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『みえないともだち』(4/8) 

 再び風を切る音がして、コヨーテはゾクリと殺気を感じた。
 自分の戦闘の感だけを頼りに、【レーヴァティン】をそのまま振り下ろす。
 ヂィィィィン! と、金属と金属が擦れ合う音が資料室に響き渡る。

「お前はッ――!?」

 ランタンの乏しい灯りに照らされたそれは、濃紺のローブを目深に被った『影』だった。
 その手には鈍く輝く細いナイフが握られていて、紅く妖しく光っている。

「何よこいつッ!?」

 ミリアが双剣を振るい、『影』を切りつけようとする。
 だが、まるで当たらない。
 相手はナイフで防御するまでもなく、その常人離れした体裁きだけで攻撃を避けているのだ。

「バリー、チコ! 足を止めてくれ!」

 回避行動を取りつつも繰り出される鋭い刺突を捌きながら、コヨーテは指示を出す。
 指示を受けて一秒後、チコの放った矢が『影』のローブを打ち抜いた。
 だが、位置から鑑みれば肉体には届いていないだろう。

「外してないよ」

 チコの言葉通りに『影』はがくん、と動きを止めた。
 打ち抜いた矢が、ローブと背後の本棚を繋ぎ止めている。

 所詮は矢と布での連環だ。
 効果はほとんど期待できないだろうが、戦闘ではその一瞬が命取りとなる。

 『影』がローブを強引に引き裂くのに一秒。
 左右からのコヨーテとミリアの剣閃を回避するのに一秒。
 それだけあれば、バリーの【魔法の矢】は詠唱を完了している。

「《穿て》!」

 ランタンの灯りよりも鮮明な一筋の光弾が、尾を引いて『影』に突き刺さる。

「グオォォ――!!」

 打ち抜いたのは、人体で言えば下腹部だ。
 動きを止める程ではないが、まともな神経を持っていれば鈍る程度の効果はありそうだ。

「な、にッ!?」

 しかし『影』は動きを鈍くするどころか、打ち抜かれた衝撃を利用して壁を蹴った。
 そしてランタンを守っていたレンツォへと迫り、鋭い斬撃を浴びせる。

「うわあっ!」

 あのましらのような動きからの一閃は、戦闘向きではないレンツォでは受けきれない。
 余裕のないステップで辛うじて避けるも、集中を切らした際にランタンを落としてしまう。
 これを狙っていたのか、落下の衝撃で灯りが消えてしまった。

 資料室に漆黒の帳が下りた。
 どうやらこの場所ではあの『影』に地の利があるらしい。
 コヨーテの【夜目】を以ってしても、あそこまでの大胆な移動は不可能だろう。

「チッ、灯りを! 早く!」

 焦燥に駆られたミリアは叫ぶも、火口箱を持っているのはチコだ。
 火を熾せても燃やすものがなくては灯りとならない。

「……逃げた、みたいだな」

 さっきまでの殺気が、見事に消えていた。
 コヨーテの言葉に半信半疑だった他のメンバーも、しばらく経っても反撃がこない事を知ると、ほっと胸を撫で下ろした。
 どうやら灯りを落としたのは反撃の為ではなく逃走の為の時間稼ぎだったらしい。

「何だったんだよ、今のは……」

 緊張で乱れた呼吸を整えつつ、レンツォはランタンをチコへと渡した。

「オレたちを殺すつもりがあったのか、それとも警告か……」

 と、ようやく余裕ができたからか、コヨーテは思い出した。
 戦闘の直前、ルトラがあの『影』に傷つけられていた事を。

「そうだ! ルトラさんは無事なのか!?」

「今のところは大丈夫です。
 気を失っているみたいですが、しっかりと呼吸はしています」

 ルナは戦闘が始まってから、ずっとルトラの傍に付いていたらしい。
 【癒身の法】での傷の治癒は、傷口が見えなければ不可能だ。
 祈ればオートで傷を治してくれる程、神の秘蹟というのは便利なものではない。

