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『みえないともだち』(3/8) 

 日が傾きだした頃に湖を抜け、森へと足を踏み入れた。
 森の向こう側には大きな建物が見える。
 あれが件のグリグオリグ修道院跡なのだろう。

 コヨーテらの目の前には、湖からずっと全力疾走していたらしいルトラが、木に寄りかかって休んでいた。
 未だに呼吸が整っていないところを見ると、本当に形振り構わずに走ったらしい。

「ムキになるのは分からなくもない。
 だが、独りで先走って遭難でもしたらどうするんだ」

「……面目ないです。
 子供みたいなマネして、スミマセン」

 彼女は相当沈んでいるらしい。
 眉間に深い皺が寄り、辛そうな表情を浮かべているのは疲労のせいだけではないはずだ。

「でも正直、ちょっと堪えました。
 村長のあの言葉……
 ルナさんは、辛くはなかったですか?」

「私は……私にも、突き刺さりましたよ。
 恐らく、教会の人間の誰に聞かせても同じ反応をすると思います」

 もしリューンの教会の人間が聞いたら、こう答えた事だろう
 『それは主の与えた試練です。苦難を乗り越えろという、主の思し召しです』と。
 だが、同時に『試練を乗り越えられない人間には死ねというのか』と反論されたはずだ。

 この辺りには、聖北の威光は届いていない。
 事前の打ち合わせの際、修道院跡を施設に流用するという話があった。
 あれも教化政策の一端なのだろう。

「聖北を侮辱された事には目を瞑りましょう。
 彼らには彼らの事情があるのです。
 むしろ、教会の誰もが知らない現状を知りえただけでも幸運と思うべきです」

 さすがに、ルナは強くなっている。
 マイナスをプラスに変える強い精神力を持ちえたのは、信心深い彼女だからこそだろう。

「……でも、例え事情があったのだとしても。

 やっぱり村長がメアリちゃんに手を上げる事は、わたしには許せそうにありません。
 教会の教え……わたしの言葉を拒む事は、村長なりの信仰への姿勢があっての事だと思います。
 けど、だからといってメアリちゃんに対する仕打ちを正当化していいんでしょうか?」

「それは違います、ルトラさん。
 村長の信仰と、メアリちゃんへの態度は全く別物です。
 混同するのは筋違いというものですよ」

「……そう、ですね。
 分かります、ルナさんの言う通りだというのは。
 だけど……」

 それでもやはり、釈然としないものがあるのだろう。
 ルトラは気分を入れ替えたいのか、胸に下げた金色の十字架を握り締めて神へ祈った。

「さて、とりあえず目的地は見えてるんだ。
 こんなところでモタモタしてないで、先に進もうよ。
 もうすぐ日も暮れちゃうしさ」

「……今夜は修道院で夜営か」

「『今夜から』の間違いですよ、コヨーテさん」

 落ち着いたのか、ルトラはようやく笑みを見せてくれた。
 その様子に安心して、コヨーテは意識を修道院に向ける。

「そういえば調査には二~三日かかると言っていたな。
 一体に何を、そんなに時間をかけて調べるんだ?」

「そうですね……、まぁイロイロです。
 とにかく、その話は修道院に着いてからにしません?」

「私もさーんせーい。
 ここ、夜になると狼なんかが出るみたいだし。
 そんな場所を日が暮れてから移動するって考えると、カンベンしてーってなるよね」

 チコは森に残った僅かな痕跡を見つけ、狼や野犬の生息している可能性を示唆した。
 それは良くない、とコヨーテらは先を急ぐ。

「………………」

「あれ、レンツォさん。どうかしました?」

 レンツォは目を細めて、周囲を見回していた。
 その目付きは、さっきまでの飄々とした彼のイメージとはかけ離れている。

「……いや、ちょっとね。
 それより急ごうか、ルトラさん。
 あいつらに先に行かせたら、今晩の僕らメシ抜きにされちゃうよ」

「なんですとォー!?」

 ぺろりと舌を出してウインクするレンツォは、猛ダッシュでコヨーテらを追う。

「ちょっとレンツォさん!
 冗談じゃないです、依頼人はわたしなんですよー!
 わたしのご飯食べちゃったら、契約違反って事で報酬減額しますからねー!!」

 と叫びつつも、箱入りのお嬢さんとは思えないスピードで追いかけてくる。
 その様子にクスリと笑みながらも、レンツォは目付きを変えたままだった。
 ミリアの言う、『真面目なレンツォ』である。

