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『みえないともだち』(2/8) 

 夜が明けたが、寒さの方は相変わらずだ。
 昨夜は駆け込んだ民家が偶然村長宅だったらしく、割と好意的に部屋を貸してもらえた。
 村というのは閉鎖的なもので、余所者はあまり快く受け入れられないのが常だ。

「昨夜は助かったよ村長さん」

「いえいえ、大した事ではございません。
 狭い部屋に押し込んでしまったようで、こちらこそ恐縮です。」

「道中に比べたら贅沢過ぎるくらいだ。
 チコなんかはよっぽど気に入ったのか、まだ眠ってるよ。

 ところで、彼女は……」

 ルトラはあのまま意識を失っていたらしい。
 微熱も出ていたらしく、村長夫人が解熱作用のある薬草を煎じて飲ませたりもした。

「ご心配なさらず。
 もう少し休まれれば旅に関しても差し支えない程度には回復なされるかと。
 ……ところで、差し支えなければ皆様の旅の理由など、お聞かせ願えませんでしょうか?」

 村長としては身に覚えの無い冒険者の来訪に戸惑っているのだろう。
 この近くで妖魔が出たとかそういった類の理由だったとしたら、不安になるのも無理はない。

「実はオレたち――」

「――おッ、おじいさんッ!!」

 切羽詰ったような表情の村長夫人がドアを思い切り開き、コヨーテの言葉を途切れさせる。

「何じゃ騒々しい。お客人が来ておられるのだぞ」

「そ、それが……メアリが……」

 村長夫人はそう呟いて、冒険者たちが驚いて自身に注目している事に気がついた。
 そして急いで村長の耳元まで近づき、小声で何やら話し始めた。

「――何ッ! またあの娘ッ!」

 突然、村長が豹変した。
 憤怒の表情を顕にし、収まりきれない怒りが右手を振り下ろさせ、年季の入った机が軋む。

「一体何度言えば分かるのだ、あの『×××』めがッ!!」

(『×××』とはまた、穏やかじゃない発言だな)

「……皆様、真に申し訳ありませんが、少々この場にてお待ちいただけませんでしょうか?」

 しばらく荒い息で唇を震わせていた村長は平静を取り戻したのか、幾分か穏やかな、しかし決して笑ってはいない表情で言った。
 豹変っぷりから、村特有の事情があるのだろう。
 だから、コヨーテらも深くは聞かない。

「いや、それは構わないが……」

 返事を聞いた村長と夫人は、そそくさと外套を着込んで外へ出て行った。
 それとほぼ同時のタイミングで、チコが階段を降りて来た。

「……どう思う、バリー」

「確かにあの豹変ぶりは妙だ。
 何かを隠している風ではあるが……

 とは言え、余所者の俺たちには関係のない事情だろうな。
 『×××』という言葉は気になるが、ここは村長の言う通り黙って待機しておくのが得策だろうよ」

「ところでバリー、『×××』って何です?」

「超が付く程に好意的な解釈すれば『目が見えない人』って意味だ。
 実際にはその人を見下す意味を含む最低な言葉だから、絶対使うなよ。

 ……しかしチコがあの場にいなくて良かった。
 下手すればチコが変な目で見られるところだったぜ」

 チコは左右の眼の色が違う、オッドアイである。
 昨夜は村長宅を訪ねた時点でチコは眠気と格闘中で常に半目状態だった為、その事を気づかれていないのだった。

「?? 良く分からないけど、私良い仕事した?」

「してねぇよ!
 だが無意識の内にでもトラブルを回避した事だけは褒めてやろう」

「ねぇ、村長はしばらく待てって言ってたけど、どのくらい待てばいいのかしら?」

「そんなの向こうの事情が片付くまで、でしょ。
 どのくらい時間がかかるかなんて分かるもんかい」

「ありゃ暗に『勝手に出て行ってください』って言ってるんだよ。
 それ以前に、俺たちだって長居するつもりもないだろ。
 ルトラさんの目が覚め次第、書置きでも置いて出発するのが一番だ」