 やがて熾した火がランタンへと移り、資料室に淡い光が戻る。
 改めて見ると、ルトラの傷はえぐられたように肩口から胸にかけて走っている。

「良かった、それほど深くはなさそうだ」

 その傷も、【癒身の法】で全快した。
 意識は相変わらず戻らないが、呼吸は安定して来ている。
 とりあえずは、これ以上の手当ては必要ないはずだ。

「……さて、これからどうするかだな」

「ルトラさんの意識が戻るまで調査は始められないからな。
 無理やり意識を取り戻させるってのも酷だからな、自然に戻るまで待ってやった方がいいだろう」

「仮に意識を取り戻してもすぐに行動できるとも思えないしな。
 ここは自然に意識を取り戻すまで待つ他なさそうだな……」

 しかし、とコヨーテは『影』の逃げていった方向へ目を向ける。

「――あの『影』は何だったんだ?」

「……正直、想像もつかねぇな。
 そもそもあれが人間だったのか獣だったのかも分からん。
 猿のように身軽だったが動きが洗練され過ぎていたな。
 おまけに灯りを消して逃げた事から、高い知能を持ってやがるのは間違いないな」

「そういえばあのローブ、大昔の修道士が着ていた僧服のようにも見えましたね」

「修道士の亡霊だったりして」

「……笑えねぇな。
 だが、肉体を持っていた事を鑑みるとちょっと考えづらい。
 どっちにしろ、現状では類推する情報すらないんだ、ヘタな想像は危険だぜ。
 今のところはこの修道院が安全な場所じゃないって事を意識するに留めておいた方がいいな」

「だったら、一刻も早くここを離れるべきだ。
 さっきの動きを見るに、ヤツはこの場所を知り尽くしている感じだったし、もし再度襲撃されても対応しやすい中庭へ移動した方がいいんじゃないか?」

「今はそれがベストだろうな……
 とりあえずコヨーテ、ルトラさんはお前に任せた。
 お前なら道中で襲撃があってもどうにかできるだろ?」

「……適当に言い繕ってオレに彼女を担がせようとしてるのは見え見えだぞ」

 それでも見え見えだとしても他に適任がいない以上、担がなくてはならない。
 ため息一つつくと、コヨーテは意識を失って重くなったルトラの身体を背負った。



「……よっ、と」

 野営地へ辿り着くと、コヨーテはルトラをそっと地面へと下ろした。
 彼女の顔は青ざめ、額にはうっすらと脂汗を浮かべている。
 突然襲撃されるという壮絶な経験をしたからか、悪夢にでもうなされているのかもしれない。

「みんな、ちょっと動かないで」

 それぞれが腰を下ろす前に、レンツォが口を開いた。

「どうした?」

「いやね、気になる事があって……」

 呟きつつ、レンツォは置いていた荷物を注意深く観察する。
 やがて得心したように頷くと、表情を硬くする。

「……やはりね。
 誰かがこの拠点を調べた形跡がある。
 僕らが探索してる間だね」

「何ですって!?」

「間違いないね。
 これでまた一つ、注意のタネが増えちゃって頭が痛いよ」

 やれやれとレンツォは頭を振る。

「しかも、だ。
 痕跡はキレイに消しているくせに、玄人が見ればすぐに分かるように気配を残してあるんだ。
 自然に残ったものじゃない、あえて気づかせる為に残してあると考えるのが無難だろうね」

「それって、さっきの『影』の仕業なの?」

「考えられない事はない……と言いたいところだけど、ありえないかな。
 まず時間的な辻褄が合いそうにない。
 何より、僕らの行動を監視して襲撃すらやってのけたさっきの『影』が、わざわざ何も置いていない野営地を調べる意味も薄いしさ」