(……一瞬だけ、『何か』の気配がしたね)

 一抹の不安を覚えながらも、レンツォは気づかない振りをする。
 確証のない内にみんなを不安がらせるのは良くない。
 だからといって、警戒を緩めるのは三流の仕事だ。

(とりあえずは『真面目』にやりますか。疲れるんだけどなぁ)

 頭を掻きつつ、レンツォの口元は笑っていた。


 グリグオリグ修道院の正門に着いた頃には、日は完全に落ちてしまった。
 パチパチと焚き火が爆ぜる音を聞きつつ、味気ない保存食での夕食を済ませたところだ。

「ふぅ、ようやく落ち着けましたね」

 チコが焚き火の上にヤカンを乗せた。
 ヤカンの中にはぎっしりと雪を詰め込んである。
 近くに水がない時は雪を溶かすのが最も手っ取り早い。
 雪というのはあまりキレイなものではないが、水分の摂取という意味では、ある程度妥協できる範囲のものである。

「ところでルトラさん。
 調査って、具体的に一体何を調べるんだ?」

「ええとそうですね……
 まず、明日のお昼までにはこの修道院全体を歩き回って、全体的な損壊の度合いを調査します。
 みなさんは、わたしについて一緒に周ってもらう事になります。
 野生の狼なんかが住み着いていたら大変ですからね」

「ありえないと言い切れないところが怖いんだよね。
 ま、その辺はこのレンツォ様にどーんとお任せなさい」

「はいはい、ドジらないようにね。
 それで、それが終わったら次は?」

「それからは流動的に……ですね。
 書庫が残っていればわたしは文献の調査を行いますので、その間みなさんには瓦礫撤去などの作業をしていただく事になると思います。
 もし書庫やグリグオリグの自室などの文献や資料が見つかりそうな場所が残されていない、あるいは資料が残されていなさそうだった場合、わたしもみなさんのお手伝いをします。
 ……まぁ、たいして役に立たないでしょうけど」

 ルトラはその辺に落ちてた木の枝を使って、地面に大まかな図を描く。

「パッと見たところですと、北側にある『左翼棟』部分は損壊が激しかったので、調査はさっと流す程度でいいでしょう。
 『右翼棟』……南側と礼拝堂部分、つまり主塔ですが、こちらは比較的損傷がマシだったので、書庫が残っている可能性は低くないと思うのです。
 よって、礼拝堂の調査は重点的に行います。

 ……とりあえず、現在はこの方針で調査したいと思います。
 何か、ご意見ご質問はありますか?」

「実際に見てみないと分からないしな。
 今のところはそれでいいんじゃないか?」

 コヨーテが頷くと、ルトラがほっと胸を撫で下ろした。
 調査のプロである冒険者へ意見を通す事に緊張していたのだろうか。

「ところでバリー。
 お前の目から見て、どうだ?」

「……年代なんかは建造様式から見てもルトラさんの言っていた通りだな。
 堅牢に造られているのは、恐らく要塞としての意味もあったからだろう。
 正門は打ち破られてからかなりの年月が経っているようだが、あまり人が寄り付いたような形跡はない。
 紛争か何かに巻き込まれて廃棄されたと考えるのが妥当な線だろうな」

「予想以上に放置された年月が長そうだよね。
 書庫や宝物庫が残っている可能性は低そうだ」

「こんだけ放置されてりゃ、普通だったら盗賊の餌食だろうよ。
 強力な『番犬』……例えばガーゴイルか。
 そんなのがありゃあ話は別だが、聖北教会系の修道院だったんなら有り得ないだろ」

 改めてその事実を告げられると、レンツォは再びがっくりと肩を落とした。

「金目のものは今言った通り。
 そして恐らく資料なんかの類も同じ扱いだろうな。
 文献ってのは研究家や好事家の間では結構な値で取引される。
 盗賊にしてみりゃ宝物と大差ない話だぜ。

