて(彼としては)面白みのない場所の調査だけならまだしも、重労働が必要とあれば落胆するのも無理はない。

「報酬は必要諸経費等の諸々を差し引きまして、全額で銀貨一〇〇〇枚となります。
 ちなみに、報酬は依頼達成時にお支払い致します。
 依頼達成はわたしが任務を終えて、ここ『大いなる日輪亭』に帰還するまで、としますが構いませんか?」

「悪くないな、それで構わないよ」

 コヨーテの言葉に、ルトラはほっと胸を撫で下ろしていた。
 冒険者へ依頼するのは初めてらしく、報酬の相場を量りかねたのだという。

「あ、それとこれだけはきっちりと明言しておくように言われているのですが、皆さん。
 くれぐれも、史跡内の資料等には手を触れないでくださいね。
 『これは!』と思う物を発見されましたら、直ちにわたしを呼んでください。
 わたしが不要と判断したものに関しましては、そちらで好きにしていただして結構ですので」

「はいはい……ま、修道院跡なんて冒険者の役に立つようなモノは見つかりそうにないけどね。
 そもそも破棄されたのは大昔の動乱期だし、金目のものなんて残っちゃいないだろうなぁ」

 廃城なんて一月置いておけば、中身はほとんど空っぽになる。
 縁起が悪くても、多少不気味でも、現実主義の盗賊たちには壁にもならない。

「じゃあ道中で山賊の類が出る可能性もあるって事?」

「確かに西域から来る交易商人なんかはよく山賊に狙われるという話は聞く。
 だが、最近は山賊狩りも積極的に行われているはずだから治安は良いはずだ」

「でも甘く見て掛かるつもりもないんでしょ?」

「当然だ。
 この程度の情報で危険がないと判断するのは駆け出しであってもありえない。
 護衛の仕事を請け負うのなら、警戒と注意はやりすぎて困る事はないからな」

 『月歌を紡ぐ者たち』は十分に現実の厳しさを知った。
 それは彼らにとって掛け替えのない財産だ。
 不幸なパーティなら、こういった貴重な体験を乗り越えられずに帰らぬ人になるケースが多い。

「あの……本来こういう事をお訊ねするのは失礼とは思いますが……
 皆さんは、その……腕には自信がお有りなんですか?
 ――あっ、いえ、別に皆さんの腕を疑っている訳じゃないんですよ!?
 ただ、少し気になっただけでして……」

 ルトラはおずおずといった感じに訊ねる。
 大半が一〇代で、おまけに小柄な少女まで存在するパーティだ。
 多少の不安はあるのだろう。

「あるよ、あるに決まっているさ。
 これでも、駆け出しは抜けたと自負できるくらいの実力は持っているつもりだ」

 ここで下手に謙遜して『ない』というのは、謙虚を通り越してただの馬鹿だ。
 相手は冒険者に依頼するのは初めてなのだから、多少誇張してでも安心させてやらなくてはならない。

「……アタリマエですよね。
 自分の腕に自信がなくちゃ、冒険者なんてできませんよね。
 馬鹿な事を訊いちゃってスミマセンでしたっ!」

「いえいえ、お気になさらず。

 ……ところで、件の修道院跡の名前を教えていただけますか?
 いい加減気になって仕方がないのです」

 ルナは少しズレてきた話を本題に戻す。

「この度、蔵書より発見された修道院は『聖グリグオリグ修道院』といい、建造は今より約二〇〇年も前だそうです。
 『神智認定局』の蔵書とも照らし合わせたのですが、『聖グリグオリグ』なる名前は見当たりませんでした。
 どうやら正式には列聖されていないようで、『聖グリグオリグ』という呼称を使うのは誤りのようですね」

「確かに、私も聞いた事がありません。
 アレンケの地方では聖人扱いされる程の人物だったのでしょうか?」

「……かもしれません。
 現存する史料だけでは彼を聖人とするには不足です。
 ですので『神智認定局』の方からは、今回の調査の結果次第では『グリグオリグ』なる人物の列聖も考えられるという旨を伝えられております」