 それでは一体誰が、こちらの動向を観察しているのか。
 さっきの『影』だけでも混乱しているのに、さらに厄介事が増えてしまった。

「ともかく、用心に越した事はない。
 今までドタバタしていた事だし、休憩がてら情報の整理と行こうか。
 まずは――」

 コヨーテがチコへ視線を移すと、彼女は笑顔で頷いて、そこらの雪をかき集めてヤカンへ詰め込んだ。


「ルトラさんの意識が戻ってからの行動だけど、まずは資料室の文献を調査するところからだと思うが、何か問題あるか?」

 コヨーテは茶が行き渡った事を確認してから切り出した。

「それ自体は問題ない、それより問題なのは時間だ。
 見ろ、もう太陽は西に傾いているし、この時期は太陽が沈むのは早い。
 もうすぐ日が暮れるし、今日の内に文献の調査を済ませるのかどうかは悩みどころだな」

「日が暮れても棟の中はほとんど暗闇でしたし、その件に関しては問題ないのでは?」

「大有りだよ、『影』だ。
 ヤツは確実に夜目が利いている。
 俺たちが暗闇でヤツと戦えば、また灯りを消されてしまう危険性を孕む事になる。
 さっきは逃走に使われたが、もしあの時反撃に使われていたら、目も当てられなかったと思う」

 『影』。
 資料室へ足を踏み入れた一行と、たった一人で互角の戦いを繰り広げた謎の存在。

「……あの『影』、また襲ってくるんでしょうか?」

「あの場では俺には警告のように感じられたからな。
 このままここに居座れば、また襲われる可能性は高いと見ていい。
 ただ、さっきの戦いぶりから見ても、相手は馬鹿じゃない。
 自分の不利になる、この野営地のような広い場所では襲ってこないだろう」

 バリーは渇いた喉を茶で潤す。

「あるとすれば夜……眠っている間が危険だ」

 寝込みを襲うのは古今東西を通じて有効な奇襲法だ。
 地の利があちらにある以上、何をするにしてもイニシアチブを取られてしまう。

 そして敵は『影』だけではない。
 仮想敵に、この野営地を調査した何者かの存在もある。
 それらが導き出すのは、こちらに安眠すら許さない、不利な状況だ。

「話が逸れちまった、今日の調査の話だったよな。
 いずれにせよ暗闇なのも同じだし、あの資料室を調査しなけりゃならないのも代わりはないんだから、早いところ片付けちまうってのにも一理はある。
 何にしても、行動方針の決定はルトラさんの意識が戻ってからだ。
 そもそも意識が戻らなかったら調査どころじゃないんだしな」

「やれやれ……楽な仕事だと思ってたのに。
 これは随分と割に合わなそうな仕事になったじゃない」

「そうだねぇ。
 あ、ミリア、悪いんだけどちょっと横にずれてくれない?」

「? 何よ――」

 ミリアの言葉が終わる前に、何かが彼女の隣を飛んでいった。
 ちらりと見た感じだと、掌サイズの投擲用ナイフのようだった。

「ちっ――」

 レンツォは思わず舌を打った。
 茂みに突き刺さったはずのナイフが、何の音も立てていない事を知ったから。
 完全な奇襲だったはずなのに、悠々と止められてしまった。

(参ったなぁ……
 こりゃやっぱり投擲術を習うべきなのかな。
 自信満々にやったってのに、ものすごくカッコ悪いや)