 大体、荒廃の原因ってのは異民族との紛争なんだろ?
 だったら異教の文書なんてのはまず焚書だ、残らねぇよ」

「うーん……そうなるとグリグオリグの列聖は望み薄、という事になりそうですね」

「何もグリグオリグの功績を残した何かは資料だけじゃないだろう。
 当時の日記だとか、一見価値のなさそうな物に残っている可能性もある。
 というかだな、こんだけ堅牢な修道院を残したってだけで充分に偉業だと、少なくとも俺は思うぜ」

「でも、それだけでは列聖はされません。
 認定局の規定では、『奇蹟を体現したものを列聖対象にする』となっているんです。
 それが過去にあった場合、それを証明できる事が条件となります。

 とはいえ、奇蹟を示せなくとも善行、偉業が認められれば聖者とほぼ同列に扱われる場合もあります。
 ただ、その場合呼び名は『尊者』となるんですが……」

 『尊者』はごく稀に、『奇蹟を示せなかった者』という表現がされる事がある。
 要するに、そういう事だ。
 あくまで便宜的な意味で、そうした呼び名を分けているというだけである。
 二つの呼び名に、上下的な差はない。

「でも、今回の依頼にはあまり関係ありませんから。
 わたしたちの目的はあくまで、現状の調査報告だけですからね。
 冒険者さんからすれば、やっぱり楽勝なんでしょう?」

「何も起こらなければ、な」

 『月歌を紡ぐ者たち』はそこそこ経験を積んだ部類に入る冒険者だ。
 特定のフィールドの調査なんて、普通にこなせる程度の実力はある。

 そう、何も起こらなければ。



「ふへっ……!?」

 がくん、と頭が揺れて、ルナはしっかりと目が覚めた。

(い、いけないいけない……)

 ぶんぶんと頭を振って、どうにか眠気を吹き飛ばそうとする。

 あれから自然に休む流れになったのだが、この修道院跡は決して安全な場所ではない。
 故に、見張りを立てる必要があった。
 ルナはそれで貧乏くじを引いた、という訳だ。

(わわ、寒いと思ったら火が弱くなってます。
 ええい、こうなったら景気良くたきぎをドバァッと……は、止めておきましょう。
 朝まで持ちそうにないですからね……)

 しかし、見張りというのはツライ。
 眠い上に手持ち無沙汰で、周囲に対する警戒を解く訳にもいかない。
 コヨーテは毎回こんな拷問じみた仕打ちに耐えてきたのか、と申し訳なく思いながらも感心させられる。

「ひゃあ……!」

 ゴウ、と強い風が吹き抜けた。
 薪を追加して強めたお陰で、焚き火は消えなかったのは僥倖だ。

(……?)

 ルナは妙な気配を感じて、護身用の棒を手に取った。
 どうも、風に混じって何かの音が聞こえている気がする。

(……調べてみますか)

 さきほどバリーが話していたように、ここは廃棄されて相当年月が経っている。
 つまり、普通ならここに立ち寄る人間は少ないはずだ。
 勘違いである可能性は高いのだが、長時間の見張りからくる退屈さがルナの腰を上げさせた。

 夜空には彼女の名の由来となった月が、煌々と輝いている。
 今宵は満月だ。
 雲がかかっていない今は、灯りなしでもそれほど暗くはない。

(確か、こっちの方だったと思うんですが……)

 それでも足元は薄暗い為、転ばないように壁伝いに歩く。
 しばらく歩いたところで、不意に足元に違和感を感じた。
 どうやら何かを踏んづけてしまったようだ。

「ねずみの死骸……?」

 しゃがんで見てみれば、掌サイズのラットが横たわっている。
 暗闇だったとはいえ死骸を踏んづけてしまうとは不覚。
 ルナはラットの為に、丁寧に祈りを捧げた。

「――って、え?」

 ルナは改めてその死骸を見て、息を呑んだ。
 悪趣味な事に、腹部から背中にかけて鋭い木の枝で串刺しにされている。
 そして、良く見れば一匹だけではなかった。

 そこら中に、同じように串刺しにされたラットの死骸が幾つも散らばっている。
 いや、ラットだけではない。
 蝙蝠や蜥蜴、果てはゴキブリなど、小動物の死骸が全て木の枝で串刺しになっている。