 方針が決まったところで、当のルトラが目覚めなければやる事は何もない。
 各々で適当に時間を潰す事になるが、家から出る訳にもいかないため、やる事と言えば雑談くらいしかなかった。

「修道院跡ってこの辺にあるんだったよね?
 見渡す限り森と真っ平らの平原だけしかないみたいだけど、本当にあるのかな?」

 窓の外を眺めていたレンツォが、そう呟く。

「確かにな。
 資料にどう書かれていたかは知らんが、俺たちが期待してる程近くないのかもな。
 それと補足だが、ありゃ平原じゃねぇぞ。湖だ」

「湖? どこが?」

「凍ってるんだよ。
 その上に雪が積もってるから、雪原みたいに見えてるだけだ。
 雪があれだけ降って溶けないくらいのマイナス気温だぜ。
 深さは分からんが、人が歩いても割れないくらいには凍ってるだろうな」

「ふぅん……
 ま、移動距離が短くなるなら何でもいいけど。
 って、何でバリーはそんな事知ってるのさ」

「村長がぼやいてたのを小耳に挟んだんだよ。
 あそこが凍ってると良くない、みたいな独り言だったな」

「村長さんといえば、あの態度には驚きました。
 普段は温厚そうなのに、いくら何でも豹変しすぎじゃないでしょうか?」

 ルナは、先程の村長の表情を思い出しているらしい。
 憤怒を通り越して憎悪すら感じさせるあの表情は、一度見たら容易には忘れられない。

「言いたい事は分かるが、彼にとっても頭を抱える事情なんだろう。
 どういう状況か知りえないオレたちが、昨日初めて会った村長の人格をどうこう言うのはな……」

「いやいやコヨーテ、あながちそう言えないのが田舎なんだよ」

 ついさっき起き出したチコは干し肉を齧りつつ会話に参加する。
 どうやら、ルナ辺りから事情を聞いたらしい。

「案外、そっちが本性かもしれないって事。
 田舎の村の因習ってのは、大体あんな感じだよ。
 迷信深くてー、差別意識が強くてー、排他的でー、秘密主義でー……」

「ちょっと言い過ぎですよチコ。
 仮にも一晩宿を貸してくれた相手に対して失礼です」

「ま、そーなんだけど。
 だけどね、私たちって結局、ここじゃ余所者なんだよ?
 いざ何かが起こった時に、真っ先に槍玉に挙げられるのが私たちだって事は忘れないで」

「………………」

「田舎の人間が一番望んでいるのは、変化の無い平和なんだよ。
 プラスもマイナスもなく、現状を維持できるのならそれでいいの。
 だから余計な厄介事を持ち込まれるのを嫌うんだ。
 あんまり係わり合いにならない方が、双方の為だよ」

 今は無き故郷を思い出し、チコは陰りのある表情を見せる。
 心が救われたとは言え、トラウマが癒えた訳ではないのだ。

「ま、ルトラさんが目覚めたらここを離れる訳だし。
 必要以上に神経使うのも馬鹿らしいんだけどね」

 チコが表情を崩したのとほぼ同時に、奥の部屋のドアが音を立てて開いた。



 外は明るくなったが、歩きにくさは変わっていない。
 凸凹した雪道を、ざくりざくりと踏みつけながら歩く。

「あぁやだやだ。
 暖かい暖炉が懐かしいよ」

「レンツォ、仕事なんだから文句言うのはナシだぞ。
 ルトラさんだって今日は元気に歩いてくれているんだ。
 一応プロであるオレたちが弱音を吐いてどうする」

 コヨーテの言葉通り、ルトラは昨日よりもしっかりとした足取りで歩いている。
 昨日より幾分か緩やかな速度だからなのか、もしくは慣れたのか。
 どちらにせよ、倒れられないだけでも十分に助かる。

