≪ 2017 05   - - - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 -  2017 07 ≫
*admin*entry*file*plugin

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


『みえないともだち』(5/8) 

「しかし、さっきの内にケリをつけておかなくて良かったのか?」

 あの後、セワードは一足飛びに茂みへと入り、そして消えた。
 そう錯覚する程に鮮やかな逃走術だった。

「……その隙はなかったな。
 交渉が決裂した際を見越して、あの位置に立っていたんだろう。
 あと一歩でもこちらに近づいていたのならどうにでもなったんだが……」

「交渉の仕方といい、食えない野郎だぜ」

「たぶん、今夜が山場だろう」

 交渉が決裂した以上、あちらは妨害してくるはずだ。
 そして、あちらの勝利条件は調査を行えなくする事、つまりはルトラの始末である。

 彼女を守る為にも、調査を行うにも、体力の回復は不可欠だ。
 あちらもそれは充分理解しているはずで、この隙を見逃すはずもない。
 故に、今回はくじ引きを行わずに見張りはコヨーテが行う。

 夜間の襲撃で最も頼りになるのが彼だからだ。

「一応、襲撃に備えてレンツォには呼び子の罠を用意してもらってる。
 万全とは言えないけど、現状ではこれが精一杯か」

「クソ、悪ィが頼むぜコヨーテ」

「任せろ」

 魔術の行使には精神の状態が大きく関わる。
 寝不足の魔術師では最大限の力は発揮できない。

「う、ううん……あれ、ここは……?」

「ッ! ルトラさん、気がついたのか!?」

「コヨーテさん……?」

 目覚めたルトラは、眼をぱちくりさせて周囲を眺めていた。
 記憶が混濁しているのだろうか。
 コヨーテは資料室での出来事と、今まで気を失っていたのだと伝えた。

「……あッ! そ、そうか、あの時――あ、あれ?」

 起き上がろうとして、ルトラは身体が思うように動かない事に気づいた。

「無理はするなよ。
 傷は塞がったが、流れ出した血は戻らない。
 オレたちみたいな荒れくれ者と違って、アンタたち一般人の身体は頑丈にはできていないからな。
 今日のところは安静にしていてくれ」

「……分かりました。
 コヨーテさんの言う通りにします。
 また、ご迷惑をお掛けしまして……」

「気にするな、あの一撃を事前に察知できなかったオレたちにも責はある。
 ひとまず今日はゆっくり休んで、明日から頑張ってくれればいいさ」

 頷いて大人しく横になるルトラを見ながら、コヨーテは悩んだ。
 さっきのリスクブレイカーの話をしておいた方がいいのか、と。

 バリーの方を見ると、彼は首を振っていた。
 落ち着いてからにしろ、という判断だろう。

「それにしてもルトラさん、アンタ運が良かったぜ。
 あれだけの傷を受けて無事だったんだからな」

「……確かに。
 神様に感謝しておきな。
 運が悪ければ、首から上が泣き別れしてもおかしくないような一撃だった」

 脅したつもりはなかったが、ルトラの顔色がさっと青くなる。
 震えつつ、胸の十字架を手に取ろうとして、引きつった表情で短く悲鳴を上げた。

「どうした、ルトラさん!?」

「なに……これ……聖印が、こんな形に……?」

 その聖印はぐにゃぐにゃに捻じ曲がっていた。
 時系列を考えると、さっきの『影』の攻撃を受けてそうなったのだろう。

「アイツにやられたのかな……にしても酷い。まるで溶けてるみたいだ」

「だが、それのお陰でヤツの攻撃が致命傷にならなかったのかもしれない。
 もしそうなら、本当に神に感謝しなくちゃな」

「そうでも、そうでなくても、神には感謝しています。
 でも、どうしてこんな形に……?」

 改めて見ても、奇妙だ。
 ただ斬撃を受け止めたというのなら、一方向にしか変形はしないはずだ。
 だのに、この聖印はあちこちを溶かして引っ張られたように変形している。

「……聖印は不浄なものを退ける力がある、という事はルトラさんもご存知ですよね?」

「ハイ、それが何か?」

「聖印が祝福を施した祭祀者よりも強力な力を持つ魔物の前に曝された場合、その効力は発揮されないらしいんです。
 それどころか、そのものに施された聖別は効果を失い、たちどころに腐り果ててしまうといわれています。
 力の強い亡者の前には、弱い力しか持たない聖印はあっけないほど無力になってしまいます」