 あまりの不甲斐なさにテンションを二段階ほど落として、レンツォは事態が飲み込めていないメンバーと動かない茂みに対して言い放つ。

「あー、もうこっちは分かってるんだからさ。
 コソコソ隠れてないで出てきたら?」

「……チッ、やれやれだ。
 思ってたよりも、ずっとやりにくそうな相手じゃねぇか」

 茂みからは、男の低い声が聞こえてきた。
 気配も音も消していた男はわざとらしくガサガサと茂みを揺らして、こちらへ歩み寄ってくる。

 長身痩躯という言葉がこれほど似合う男はいないだろう。
 一見して優男だが、表情には余裕の笑みが見て取れる以上、六人を相手にしてもやり過ごす自信はあるのだろう。

「よっ、皆さんお揃いで。
 ?」

「………………」

 コヨーテは無言で男を睨みつける。
 こいつはどこまでこちらの事情を知っているのか。 

「オーイオイオイオイ、そんなに怖い顔しないでくれよ。
 こっちはもう冒険者稼業から足洗って長いんだ。
 んなツラで凄まれたら、腰が抜けちまわぁな」

「それは結構。腰を抜かしてくれればこちらもやりやすいものを」

 単なる軽口なのか挑発なのかは分からないが、コヨーテは全てを捨て置いた。
 その返答にいやらしい笑みを浮かべた男は、手の中で弄っていたナイフをレンツォへと返した。

「とりあえず、勝手に自己紹介だけさせてもらうぜ。
 俺はセワード。
 エイブラハム家の管財人に雇われただ」

「リスクブレイカーだと?
 厄介なのが現れたな……そういう事かよ」

 バリーは苦々しい表情で舌を打つ。

「そういう事って、どういう事です?」

「リスクブレイカーってのはその名の通りだ。
 クライアントのリスクを軽減するのが生業の、言っちまえば何でも屋だ。
 裏取引から要人暗殺、盗み、強請、誘拐、その他諸々……まぁ裏工作専門の冒険者ってところか」

「オイオイ、聞こえてるぜバリー?」

「わざとだ、気にするな」

 嫌悪感を隠そうともしないバリーの言葉にも、セワードは余裕の笑みを崩さない。

「それにしても散々に言ってくれるねぇ……
 自分じゃ冒険者時代よりはマシになったと思ってるんだけどな。
 ま、いいやそんな事は。

 俺たちみたいな人種は、周囲の評価が何一つ有益なものをもたらさない事は知ってるからな。
 言いたいヤツには言わせておけばいいのさ、そうだろ?」

「で、そのリスクブレイカーとやらが、私たちに何の用なのよ」

「あぁ、それは――」

「違うぞミリア。
 オレたちはこう聞くべきなんだ。
 『』と」

「……へぇ、ブレインはバリーのはずだが、アンタも油断ならねぇみたいだなコヨーテ。
 まぁ、俺がここにいる理由なら情報通のバリーなら知ってるんじゃないか?」

 それでも笑みを絶やさないセワードは、バリーへと目を向ける。
 向けられたバリーは苦い顔で舌打ちする。

「……エイブラハム家、ねぇ。
 道理で、教会からの依頼にしちゃあ内密に進められていた訳だぜ」

 バリーは自分のカップに注がれていた茶を飲み干して、説明を始める。



「エイブラハム家ってのは、西方諸国でも有数な名家でな。
 何年か前に運営陣が入れ替わって以来、急激に勢力を拡大し始めている。
 海洋貿易で一山当てたボスケっていう豪商が、当時落ち目だったエイブラハム家に末期養子を送り込んで乗っ取り同然に運営を牛耳り始めたんだ。
 それ以来、裏の世界じゃエイブラハム家の悪評が跡を絶たない訳だが、悪評が流れる度に国政での発言力が増して、財も貯まっていくっていう図式で、今じゃあ『泣く子も黙る有力貴族様』って案配だ」

 
 バリーが依頼を受ける直前まで渋っていた理由に、貴族の介入があった。
 目の前には貴族のリスクブレイカーがいる以上、不安は的中したのだ。

 そのリスクブレイカーは大げさに拍手して、堪えきれない笑いをもらした。

「さすがに事情通だな、アンタ」

「ハン、それにしても分からないのはお前の態度だ。
 お前がどれほどの腕前なのかは知らんが、リスクブレイカーを名乗る人間が会って早々、自分のクライアントをばらすはずがないと、少なくとも俺はそう思っていたんだが、それは俺の勘違いか?」

「……そいつはまぁ、基本のところじゃ間違っちゃいないぜ。
 だが、今回は例外ってヤツだ。
 俺は武器になると信じたものは、それがクライアントの命だろうが何だろうが、躊躇なく使う。
 だからこそ、俺はこれまで生き延びて来れた訳だが……

 ま、要するにだ。
 今回のケースではアンタたちにはエイブラハムの名前を知らせておいた方が、仕事がやりやすいと思った訳だぜ」

 セワードはどこまでも余裕のある笑みを崩さない。
 正直、こういう男が一番やりにくい事を、バリーは知っている。
 クライアントへの忠誠が低い輩ほど、付け入る隙が少なくなるからだ。