「でもさぁ……
 全然目的地が見えないのにただ歩き続けるってのも、精神的にクるものがあるんだぜ。

 そういえばルトラさん。
 例の修道院跡ってここからどれくらいの距離にあるんだい?」

「ええと、湖の向こう岸ですね。
 正確には湖を越えた後にちょっとした森を抜ければ修道院跡に着きます。
 文献によれば半日程……今は湖の上を渡れますし、もうちょっと早く着くでしょう」

「はぁ、やっぱり湖の上を通るのか」

「珍しく消極的じゃないかコヨーテ。
 大丈夫だって、俺たちが乗ったくらいじゃ氷は割れねぇよ」

(別に氷が割れるかが悩みの種じゃないんだよ……)

 コヨーテは半吸血鬼である。
 吸血鬼には『流れる水の上を渡れない』という弱点がある。
 当然、強弱はあれどコヨーテにも受け継がれており、川や湖の上を渡ろうとすると時間と共に体力を消費していく。
 湖全部が凍っていてくれたら『流水』の条件に当てはまらないので相当楽になるはずなのだが。

「ッ……!」

 コヨーテは身体に異変を感じた。
 どうやら湖全てが凍っている訳ではないらしい。
 軽い不快感がコヨーテの全身に襲い掛かる。

(この程度か。
 良かった、凍っていない水はほんの僅かのようだ)

 それでも長時間を過ごせば不快感は疲労感に変わるだろう。
 さっさと渡り切ろう、と前方に注意を向けた瞬間、その方向に人の気配を感じた。

「誰か来る……」

「うん、私も感じた。
 ルトラさんは誰かの後ろへ隠れて」

 ミリアがコヨーテの隣に並び、剣に手を掛ける。
 同時にルトラがコヨーテの背後へと隠れた。

 しばらく経った後、ざりざりざり、と短い間隔で歩いてくる音が聞こえてきた。
 眼を凝らして前方を見れば、小柄な少女の姿が見える。
 髪も肌の色も服装すら白っぽい彼女は、雪の保護色に守られて見え辛い。

「女の子……?」

 少女はこちらの戸惑いも気にせず、歩みを止めない。

「あの、えと、お……おはよう」

「ハイ?」

 ルナが呼びかけると、少女は驚いたように声を上げた。
 そして視線を彷徨わせ、明後日の方向へと視線を向けた。

「目が見えていないのか……」

 コヨーテの呟きに、全員がはっとした。
 少女の瞳は正面の一点から動かず、濁ったような色をしている。

「ここですよ、ほら、こっちこっち」

「……、あ……こ、こんにちは……」

 再度の呼びかけで、ようやく少女はこちらの居場所を把握したらしい。
 こちらを向いて、軽く会釈した。

「一体こんなところで何をしているんです?
 お父さんやお母さんは?」

「……に、あいにいっていたの。
 わたしのともだち、ちょっとだけしか、あってくれないから……」

「友達に……?」

「……わたし、おとうさんもおかあさんもいないから、さびしくて」

(盲目の孤児……か)

 身寄りのない幼い子供が、今の世を生きるには辛すぎる。
 その上に盲目という大きなハンディを背負った彼女がどれだけ辛い人生を歩んできたか、想像すらできない。

「神よ……」

 ルトラは少女の不幸を嘆き、十字架を握り締めて少女へ祈りを捧げる。

「なぁコヨーテ。
 ひょっとしたらこの子がそうなんじゃないのか?
 例の、村長が言ってたアレ……」

「可能性は高そうだな。
 少しでも裕福な村長夫妻に育てられている、といったところか」

「あぁ、自分たちと血の繋がりのない赤の他人の子供。
 しかも目が見えないとくれば、村長のあの態度も理解できなくもないな。
 どうやら、この家出も常習という感じだしよ」