「なんと!?
 私たちが歴史的瞬間に立ち会えるかもしれないと……!?」

 ルナは大層興奮しているようだが、反対に聖北教徒ではないメンバーにはさっぱり話が見えてこない。

「ねールナ。『れっせい』ってなに?」

「『列聖』とはですね、簡単に言うと聖人として認められる事です。
 『聖人として列せられる』という意味ですね」

「へぇ、それじゃ聖人も人知れず善い事やってるだけじゃ教会に認知されないって訳?」

「人知れず善行を積んでいれば、誰かがその行いを伝え残していくものです。
 そうして『埋もれてしまった』聖人の行いを現代に蘇らせて、聖人として然るべきところへ列するのも『神智認定局』の大切な仕事なのです」

「……ふぅん。
 だから歴史の発掘を行う『史跡局』に声が掛かった訳だね。
 ちなみにその『ぐりぐりナントカ』が列聖される可能性って高いの?」

「『聖グリグオリグ』です、お間違えのないように。

 列聖される可能性は高いと思います。
 実は『神智認定局』は随分と熱心に彼を列聖しようとする働きを見せています。
 ……何でも、明らかにしたい事があるのだとか」

「明らかにしたい事?」

「ええ、お話しても良いのですが、長くなりますよ」

「……内容は気になるけどな。
 聖書のアタマみたいに聖人の名前だけ読み上げられるのはカンベンしてくれ」

「ふふふ、それは読み上げるわたしもカンベンしていただきたいですね」

 ルトラは、初めて笑顔を見せた。
 冒険者に対する緊張がほぐれてきているのだろう。

「お話とは、グリグオリグと『聖グリグオリグ』の成り立ちについてなんです。
 現存する史料が少ないので、鵜呑みにするのはまずいんですけどね」



「『史跡局』と一口に言っても、勿論部署は様々に枝分かれしています。
 わたしが所属しているのは『遺跡調査課』といいまして、一般にはフィールドワーク専門の課と言われていますね。
 で、今からお話する情報は局の『聖遺物収集課」に籍を置く、とある助祭――司書――殿から聞いたものです」

 ルトラは一端そこで区切り、ルナを除く冒険者たちが頭に疑問符を浮かべているのを見て慌てて付け足して説明する。

「あっ、ちなみに『聖遺物収集課』とは名前の通り過去において聖人が残したとされる異物を発掘し、その真贋を見極めるのが主な仕事です。
 そこで本物と判断された遺物は『神智認定局』にて再度判断され、その審議を通過すれば晴れて『聖遺物』として認められるのです。

 ですので、ものの真贋を見極めるために『聖遺物収集課』には独自の史料が夥しい量が保管されています。
 わたしも一度書庫に案内された事がありますが、あまりの量と埃に眩暈を起こしてしまいました。

 ……で、そこの司書官と言えどもそれだけの蔵書を把握している訳はないのですが、彼は過去に『グリグオリグ』の名を目にしていたと言うのです。
 司書殿曰く『この左腕こそ、修道士グリグオリグがかの邪悪なるヴァンピールより奪いしものである。魔物はグリグオリグによりて力を失い、かの地にて永き眠りに入る』……と」

吸血鬼ヴァンピールだと?」

 やはり、強く反応したのはコヨーテだ。
 他の面々も、一度遭遇しただけあって表情が固くなった。

「ええ、『吸血鬼』はとある地方ではヴァンピールと発音されます。
 グリグオリグは吸血鬼を封印し、教会にその左腕を持ち帰ったとする資料があるらしいんですよ」

「ちょっと待った、アンタそんな話信じてるのかよ!?」

 レンツォは思わず声を張り上げていた。
 吸血鬼の封印なら、彼らもヨーク村で経験がある。
 しかしそれも、六人がかりの奇襲に加えて強力な封印用の魔具を二つも使用して辛うじて、である。