「酷い……」

 どう見ても自然には出来ない光景だ。
 恐怖というより嫌悪感で、ルナは背筋に冷たいものを感じた。

「でも、誰が? 何の為に? こんな場所で?」

 最も重要なのは、誰がやったのか、だ。
 死骸の山の中には、まだ血が乾ききっていないものもある。
 つまり、こういう狂人じみた行為を行う人間が、ここにいるという事だ。

「あ、いえ、子供の悪戯という可能性もありますよねっ」

 無理やり明るく、ルナは言葉に出した。
 気分が落ち込まないようにしたつもりだが、どちらにせよロクなものじゃないと思い直して肩を落とす。

(と、とりあえず野営地へ戻りましょう。
 ここにいても意味はありませんし、見張りの仕事を放っておく訳にもいきませんし……おや?)

 立ち上がろうとした時、地面に足跡を発見した。
 どうやら靴を履いたものであるらしく、人間なら子供くらいの大きさだ。
 亜人種まで視野に入れるならゴブリンかコボルトだろうが、彼らは靴を履くのだろうか。

(……嫌な予感がします)

 一抹の不安を感じつつも、ルナは野営地へと戻っていった。


 目が覚めると、夜は明けていた。
 ルトラは寝ぼけ眼をゴシゴシと擦り、大きく伸びをする。
 やがてコヨーテが起きている事を知ると、満面の笑みを浮かべて挨拶した。

「おはようございます、コヨーテさん!」

「ああ、おはよう。
 今朝はやけに元気じゃないか」

「そりゃもう!
 今日からいよいよ調査開始ですからね。
 天気はあいにくですけど、頑張りましょう!」

 コヨーテは曖昧な笑顔で、人差し指を立てて唇へと持っていく。
 そしてそのまま、近くに横たわるルナを指した。
 ルナは防寒具の上から毛布に包まれ、穏やかに寝息を立てている。

「悪い、もう少し休ませてやってくれよ」

 見張り役となったルナは、明け方にコヨーテと交代していたらしい。
 彼女は何度も断ったが、眠気と警戒で磨り減った精神では意志が弱くなるもの。
 ついにはコヨーテが粘り勝ち、彼女は束の間の仮眠を取る事になったのだ。
 彼女の名誉の為に言っておくよ、と最後にコヨーテは付け加えた。

「分かりました。
 野営で安全に朝を迎える事ができたのも、ルナさんのお陰ですからね」

 見張りとはそういうものだと、コヨーテは言う。
 何も起こらなかったから無駄だった訳じゃない。
 ただ見張りがいるというだけで、他の者は安心して休む事ができる。

「ところで他の皆さんはどちらへ?」

「他の連中ならあっちの方で朝食の準備中だよ。
 バリーが見つけた、この辺でしか生えてない野草を煮てるところだ。
 何ていう名前だったか……忘れたけど、チコが興味持ってさ」

「野草、ですか?」

 ルトラはちらり、と足元に生えている草を見る。

「そこらの雑草とは違うぞ、イメージとしては山菜に近いか。
 結構な量が見つかったらしいから、野草のスープでも作ってるんじゃないかな。
 ルトラさんも味見役として手伝ってくるといい」

「なんと、それはちょっと楽しみになってきました。
 ……コヨーテさんは行かないんですか?」

「オレはいいよ、彼女の傍にいる。
 目を開けたら誰もいない、なんて笑えないしな」

 時折むにゃむにゃ言ってるルナへと、コヨーテは再び目を向ける。
 テンションが上がりっぱなしのルトラは、悪戯心でつい『からかってみよう』と思ってしまった。

「あー、もしかしてアレですか。
 コヨーテさんって、ルナさんの事が好きだったりするんですか?」



 まさに即答だった。
 むしろこっちがからかわれたと錯覚するくらい、ハッキリと。

「あ、そ、そうなんですかー……」

 アハハ、と乾いた笑いしかでない。
 ここまで堂々とされるとこっちの方が恥ずかしい。

「そそそそれではわたしはバリーさんたちのところで行きますので……」

「ああ、もう少ししたらオレたちも行くよ」

 そそくさと、ルトラはその場から離れた。


 挙動不審なルトラに疑問を感じつつも、コヨーテは深くは言及しない。
 それにしても、と思う。

 ルトラはどうして当たり前の事を訊ねてきたのだろう。

(……嫌いな訳ない。仲間なんだから)