「どうするバリー。
 ここは村人の感情を逆撫でしない為にも、この子を村長のところまで連れて帰るか?」

「ま、それが一番無難な選択肢だろうな。
 それで村に関わるのはオシマイって事にしようぜ。

 それに……」

 バリーは言葉を区切り、コヨーテにだけ聞こえるような小声で、

「この子みたいな存在ってのは、こういう寒村で大抵『鬼子』扱いされてんだ。
 可哀想だが、ヘタに関わるとロクな事がならないぜ」

「それはそうだが……、ッ! 誰か来るぞ」

 今度は背後の方から雪を踏みしめる音が聞こえてきた。
 目を凝らしてみると、二人の男女の人影が見える。



「おお、メアリッ!」

 現れたのは村長夫妻だ。
 どうやら少女を探し回って、ようやくここへ辿り着いたのだろう。
 コヨーテたちには眼もくれず、少女の下へ駆けつける。

「またオマエは、あれほど言っておったのも聞かずに『あそこ』へ行きおって……この――!!」

 バシン! という肉を打つ音が雪原に響き渡った。
 人の頬を殴ってこれほど嫌な音が出るのか、と絶句するくらい手加減のないものだ。

「なっ――!」

 目の前の光景を信じられないといった表情で、ルトラは固まった。
 その反応も意に介さず、村長は頬を赤く腫らせた少女の肩を掴んで無理やり正面を向かせる。

「いいか、もしまた『あそこ』へ行くような事があったら今度こそ……分かってるなッ!?」

「………………」

「……なんだ、その目は」

 ビキリ、と村長の額に青筋が浮かんだ。

「またその目でワシらを見るのかッ! 何も見えておらんクセにッ!!」

 叫び、打つ。
 その度にあの嫌な音が、辺りへ響く。

 村長から今朝までの温厚そうなイメージが完全になくなっていた。
 もはや別人だ。

 あまりの出来事に呆けていたコヨーテが、ようやく事態を理解して止めに入ろうとして、

「おじいさん、やめてくださいッ!」

 村長夫人が間に入って止めた。

「また、春の時みたいな事になったら、今度は……」

 その言葉にはっとした村長は、ようやく少女から手を離した。
 それからようやく気がついたのか、村長はコヨーテらの方へ向き直る。

「おお、これはお客人殿……
 一体こんなところで何を?」

「いや、彼女の体調が快復したんでね。
 あまり村長のところに長居するのもどうかと思ったから出発する事にしたんだ」

「ほ、本当にお世話になりました。
 アレンケ村の皆さんに、聖北の加護があらん事を……」

 ルトラの声は震えていた。
 さっきの村長の豹変振りが、未だに信じられないのだろう。

「そうですか。いや、それはなによりで」

「ところで、その子は……?」

「ああ、メアリですか……」

 村長が一瞬苦い顔をしたのを、コヨーテらは見逃さなかった。

「この子は孤児で、今は我々が引き取って育てております。
 ご覧のようにこの子は、目が不自由です。
 ですが、何度もこうして我々の言う事を聞かずに家を抜け出しては……」

 と、そこまで呟いて言葉を切った。

「……いえ、このような話は皆様にお聞かせするような話ではございませんでしたな。
 つまらない村の事情で皆様のお時間を煩わせてしまう訳にも参りません。
 どうぞ、ご出発ください」

 釈然としないものを感じながらも、コヨーテは脇腹をつつくバリーの肘から『深追いするな』という意思を読み取り、ため息をついて頷いた。

「色々と世話になったな、助かったよ。
 帰りにもう一度、お礼に寄らせてもらうよ」

 会釈したコヨーテの脇から、誰かが一歩前に踏み出した。
 ルトラだ。

「あの、村長……余計な差出口とは思いますが……
 彼女……メアリに対して、もう少しだけ……その、優しく接してあげてはいただけませんでしょうか?」

(お、おい!)