 一介の修道士風情にどうにかできる相手ではないのは明白だ。
 信じられる訳がない。

「レンツォさん、わたしは『アンタ』ではありません、ルトラとお呼びください。

 ……勿論、わたしも信じている訳ではありません。
 第一、その司書官に聞いたのですが、その『吸血鬼の左腕』も見つからなかったらしいですし。
 そもそも、不浄なる亡者の呪われた肉体を教会に保管しておけるはずがありません。
 間違いなく聖別され、灰に帰してしまうはずですから」

 その情報は間違いだ。
 吸血鬼が教会へ足を踏み入れたとしても、すぐに灰に帰る訳ではない。
 だが、今すぐに訂正が必要な誤りではないため、コヨーテは口を挟まない。

「だったらどうしてこの話を持ち出してきたんだ?
 世迷い事だってのは分かってるんだろ」

「……実はですね。
 『長老』にお話を伺ったところ、なんでも件の『左腕』を実際に見たと仰るんですよ。
 あ、『長老』というのは『聖遺物収集課』の司祭様の事です。
 もう齢一〇〇歳は超えられているので、『長老』って名前になったんですよ。

 ……ええと、話が逸れましたね。
 『長老』が『左腕』を見たのは、まだ入門して間もない見習いの頃だと仰っていましたから、かれこれ八〇年も前の事だそうです。
 当時、『神智認定局』と『聖遺物収集課』とでこの『左腕』と『グリグオリグ』なる修道士の真偽について喧々囂々けんけんごうごうの大論争が起こったそうなのですが……」

「信憑性が薄かった、と?」

「その通りです。
 そもそも当時の史料は全て失われていて、現在の我々では調査自体ができないのです。
 ご存知ないですか? 五〇年程前に、教会書庫で火災があった事件」

 またしてもルナを除く全員が頭に疑問符を浮かべる。
 そもそも聖北教徒はルナだけだし、各々が生まれる前の事件とあらば、知っていなくても無理はない。

「知っています。
 なんでも、書庫に保管されていた資料の大部分が焼けてしまったとか……
 それが原因で当時の司祭様が責任を問われ、破門されてしまったんですよね?」

「ええ、その事件で『グリグオリグ』と『左腕』に関する全ての資料が失われてしまいました。
 その件が響いたのか、グリグオリグの擁護派だった僧侶が何人も破門されたとか、その後に教皇庁を離れてグリグオリグ派に入信したとか噂話が絶える事はなかったそうです。
 当時を知る方々は既にみな召されておられ、現在では『長老』ただお独りですので、これ以上は何とも……
 『長老』もお歳のせいか……その、言動に多少、アレ……な部分もありまして」

「……なるほどね。信憑性が薄いのも分かる気がしてきた」

 レンツォは憮然とした表情で肩を竦めた。
 冒険者以前に盗賊である彼は、情報の真偽と量にはうるさい。
 現状に対して彼が下した判断は『お話にならない』だ。

「つまり、グリグオリグは吸血鬼の左腕を奪い、吸血鬼を封印したと史料に残っていた……可能性があるんだな?」

「そうです。
 恐らく、彼が列聖されていない理由もそれを証明できないからに違いありません。
 『神智認定局』が明らかにしたい事というのは、グリグオリグの行った吸血鬼退治の真偽ですね」

「……待てよ。
 という事は俺たちが『聖グリグオリグ修道院』で、それを証明するための史料を探さなきゃなんねぇのか?」

「う~ん……史料が残っている可能性は低いと思うんですよね。
 何しろ、破棄されてから一〇〇年近く経っているワケですから。

 でも、史料が見つからなくても問題ありませんからご安心ください。
 わたしたち『史跡局』としては修道院跡の状況を調べて報告するだけでオッケーです。
 列聖するとかナントカは『神智認定局』の問題ですから」

「……まぁ、私たちは負担が軽くなって良いけどね」

「ええと、聞きたい事はもうありませんか?」

「ひとつ、質問いいか?」

「ハイ、何でしょうかバリーさん?」

「動乱期に戦乱に巻き込まれたって話だったよな。
 今現在、その村の一帯は誰に支配権……言うなれば統治権は誰にあるんだ?
 修道院って事ァつまり、その『ぐりぐりナントカ』って修道士が荘園を切り盛りしてたってこったろ?
 その荘園の権利さ」

「『グリグオリグ』です、バリーさん。わざと間違ってませんか?