 あくまで、仲間として。
 コヨーテはどこまでも鈍い自分には気づかない。
 そして、さっきまでむにゃむにゃ言っていたルナが、妙に静かになっているのにも気づかない。



「それでは、行きましょう皆さん!
 頑張りましょう、この聖務にはわたしの昇進も掛かっておりますので!」

「……最初は左翼棟からだったな」

 バリーは意外と俗っぽい言葉を聞き流して歩を進める。

 あれからルナも目覚めて、全員で軽く朝食を摂った。
 チコが味付けした野草のスープはまずまずの味だったが、まだ改良の余地はありそうだ。
 保存食ばかりで塩辛い味に辟易していたコヨーテらは、さっぱりしたスープは意外なご馳走だったのだが。

 コヨーテとしては、スープの味よりルナの挙動が気になる。
 どうも避けられているようで、まともに目も合わせてくれない。
 今朝、見張りを代わってあげた事が彼女のプライドを傷つけてしまったのだろうか。

 そんな事を考えていると、左翼棟に着いたようだ。

「うわ、こりゃ酷いね」

 左翼棟に到着してのレンツォの第一声がそれだ。
 瓦礫の山と表現するのが一番似合いそうな有様である。
 
「昨夜の時点である程度は想像できたのですが、よもやここまで酷いとは。
 これでは正直、調査もクソも……っと、ゴメンナサイ。
 えっと、調査も何もあったものじゃないですね」

「どうする?
 こんな有様じゃ瓦礫を撤去するのもこの人数じゃ厳しいぞ」

「ですよねぇ……
 んーん、とりあえずここはこのままにしておきましょうか。
 教会にはわたしが言っておきますので、皆さんは右翼棟と主塔の調査に専念してください」

 何にしても、重労働が一つ減ったのは僥倖だ。
 話の分かる依頼主で助かった。

「みんな、ちょっと見てみなよコレ。
 何か物音がすると思ったら、こんなのがあるよ」

 いつの間に移動したのか、レンツォは壁際に立って手招きしている。
 ルトラたちが瓦礫の山に気を取られていた隙に調査を行っていたらしい。

「……亀裂?」

「ただの亀裂じゃない……と言いたいけどただの亀裂なんだよね。
 ま、問題はそこじゃなくて、ここだよここ」

 レンツォは足でゲシゲシと地面を蹴りつける。

「雪が積もってないだろ?
 それに荒らされてるし、何かが通った跡みたいなのもある。
 何者かがこの亀裂を使って出入りしている事は間違いないと思うよ」

「何者か、って……イタチとかキツネとかでしょ?」

「どうだろうね。
 ハッキリとはしないけど、獣じゃないかも。
 獣のニオイっていうのかな、獣の痕跡みたいなものが見つからないんだ」

「獣じゃないなら、別の何かって事か」

「それも断定はできないね。
 というか、むしろその可能性の方が低いと思うんだけど。
 ま、少なくとも現段階では獣と断定するのはどうかと思うね」

「あ、あのう……」

 おずおずと、控えめにルトラが手を上げていた。

「あの……昨日の女の子、メアリちゃんでしたっけ。
 彼女、なんて事はないんですか?」

 メアリ。
 昨日出会った、盲目の少女。

「どうかな……」

 彼女は友達に会いに行っていたと話していた。
 そして彼女が歩いてきたのはまっすぐ湖の向こう側、つまり修道院跡の方向だ。
 見れば、亀裂は小柄な彼女ならどうにかすり抜けられるくらいの大きさではある。

「……例え彼女がここに出入りしていても、オレたちには関係ない。
 ここでボーっとしていても始まらない訳だし、調査を続けよう」

 疑問は増えていくばかりだが、考えても栓のない事だというのは分かりきっている。
 気持ちを切り替えて、コヨーテらは右翼棟へと移動する。

「わあ、お日様が差し込んできましたねっ!」

 空を見上げると、分厚い雲の切れ目から日の光が差し込んでいた。

 日の光が修道院跡を鮮明に照らし出す。

「へぇ、こうして見ると保存状態は想像以上ってとこか。
 俺たちは大変だが、ルトラさんにとっては良かったな」

「えへへ、ありがとうございます。
 これも主の思し召しですね。
 では早速、調査開始と行きましょう!」

 やたらと張り切るルトラを中心に、まずは入り口を探す事から始める。
 グリグオリグ修道院は廃棄されて久しい。
 左翼棟ほどではないが、建物の機能がその役割を果たしていない状態にある可能性もある。
 なので、目の前に扉があるにも関わらず、その重厚な扉が押しても引いてもビクともしない事実は厄介だった。