 コヨーテは焦って止めようとするが、言葉は音速だ。
 止められない。

「盲目に生まれてきた事に罪はありません。
 それは、神に選ばれた聖痕スティグマなのだと思ってはいただけませんでしょうか?」

「……お言葉は理解いたしました。
 ですが、これは我々の村の問題でございます」

「これ以上はやめろ、ルトラさん。
 村長の言う通り、オレたちの関わっていい問題じゃないんだ」

「し、しかし――」

「――いいからッ!」

 怒鳴り声を上げた。
 悔しいのは、コヨーテも同じなのだ。

「……今は、納得してくれよ。
 オレが後で愚痴でも何でも聞いてやる。
 お願いだから、コトを荒立てるような真似はしないでくれ」

 世界の隅々まで見れば、メアリのような境遇の子供は掃いて捨てるほどいるだろう。
 それをたった一晩宿を借りた程度の旅人が救えるのなら、冒険者は神にも近い存在になれるはずだ。
 その公然とした事実を分かりきっているから、は悔しかった。

「……ハイ」

 ルトラは渋々といった様子で頷いた。
 こりゃ後で本当に愚痴を聞かされそうだと思いながら、ひとまずはゴタゴタを回避できた事に、コヨーテらは胸を撫で下ろす。

「それじゃ、行こう」

 悪くなった空気を蹴散らすように、コヨーテらは歩みを進める。
 なるべくなら一刻も早くこの場から立ち去りたかった。

「おや、皆様……そちら側は違いますよ。
 中央行路へは村の東側からでないと辿り着きませんよ」

「いえ、こっちでいいんです。
 わたしたち、湖の向こう側にある修道院跡に用事が――」

「――何ですとッ!?」

 あるんです、と言いかけて村長の叫びが遮る。
 よほど吃驚したのか、ルトラは息を詰まらせて小さく悲鳴を上げた。

「……今アンタら、修道院と言ったか?」

「ええ、ハイ……それが何か……?」

 何かとてつもない失敗をしたような気分に襲われ、おどおどとした様子でルトラは答える。

「(マズイ……修道院はこの村にとっちゃ禁句タブーなのかもしれねぇな……)」

「(禁句? 何でまた?)」

「(理由なんて分かるかよ。だがあの反応を見る限りじゃタダゴトじゃなさそうだ)」

 確かに、ようやく取り繕った『温厚な村長』のメイクが完全に剥がれてしまっている。

「(大方、信仰か畏怖のどちらかだろう。タタリを恐れていると見るのが正解か)」

 だとしたら、このままではマズイ。本当にマズイ。
 恐らくルトラは人の怒りに触れる事に慣れていない。

 萎縮した人間は相手にこれ以上怒りを注がないように、何かと低姿勢になってしまうものだ。
 まして、慣れていない人間では頭で情報の取捨選択する事が絶望的に難しい。
 このままでは、相手を刺激してしまう情報までペラペラと話してしまうに違いない。

 だが、くどいようだが言葉は音速だ。

「お話していませんでしたか?
 わたしたち、教会の聖務であの修道院の調査に来た――きゃっ!?」

 白いカタマリが、ルトラの顔に投げつけられた。

「出て行っておくれッ!
 このバチアタリモノめッ、今すぐリューンへ帰れッ!!」

 それを投げたのが、村長夫人だったという事には、冒険者たちも唖然とするしかなかった。

 ルトラに投げつけられたのは、ただの雪玉だ。
 だがそれは適当にその辺にあったものを投げつけただけで、村長夫人が石を掴んでいれば石を投げたに違いない。
 それほどまでにルトラ、いやルトラたちへの畏怖と憎悪の感情が見て取れるのは異常だ。

「大丈夫か、ルトラさん」

「ええ、平気です……ただの雪玉ですから」

 だが、ルトラは怯えの色を隠せないといった様子だ。

「教会の調査だかなんだか、ワシらの知った事じゃないが、余計な騒動を起こすような事だけは止めてくれんか」

「何か知っているのか、あの修道院について……」

「フン、あの修道院は呪われておるんじゃ。
 アンタらが調査などしようものなら、その呪いで今度こそワシらは村を捨てねばならんようになってしまう。
 さっさと帰って教会の偉いお坊さんに伝えてくれんか、修道院は放っておいてくれとな」