 ええと、所有権自体は教皇庁にあるのですが……その件についてはちょっとムズカシイ問題が発生しているんですよ。
 まぁ、皆さんにはそれほど関係のない事だと思いますし、この件はこれでオシマイという事でいいでしょうか?」

「これ以上関わるな、と言いたいのか?」

「……申し訳ありません。
 わたしには、これ以上この件に関して皆さんにお話しする権限がないんですよ。
 ただし、この件で皆さんに不利益や危害が及ぶ事は絶対にないと保障します。
 随分と勝手な申し入れだとは思いますが、どうかわたしを信じていただけないでしょうか?」

 どうやらこれ以上は誘導して聞きだす事すらできそうにない。

「……分かった、少し仲間たちと相談させてくれ」

「えっ、受けていただけるんですよね?」

「一応だよ、一応」

 ルトラの不安げな表情を尻目に、バリーは彼女に聞こえない程度の小声で話し始める。

「……オイ、どうするコヨーテ」

「どうするも何も、信じるしかないんじゃないか?」

「そもそも、統治権が誰にあるのかってそんなに重要なの?
 私には良く分からないんだけど」

「フン。あの依頼人が言うほど、権利問題ってのは簡単な話じゃないんだぜ」

 バリーは苛立たしげに鼻を鳴らす。
 滅多に見せない彼のそんな様子に、ミリアは若干威圧された。

「土地の権利を持つって事は、イコール世間的な力を持つって事だ。
 当然金持ちだし、後ろ暗い事をやってきた連中なのかもしれない。
 そこへ何の知識もなしに足を踏み入れて、もし奴らの不利益になるような事をしたら、下手すれば命を狙われる事になる」

「で、でも、可能性は低いのよね?」

「……今の話で明らかになったのは二つの真実。
 修道院の所有権が教皇庁にある事と、それを公言できないイザコザが別の誰かとの間に存在しているという事だ。
 教会がイザコザを避けたがる相手だぜ。
 まぁ、利権問題ってのを考えりゃあ有力貴族ってのが一番妥当な線じゃねぇの?」

「……つまり、最悪オレたちは貴族サマを敵に回すリスクがある、って事か?」

「最悪のケースでは、な。
 聖北教会の規模を考えりゃ、いくら『史跡局』つっても手の空いてない人間が一人ってのは考えにくいだろ。
 なのに、今回の件に関わるのは彼女だけ。
 最悪のケースに陥っても、直接矢面に立たされるのは下っ端の信徒と冒険者だけだ。
 それくらいはアリだって踏んでるのかもしれないぜ」

「………………」

 相変わらず、バリーの推理には妙な説得力がある。
 ただの護衛と調査の依頼のはずが、急にきな臭いものになってしまった。

「もしコヨーテがこの依頼は信用できないと判断したのなら、迷わず断れ。
 親父の頼みだろうが教会からの依頼だろうが、命を失くすよりはよっぽどマシだ」

「オレは……」

 仲間を危険に曝す訳にはいかない。
 しかし同時に、宿の親父に迷惑を掛けたくないのも事実だ。

 実はコヨーテら『月歌を紡ぐ者たち』が一時解散状態となっていた三〇日間、『大いなる日輪亭』は未曾有の危機に瀕していた。
 古株の冒険者パーティが引退してしまい、それに伴って彼らに憧れていた専属冒険者数人が同時に契約を解除してしまったのだ。
 当然、受け手が減れば依頼をこなす数は減る。