「……疑ってるな?
 いいねぇ、それくらい用心深い方がかえってアンタたちを一流として信頼できる。
 好材料だぜ、アンタのその目」

「信頼だと?」

「そうだ。
 さて、邪魔な眠り姫ルトラが目を覚まさない内に、交渉開始と行こうや。
 まずはアンタらの質問に答えてやるぜ、何でも訊いてくれよ」

 どうやら、この男は本気で交渉をしたいらしい。
 交渉とのたまうくらいだ。
 あちらの条件はほとんど分かりきっているのだが。

「じゃあ訊くが。お前の目的は?」

「俺の仕事は単純なものだ。
 けど残念ながら、そこはアンタたちには教えられない。
 ま、とにかくアンタたちに何らかの被害が行くような事はないと明言しておこう」

「ハン、随分な答えじゃねぇか。
 何でも訊いてくれとのたまった割にゃ歯切れが悪いぜ」

「……悪いね。
 けど実際のところ、アンタたちは俺の仕事を知ろうが知るまいが、全く大勢に影響はないんだよ。
 とにかく、俺の仕事が無事に終わればエイブラハム家の人間も、ヴォルカン海運――ボスケが運営している海運会社――の連中も、俺も、ついでにアンタたちもガッポリ儲けてしばらくは放蕩三昧が出来るって訳さ」

「……その話を信用しろと?」

「ち、用心深い連中だな……俺が冒険者だった頃はもうちょっと阿呆が多かった気がするぜ」

 だからこそだろう、と思ったが口には出さない。

「まぁいいさ。
 交渉が進まないのなら切り札ジョーカーを切ってでも交渉を進めるのが俺の流儀。
 オーケイ、情報公開だ」

 そう言いつつも余裕を崩さないところを見ると、ある程度は予想していた事態なのだろう。
 結局、信頼されているのかされていないのか。

「簡単な話だ。
 我がパトロン、偉大なるゴーン・エイブラハム子爵とそのお父上は、この修道院一帯の荘園をご所望なのさ。
 最近、海運業界に貿易のオイシイところを尽く持って行かれてる陸運関係の商人は、巻き返しに必死でな。
 政界の偉いところを抱き込んで次の手を打ってきたって訳だ。
 その次の手ってのが、最近になってリューンやオルパラゴーニで力を入れて行われている、例の盗賊狩りだ」

「……なるほど、って訳か」

「そういう事だ。
 これまでほとんど放置されて、すっかり盗賊の温床になっちまってた西方諸国以西への交易路を整備して、陸路の交易を盛んにしようって働きかけさ。
 西域への道が開いて、宿場町のひとつでも置いとけば、後は勝手にカネがばら撒かれるって寸法だな。
 もちろん、交易の美味しいところはこれを狙ったヤツらが全部持っていく」

 そうなれば海運だけで成り上がったヴォルカン海運は乗り遅れる。
 エイブラハム家も海沿いにしか領土を持たない為、どちらにせよ不利だ。

「まぁ、乗り遅れるからって指を咥えて見てるだけじゃないのが豪商の豪商たる所以なんだよな。
 自分たちを除け者にして儲け話が展開されるのが、何よりも嫌いな訳だ、アイツらは。
 んで、俺の直接のクライアントである管財人の出番となった訳だが……
 あのハイエナども、一体どっから情報を仕入れてきてやがんだ?
 時々、この俺でさえ我が目を疑う事があるよ」

「………………」

「カネを生み出す為だったらヤツら、悪魔にだって平気で魂を売り渡すだろうよ。
 あぁ違った、『売り渡す』じゃないな。
 『貸し出す』んだ、後で利子を死ぬほどふんだくってな」