「おーいこっちこっちー。
 ここなら扉をブチ壊しちゃえば入れると思うよ」

 チコが見つけたのは、老朽化してぼろぼろになった鉄製の扉だ。
 辛うじて形を保っているだけの扉は、コヨーテが一蹴りしただけで真っ二つになって崩れ落ちた。

「ああ、何て事を……」

「どうせ建て直すなり何なりするんだろう?
 こっちの方が手っ取り早い。

 それより、建物に入ったら警戒は解くなよ。
 ルトラさんはオレの後ろに着いてきてくれ、くれぐれもはぐれないようにな」

「ハイ、お願いします」

 全員が頷くと、コヨーテは扉をくぐった。
 室内はまだ日が高いのにも関わらず、真っ暗な闇が広がっていた。
 どうやら窓や扉の類は全て閉じられているらしい。

 中の様子を知ったチコは、すぐに火口箱でランタンに火を灯す。
 柔らかなオレンジ色の光が、修道院内部を照らした。

「おお……」

 感嘆の声を漏らしたのは、バリーだ。

「凄ぇな……
 ここまで状態が保存されてるとは、奇跡的だぜこりゃあ」

 恐らく、可能な限り外気との接触が絶たれていた為だろう。
 壁や備品にも、それほど目立つ劣化が見られない。
 反対に、それだけ空気が淀んでいるという事でもあり、非常にカビ臭い。

「さて、まずはどうするルトラさん。
 これだけ状態が良いのなら、アタリをつけて調べなきゃ時間の浪費になるぞ」

「そうですね。
 ではまず、資料が残っていそうな部屋を探す事にしましょう。
 望み薄な部屋とかは基本的に無視して、ですね。
 あと、何か気になる物があっても、皆さんは手を触れないようにお願いします」

「よし、そうと決まればさっさと片付けちまおうぜ」

 方針が決まってからは、全員での調査だ。
 これだけ保存状態がよければ、レンツォ一人に任せるには広すぎる。
 また、こまめに声を出すルールを設けて、誰かがはぐれてしまう危険性を排除する。

 しばらく緩やかに歩みつつ調査を続けると、二階へと続く螺旋階段を見つけた。
 そこも例外なく保存状態は良く、まだまだ充分に実用に耐える事だろう。

「んんー。
 一通り見た感じだと一階はほとんどがエントランスホールと、あとは食堂だったね。
 資料室があるとするなら、たぶん二階じゃないかな。

 階段も崩れる心配はなさそうだし、昇ってみようか」

 レンツォは軽く言うが、それでもリスクを低減する為にも階段を昇るのは一人ずつだ。
 さすがにルトラを一人残すのはマズイので、彼女はコヨーテと一緒に昇らせた。

 二階に昇ってすぐにある、目の前の扉が強烈な存在感を放っている。
 部屋の規模は分からないが、見た感じだと相当大きそうだ。
 コヨーテはほとんど枠に引っかかっているだけの扉をどけて、部屋へと入った。

「なんて事だよ……文献のほとんどが手付かずのまま残ってやがる」

 その部屋は広大な資料室だった。
 幾つもの本棚が所狭しと並んでおり、保存されている資料も手をつけられた跡がない。

「わぁ、ホントですね。
 これなら――」

 刹那。
 

「――え?」

 言葉を言い切る前に、ルトラは呆けたような声を上げた。

 同時に、何かの液体が宙を舞う。

「ルッ――」

 オレンジ色に照らされたそれは、真っ赤な色をしていた。
 コヨーテの叫びが終わる前にルトラは後ろへと倒れこんだ。

「ルトラさんッ!?」

 彼女が襲われたのだと理解するのに、たっぷり一秒の時間が必要だったのは迂闊だった。
 鈍く光る刃は、ぐるりと曲がってコヨーテの首へと迫る。


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周摩

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