 宿を信頼して持ち込まれた依頼も、断らざるを得ない状況になっていたのだ。
 そういう最悪の状況は、『星を追う者たち』や『陽光を求める者たち』といった後輩パーティを中心にどうにか収束していったのは喜ばしい事ではあるが、それもこれも『月歌を紡ぐ者たち』の不甲斐なさから来るものであれは話は別である。

 何より『月歌を紡ぐ者たち』が依頼を突っぱねてしまうと、順当に考えて『星を追う者たち』へと話は流れてしまうだろう。
 『星を追う者たち』のリーダーであるレギウスなら、バリーと同じような思考を働かせる事はできるはずだ。
 しかし、彼は自信過剰な性格だ。
 危険を承知で敢えてそれを乗り越えようとするのは目に見えている。

 だったら『大いなる日輪亭』で最も経験豊富で、実力もある『月歌を紡ぐ者たち』が依頼を受けるのが順当なのだろう。

「……オレは、受ける。
 仮に最悪の事態に陥ったとしても、オレたちなら上手く立ち回れるさ。
 そうだろ、バリー?」

「お前はまた根拠のねぇ事を……チッ、了解だリーダー」

 さすがにバリーは聡明だ。
 言葉の中に潜ませた『何とかしてくれ参謀殿』というコヨーテの要望をノータイムで理解してくれた。



 依頼を受ける旨を告げると、ルトラは上への報告ついでに準備を整えると言って教会へと戻っていった。
 その後の話し合いの結果、集合は明朝に西門へ集合という事になった。
 『月歌を紡ぐ者たち』は明日へ備えて少し早めの夕食を摂っている。

「良かったじゃないか。割と当たりの仕事で」

 詳しく事情を知らない親父さんは、無理に薦めた依頼が変なものでなかった事で安堵しているようだ。

「聞いた感じだと楽なんだけどね。
 けどさ、アレンケ村って僕らでも聞いた事がないくらい遠い場所にあるんだよ。
 雪でも降りそうなくらい寒い中、そんな長距離を移動するってだけで嫌になるよ」

「だが、アレンケ村は西の方にあるんだろ?
 教区の西の外れは一〇年くらい前は山賊の温床みたいな言われ方をしていたが、最近の西域方面じゃ山賊はナりを潜めてるって話だし治安はすこぶる良い。
 要するに、道中はかなり安全って事だ。
 美人の依頼人とのんびり馬車に揺られてりゃ着くんだから、贅沢すぎるくらいだぞ」

「ん? 馬車で行くの?」

「聞いていなかったのか?」

 どうやらあの依頼人、伝え忘れたらしい。
 話した限りではしっかりした感じだったが、どこか抜けているところがあるようだ。

「ところで親父、五〇年前に起こった火災について知っている事はないか?
 聖北教会の書庫で起きたっていう、あの事件」

「あぁ、懐かしいな。
 まだ俺が駆け出しの頃、拠点にしていた宿の近所だったから良く覚えているよ。

 内部の資料の大半が焼けて、当時の責任者が破門されたんだっけか。
 当時は建物の損傷よりも資料の損傷が酷かったせいで放火の可能性が高いって噂されてたが、結局管理者の不始末って事で話が収まっちまったな。

 今回の依頼と、何か関係があるのか?」

「いや、直接関係あるかどうかは分からないが……」

 コヨーテは掻い摘んで、『グリグオリグ』と『吸血鬼の左腕』の事を説明する。
 当時を知る者なら、『吸血鬼の左腕』について何か知っているかもしれない。

「……『吸血鬼の左腕』だと?
 それが五〇年前の教会の書庫での火災と関係があるんだな?」

「そうだけど、何か知っているのか?」

「いや、知っているって程でもないぞ。
 俺の飲み友達に、教会へ乾物を納品している商人がいるんだが、そいつから聞いた話だ。
 何でも、書庫の火災は実は盗賊の仕業でその騒ぎの際に重大な資料が盗まれたんだーとか言っていた」