 それが、豪商。
 どれだけ取り繕っても、大きくなりすぎた商人の本質とはそういうもの。
 利益だけで関係を築いた先に、何があるのかも理解できていないのだ。

「あー、まぁそんな事はどうだってよかったか。
 とにかく、ヤツらのハイエナ情報網が掴んできたのが、今回の教会の一件って訳よ」

「……アンタのクライアントの立場は分かった。
 だが、それと教会がどう関係している?」

「これがまた話すと厄介な事になってるんだ。
 ちょっと長くなるけどいいか?」

「ゴチャゴチャ言ってないで話せよ。
 少なくとも眠り姫が目覚めたら困る話なんだろう?」

 コヨーテの言葉に、ようやくセワードは余裕の笑みを消した。
 代わりに口元には歓喜というか、面白いものを見つけたような笑みが現れている。

「アンタ、リスクブレイカーに向いてるかもな」

「そうかよ」

 冗談とも本気ともつかぬ言葉を、コヨーテは一蹴した。

「さて、それじゃこの『グリグオリグ修道院と異民族の侵攻』にまつわる長いお話を始めさせていただくぜ……」



「……元々この辺り一帯はメッカニア家って有力貴族が所有していた荘園でな。
 昔は今みたいな気候じゃなく、そこそこは作物も採れる肥沃な大地だったらしい。
 だが、場所が良くなかった。

 すぐ隣が異民族との境界線だったんだ。
 まさしく一触即発の危険地帯ってヤツよ。
 最も、メッカニア家の力があった当時は、互いににらみ合いを続けていただけだったらしいが」

 セワードはそこで区切って茶を喉に流しこんだ。
 話を始める前に茶を要求してきたので、雪溶け水で薄めた茶を渡しておいたのだ。

「……均衡が破れたのは、メッカニア家の当主であるイーサーン子爵ラディケ・メッカニア他界直後だ。
 そんでお家騒動のゴタゴタに乗じて、西域の蛮族が侵攻を仕掛けてきた。
 で、当主のいないメッカニア家は統率が取れず、あっという間に荘園一帯は異民族に接収されちまった。
 この、グリグオリグ修道院を含めてな。

 余談だが、メッカニア家はこの後バラバラになって何人かは落ち延びたって話だ。
 ま、その後の血族者の消息は全く不明なんだが。
 噂じゃそのまま近隣の村落に身を潜めて、そのまま落ちぶれたとか言われてるな。
 動乱期の事だけに仕方がないとはいえ、何とも哀れな顛末だよな」

「興味ないよ」

「……で、時代は少し進んで十字軍時代だ。
 異民族とのチャンバラがバンバン行われていたこの当時、我らがエイブラハム家はまだまだ力持ちだったんだよな。
 力があればそれを行使して、更なる力を手に入れる事ができるのが当時の十字軍時代だ。
 ご多聞に漏れず、エイブラハム家も異民族の領土に軍を差し向けた。
 そのターゲットとなったのが……」

「ここ、か」

「ご名答、ここ旧メッカニア領イーサーンだ。
 という訳で、力を以って領土を取り返したエイブラハム家は当然『ここ、俺の土地』を宣言する。
 ま、当時のルールじゃそれがアタリマエだったからな。
 ところが、世の中そう上手く行かないモンでな、神様ってのはヘンなところで公平だからイヤになる。

 当時のエイブラハム家の領土に黒死病が蔓延するのと、イーサーン一帯――現在のこの辺りだ――が原因不明の厳寒期に突入するのとが二連発だ。
 おかげで心労から、当時のエイブラハム家の当主はまもなくポックリ逝っちまってな。
 『ここ、俺の土地』宣言をして書類一式纏めたところで、混乱のうちにお家は零落、その『権利証』も闇から闇へ葬り去られたかに見えた」