「しかし、呪われているとは俄かには信じがたい。
 もしそうだとしたら、なおさら調査の必要が――」

「やめておくれッ!
 これ以上、『アレ』の事を話すのは止めておくれッ!」

「アンタら余所者には理解できん事じゃ。
 何も言わずにさっさと帰ってくれんか」

 村長らの態度は、明らかに何かがおかしい。
 頑なに修道院への接触を拒もうとするのは、何かがある。
 呪いなどというオカルト染みた言葉の裏には、それを信じさせる何かがあったに違いないのだから。

「……我々を拒むという事は村長、すなわち『聖北教会そのものを拒否する』という事と同義になりますよ」

 ルトラは怯えの表情を見せながらも、強気に言い放つ。
 こういう寒村では『神』の存在は強く認識されている事が多い。
 故に、この一言は絶大な威力を持つはずなのだ。

「冬でも暖かい聖堂で、物も言わない神様の形をした置物を拝んでいるだけの教会の言葉など、ワシらは信じたりはしておらんのじゃ」

「んなッ……!」

「ワシらの目の前にあるのは、このクソッタレな雪と呪わしいアレだけじゃ。
 ワシらの真実はそれだけ……
 神様の置物に縋って、世の中の本当の姿から目を逸らしているアンタら教会の任務など知った事か」

 実際、耳が痛い言葉だった。
 この言葉をルナが苦い顔をするだけで受け止めきれたのは、冒険者という生活を通して世界の理不尽さを知っていたからなのか。

「……な、な、き、教会に対し、なんて言い草を……!」

 やはりルトラは激しく反発した。
 村長の言葉通り、温暖なリューンでずっと過ごしてきたルトラには思うところもあるのだろう。

「わ、わたしがっ!
 わたしが今の言葉を教会に報告したら、あ、あなたたち村人全員、魔女裁判にかけられて火炙りに――」

 怒りと屈辱で度々言葉を詰まらせながらも、ルトラはその感情を言葉に乗せていく。
 だが、村長の表情は変わらない。

「やれば良いじゃろう。
 あの呪いで生きながら地獄を味わわされるくらいならば、火炙りにされた方がずっと気が楽じゃ。
 火炙りで死んだら、ワシらの罪も赦されて天国の門をくぐる事ができるんじゃろう?
 いやいや、そんな残酷な神様のいるところなどこちらから願い下げじゃ」

「………………」

 もはやルトラは言葉を紡げなかった。
 結局のところ、信仰とは押し付けるものではない。
 信じぬものには偉大な神も手を加える事などできるはずがないのだ。
 それは邪教たるクドラ教や神と敵対する悪魔たちが滅んでいない事が、それを如実に示している。

 できれば、ここでルトラに折れてほしかった。
 自らの信じる神を侮辱されたルトラが、本気で村人を火炙りにすると考えているなら、この依頼は降りるしかない。
 それに、信徒でない者を捕まえて神罰と称して危害を加えるなどという行為を推奨するような人間なら、彼女をひいては聖北教会すらも軽蔑せねばならないのだから。

「……行きましょうコヨーテさん。
 こんな村の迷信に付き合う必要なんてありませんし、これ以上話していても時間の無駄ですっ!」

「お、おい待てよ! 独りで走っていくな!」

 この場から逃れるように、怒りのオーラを漂わせつつルトラは走っていく。
 コヨーテらは背中に村長夫人の罵声を浴びつつ、その後を追いかけた。


 呪いだの何だの、そんな村人の与太話を信じた訳ではなかった。
 たが、得体の知れない何かが雪原に長く伸びたわたしの影にそっと触れて、いやらしい含み笑いをしたような気がして、知らず、白一色に凍った湖を、わたしは振り返っていた。

 それは、ひょっとすると、汚れたガラス玉のような少女の瞳に映った、自分自身の姿だったのだろうか……


To Be Continued...  Next→

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周摩

Author:周摩
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