「おい、その商人って以前言っていた酔いどれオヤジの事じゃ……?」

「何ソレ信憑性ゼロじゃん」

「そうなんだが、さっきの話で気になるところがあってな。
 実はその商人も似たような事を言っていたんだ」

 話によれば事件当日、まだ子供だった商人は教会から飛び出してきた賊と鉢合わせしたのだという。
 賊は真っ黒な衣装で全身すっぽりと覆い隠していて人相その他は分からなかったが、そのせいで手にしていた長い包みからちらりと覗いた『真っ白な女の指』がとても目立っていたそうだ。

「胡散臭い……が、確かに妙な一致がある」

 教会へ持ち帰られた『左腕』と、商人の見た『女の指』。
 気になるところではあるが、見間違いという可能性もあるし、第一その賊が事件に関係あったのかすら判別できない。
 既に記憶も曖昧だろう当人へ詰め寄っても意味は薄いだろう。

「あくまでも噂程度の話だからな。
 あまり真に受けるのも馬鹿らしいぞ。
 第一、あいつは酒が入るとすぐホラを吹く事で有名だ」

「……ま、一応頭の片隅にでも入れておきますよ。
 ご馳走様でした親父さん。
 明日に備えて、そろそろ休みますね」

「おう、明日から頑張れよ」

 食事を終えた『月歌を紡ぐ者たち』は、各々部屋へと戻っていく。
 不穏な話を聞かされたせいで、それぞれ一抹の不安を抱えながら。


 翌日、『月歌を紡ぐ者たち』は馬車に乗り込み、リューンを発った。
 事前に聞かされていなかった為、誰が馬車を操るかでコイントス勝負が行われたが、安定してコヨーテとレンツォが敗北した。

 馬車に揺られる旅が快適なのは、温暖な気候である事が前提だ。
 雪のちらつきそうな天気の中では、馬車の中だろうが外だろうが大して変わりない。

 道中何もないのは良い事なのだが、コヨーテらとしては身体を動かしてでも暖を取りたいと考える程だ。
 馬車の中で火を熾す訳にもいかない為、結局厚着する事でしか凌げない。
 ミリアだけが度が過ぎる程の重装備だったのは予測していたからなのか。