「つまり、それを管財人がどこからか見つけ出してきたという事か?」

「惜しい。
 じゃなく、そういう事実を知って書類を、が正解だ」

「………………」

 確かに、事実があれば誤魔化す事くらいはどうにでもできる。
 そもそも書類が失われたのは動乱期だ。
 一体誰がその書類が本物かどうかなんて判断できるというのか。

「……酷い話だ」

 バリーは吐き捨てるように呟いた。

「まだまだだぜ。
 こんなのはやり方としちゃ序の口だ。
 もっとえげつないのは聖北教会さ」

「……それはちょっと聞き捨てなりませんよ」

「おおっと、気に障ったんなら謝るぜ聖北のシスターさん。
 俺はいつでもどこでも立場は中立だ。
 教会に対して悪い印象は持っていないぜ。

 だが、えげつないのは誇張抜きに事実なんだよな、これが」

 頭ごなしに否定してやりたいが、この件に関してはルナは知らない事ばかりだ。
 まず話を聞かなければならないのだが、どうにも聞いてはならないような感覚を覚える。

 そんなルナの心境を露ほども知らない中立の男セワードは話を続ける。

「ところでアンタたち、どうしてグリグオリグがここ、イーサーン地方に修道院を建てたのかは知ってるか?」

「……知りませんよ。ルトラさんは知っているかもしれませんか」

「素直でよろしい。
 って事は、そこの眠り姫は忠実に上役の言う事を守ってた訳だ。
 ハハハ、そろそろバリーは感づいてきたかな?」

 言葉を振られたバリーは、疲れたような表情でため息をついた。

「ど、どういう事です、バリー?」

「……俺がルトラさんに尋ねた内容を覚えているか?
 この一帯の支配権が誰にあるのかという質問を、彼女が濁した理由は恐らく口止めされていたからだろう。
 彼女の言うムズカシイ問題ってのは『所有権は教会にもある』ってところじゃねぇのか」

「ご名答、さすがは『月歌を紡ぐ者たち』のブレインだ。
 結論から先に言っちまえば、『所有権が二つある』って事さ。

 そもそもグリグオリグがこの場所に修道院を建てた事が発端な訳で。
 当時この一帯を支配していたイーサーン子爵ラディケ・メッカニアは何らかの、誰にも相談できないような悩み事を抱えていたらしく、領土での執務をほったらかしにしてはディスキプリーナの教会に日参していたらしい。
 その悩みってのは俺も知らないんだが、とにかくその悩みに一条の光を差し伸べたのが、当時ディスキプリーナの教会で教鞭を振るっていたグリグオリグだったって訳だ。
 グリグオリグはその後、何らかの宗教論争で教会のタブーに触れるような事をやっちまってディスキプリーナを放り出されるんだけど、そこで路頭に迷ったグリグオリグを救ったのがラディケ・メッカニアだったんだ。

 子爵は彼のパトロンとして彼を擁護し、自身の領土を彼に貸し与える事を契約した。
 それを契機にグリグオリグは自らの宗派を起こしてここに修道院を建て、そこに彼に賛同する弟子たちが集まってきた。
 そうして、グリグオリグ修道院がこの地に完成したって訳だ」

「……待てよ、その話と利権問題がどう繋がる?」

「まぁそう慌てなさんな。
 慌てるナントカは貰いが少ないってのは業界じゃ常識だぜ。
 その前に茶をもう一杯くれないかな。
 久々の長話だ、喉が渇いて仕方がねぇ」

 渋々チコが彼のカップに茶を注ぎ、セワードは一気にそれを飲み干した。

「……とにかく、ラディケ・メッカニアという人物はグリグオリグに心酔していた。
 だから彼の存在が聖北教会で不当な扱いを受けるのはガマンならなかったらしい。
 で、周到な事に、彼は生前『遺言状』をしたためていたのさ。
 その遺言状には、こう書かれていたらしい」

『グリグオリグ修道士の偉業、功績、彼の残した奇蹟を讃え、彼を聖人に列せ。
 彼の列聖と聖北教会への復帰が成された暁には、イーサーン領の全土を聖北教会に寄進するものとする』

「……嘘でしょう?」

 信じられないという声を出したのは、ルナだ。
 今、彼女らが置かれている状況と、依頼の内容と、遺言状の内容を鑑みれば、一つの事実が浮かび上がる。
 それを認めるには、聖北教徒のルナには厳し過ぎる。

「ところが、嘘じゃない。
 教会が血眼でグリグオリグの列聖を成し遂げようとしている理由が、これで理解できたかい。
 ヤツらはこの遺言状を楯に、エイブラハム家の所有権を否定してきやがったのさ。