 出発して三日も経てば、辺りの景色は劇的に変わっていた。

「どうして私たちが外に出ると雪が積もってるの……?」

 いつか北方の町で見たように、かなりの量の雪が積もっている。
 恨めしそうに震えるミリアの声からは、諦めとも取れる感情が滲み出ていた。

「……オレに聞くなよ。
 神サマとやらが、オレたちが仕事で現地に着く頃になると必ず雪やらを降らせて悪戯してるんじゃなきゃ、たぶん偶然だ」

「じゃあもう一つ聞くけど」

 ミリアは前方ではしゃいでいるルトラを指差す。

「わっ、わっ、スゴイ! 辺り一面銀世界ですよ!
 息も真っ白だし、身が引き締まるような寒さですねッ!!」

「……どうして彼女はあんなに元気なワケ?」

「こんなに積もった雪を見るのは初めてなんじゃないか?
 そして恐らく、積雪がどんな弊害をもたらすかも知らないんだろうな」

「だったら早く目を覚ましてあげて。
 私はこれから始まる重労働に向けて、余計な体力と神経は使いたくないから」

「………………」

 何だかミリアはご立腹のようだ。
 寒さが苦手な者からすれば、その嫌いなものであれだけはしゃがれるのも思うところがあるのだろう。

「ほらほらコヨーテさん、真っ白ですよ!」

「……ご機嫌なところ悪いが、状況を確認するよ」

 コヨーテがため息交じりに告げると、ようやくルトラも落ち着いてくれた。

「そこに道標があるよな。
 アレンケ村まで一刻――約三〇分――かかるって書いてある」

「ええ、それが?」

「いや、余談なんだけど本当に一刻で良かった。
 一日かかるって書いてあるんなら、引き返しても良かったくらいだ」

「!? ど、どういう事です!?」

「ルトラさんの体重ってどれくらい?
 まさか馬車より重いなんて事はないよな?」

「まさかぁ、馬車より重い人間がいる訳ないじゃないですか。
 って、例え話でも女性に体重の話をするのはデリカシーないですよ?」

「足元見なよ。
 ルトラさんでもそんだけ沈むんだよ。
 アンタより重い馬車がこの積雪を通ったらどうなると思う?」

「……あ」

 ここまで話して、ようやくルトラは事の重さを知ったようだ。

「ここから村まで一刻の距離を歩かなきゃならないって事は理解できた?」

「う、ウソでしょ~……
 こんなに歩きにくい上に寒いのに、そんな距離歩ける訳ないじゃないですか~」

「呪うんならアンタの神様を呪ってくれ。
 オレたちじゃ天候を操る事なんてできないし、この辺がどうなってるのかの情報もないに等しかった訳だし」

 最早ぐうの音もでないルトラは改めて白銀の世界を見渡し、がっくりと肩を落とす。
 後ろを振り返ると、『月歌を紡ぐ者たち』は各々が最低限の荷物だけを背負っていた。
 野外道具等のかさばるものは、馬車に積んでおく事にするのだ。

「ねぇ、コヨーテさん。背負っていってくれませんか?」

「……置いてくよ」

「って、冗談ですから! 置いてかないでー!」

 色々と可哀想ではあるが、ルトラは諦めてくれた。
 わずかばかりの慈悲として、彼女の荷物は馬車へ積んであげたのが効いたのだろうか。


 一行は道標の差す先へ歩いて、歩いて、休憩して、歩いて、歩いて、歩いた。
 そして日が落ちた頃、ようやく集落らしきものが見えてきた。

「オイオイおかしいだろ!
 どうやったらあの距離を一刻で移動できんだよ!?」

「うわぁもう真っ暗だよ……信じらんない」

「クソが!
 いつから一刻は一日って意味に変わりやがったんだ!
 後々の為にも、帰りはあの道標をヘシ折ってやる!!」

 と、予想外の事態に怒りを禁じえないバリー。
 怒りの余り、その辺にあった『アレンケ村』とだけ書かれた罪無きの道標をガンガンと蹴っている。

「はひ、はひ……もう、ダメ……です……」

「ちょ、ちょっと!?」

 息を切らしたルトラはその場に倒れこもうとしたところを、既のところでミリアに抱えられた。
 どうやら丸一日の積雪地帯強行軍で疲労がピークに達したようだ。

「とりあえず村へ急いで民家を探そーよ。
 事情を話せば馬小屋くらい貸してくれるでしょ」

「分かった……はぁ、結局背負う羽目になるのか」

 コヨーテは自分の荷物を降ろし、代わりにルトラの身体を背負う。
 二人分の荷物はルナとレンツォが運んでくれる事になった。

「それじゃ、急ぎましょう。
 依頼人に死なれたら洒落にならないわ。
 それに、私も寒いし!」

 冗談とも本気ともつかぬ言葉を口にしつつ、ミリアは早足で歩を進める。
 さすがに足腰は強靭らしく、深い雪に足を取られているとは思えないスピードで駆けていく。
 対してコヨーテは体重が約二倍になった事で、更に移動が困難になっていた。

「ちょっと、待ってくれ……彼女、結構重い……」

「……コヨーテ、デリカシー無さ過ぎです」


To Be Continued...  Next→

スポンサーサイト


この記事へのコメント

この記事へコメントする














(△お好みの文字サイズになるまでクリックしてください)

周摩

Author:周摩
しがないリプレイ書きのブログです。

Info.
当ブログはリンクフリーです。報告は不要ですが、あれば相互リンクさせていただきたいと思います。

周摩のシナリオはこちらへどうぞ。

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。