 ……と、ここまで言えば俺の仕事はもう分かるよな。
 要するに俺の仕事は教会のグリグオリグ列聖調査を失敗に終わらせる事なんだよなぁ」

「待ってください、だったら、私たちは……」

「アンタや眠り姫には酷な話だが、『お飾り』って事さ。
 教皇庁としても体面は気にするからな。
 何もない状態からグリグオリグの復帰と列聖を認めるのはやりすぎだと思ったんだろ」

 信じられない話だが、全てが事実としか思えない。
 エイブラハム家に知られないように簡単に修道院を調査させ、その報告を元に列聖審査、調査団の派遣、大々的な発表を行ってエイブラハム家の所有権を剥奪という流れが、目に見えるようだ。
 何かが見つかろうと見つかるまいと、教皇庁は奇跡の記録をでっち上げてグリグオリグを聖人に仕立て上げてしまうのだろう。

「………………」

 誰もが、何も言えなかった。
 教会が真っ白だと信じて疑わないのは子供の頃までだったが、せめて灰色だと認識していた教会が、一気に真っ黒に染まってしまったような衝撃は大きかった。

「ともかく、俺がアンタたちに提供できる修道院の情報はこんなもんだ。
 残念ながら、アンタたちを襲ったあの影みたいなのに関しては、俺も何一つ知らない。

 ……で、もう訊く事はないか?
 ないなら俺の提案を聞いてもらいたいんだが」

「……あぁ、大体予想はつくがな」

 その反応に、セワードは苦笑する。

「アンタたちにはズバリ、何もしないで欲しいのさ。
 何もせずにいてくれるってんなら、そうだな……
 銀貨に換算して二〇〇〇枚相当の宝石を用意しよう」

「具体的じゃないな。
 もっと分かりやすく要求しろよ」

「何だよ、分かりにくかったか?
 じゃあもうちょっと具体的に言うとだな……
 アンタたちはここで眠り姫の依頼を放棄して、リューンなりどこへなり帰ってくれればそれでいいんだ。
 後は俺が勝手に仕事を済ませるだけだ、アンタたちには何の迷惑も手間も掛けさせないぜ」

 最早、論じるまでもなかった。
 提案を聞いたコヨーテは立ち上がり、セワードを睨みつける。

「彼女を見捨てて帰れ、と言いたいのか?」

 あくまで余裕を見せ付けたいのか、セワードは顔色一つ変えずに口笛を吹いて『ビンゴ』と言い放つ。

「アンタたちもこんな寒いところで二日も三日も居たくないだろ?
 それにアンタたちに教会から支払われる報酬がたったの銀貨一〇〇〇枚だって事もちゃあんと知ってるんだぜ俺は。
 この場から帰るだけで、それ以上の報酬がもらえるんだ。
 これ以上のオファーはないと断言できるが、アンタはどう思うんだコヨーテ?」

「改めて訊く事か?
 お前ならオレの感情を読み取れない訳もないだろう?」

「へっ、それでも正気を疑うぜ?
 これ以上ないってくらいのオファーを蹴るっていうのかよ」

「オレたちは、オレたちのやりたいようにやる。
 ……リスクブレイカーとなったお前には理解できないだろうがな」

 かつて冒険者だったセワードだったら、或いは理解できたのかもしれない。
 冒険者の本質とは、『自由』なのだから。

「……なるほどね。
 確かにアンタたちの考える事はよく分からねぇ。
 だがまぁ、アンタたちがそれを選んじまったんなら仕方ねぇよな。

 オーケイ、交渉は決裂だ。
 アンタたちはアンタたちの好きなようにやってくれ。
 全く、これだから信念持った冒険者ってのは始末に負えねぇんだ」

「その割には嬉しそうに見えるが?」

「……ハ、アンタたちのお陰でな。
 昔、失くしていたものを取り戻した気分だ。
 これで久しぶりに、任務を楽しめるってもんよ」

 余裕をかなぐり捨てたセワードの眼は、獰猛な獣のように鋭くなっていた。


To Be Continued...  Next→

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周摩

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