「ん、待って。
 じゃあさっきの『影』は強力な亡者だって言うの?」

「可能性としてはありえないだろうな。
 だが、聖印が不自然な具合に捻じ曲がったのは事実。
 ……全く、本当に分からねぇ事ばっかりだぜ」

 バリーは頭を掻くと、疲れたように息を吐いた。

「それより、今日はもう休もう。
 もうすぐ日が暮れる事だしな」

 太陽はあと一刻もしない内に山の陰に隠れてしまうだろう。
 保存食での食事もそこそこに、各々は毛布に包まって横臥する。


 ……その時脳裏をよぎったのは神への感謝ではなく、どうしようもない不安だった。
 自分の信じていたものが音を立てて崩れていくような漠然としたこの不安は、わたしの信仰が所詮は砂の城のような儚く不確かなものであった事を意味していたのだろうか?

 かつてわたしの拠り所であった金色の十字架であったものは、わたしの懊悩を嘲笑うようにその日最後の西日を受けて、一層歪んだ影を長く地面に落としていた。

 あの歪んだ十字架は。
 あの長く歪んだ影は。
 わたしの神への信仰が揺らぐ事の暗示だったのだろうか?

 あの、忌まわしい、呪わしい出来事への――



 パチパチと、薪の爆ぜる音が控えめに聞こえる。
 その他の音という音が一切排除されたグリグオリグ修道院の正門は、穏やかながらも緊張した空気が流れていた。

「……眠れないのか?」

「あ、気づいていたんですか?
 見張り、ご苦労様です」

 ルトラはもぞもぞと起き上がると、焚き火をはさんで向かい側へ腰を下ろした。

「オレの事はいいから、もう体調は大丈夫なのか?」

「ええ、元々そんなに辛かった訳でもありませんし。
 でも……何か、誰かに呼ばれているような気がしたんです。
 って、ヘンですよね?
 気のせいだとは思うんですけど、気になりだしたら、今度は何だか目が覚めちゃって……」

「誰かに呼ばれている……?」

「――あ、きっと気のせいだと思います。
 気にしないでください」

 呼ばれているという表現に疑問を持ちつつも、コヨーテは悪夢でも見ていたのかと結論付けた。
 何もテレパシーの類に目覚めた訳でもないだろうし、捨て置いても問題はなさそうだ。

「……飲むか、ルトラさんも」

 コヨーテは傍らに置いていた葡萄酒のボトルを示した。

「あ、ありがとうございます。
 それじゃお言葉に甘えて、頂いちゃおうかな。
 そうだ、わたしおつまみ用意しますね。
 チーズと乾パンなら、まだ残ってたハズですから」

 いそいそと準備するルトラの表情からは、さっきまでの怯えだとか不安がキレイになくなっていた。
 欲を満たすというのは精神の安定には効果的なのだと再認識できる。

「……うふふ、なんだか子供の頃、寮長先生に隠れて夜中にみんなでお菓子を食べてたのを思い出します。
 こういうのって、楽しいですね」

「そういうものなのか」

「コヨーテさんは経験ありませんか?」

「……ないよ。昔はそんなにやんちゃしてなかった」

 限りなく無垢な質問だった。
 だからコヨーテも、気まずくならない回答を選んだ。
 この箱入り娘は幼年時代を奴隷として過ごしていたコヨーテの過去を知ったら、一体どんな顔をするのだろうか。

「ルトラさんの事について、聞かせてくれないかな。
 冒険者と依頼人がこうして夜中に焚き火を挟んで話す事といえば、定番だよ」

 冒険譚の方が定番な気もするが、黙っておく。
 警戒を解いてはいけない状況では、相手に喋ってもらった方が幾らか楽だからだ。

「わたしの事なんて聞いても、何もありませんよ。
 教会の中……冷たい風を遮ってくれる分厚い石壁の中で、教典を読んで、迷える人たちに、どこかで聞いたような優しい言葉をかけてあげる……
 世界の本当の姿を何一つ知らず、ものを言わない偶像に毎日お祈りを捧げて、大昔の誰が書いたかも分からない、本当かどうかも分からない古文書の研究をしているだけの女なんです」

「……アレンケ村長の言葉、気にしているのか?」

 あの言葉を浴びた時、ルトラは大きく動揺していた。
 今までそれを思い出す暇がなかっただけで、こうして落ち着いて物を考えている今だから響いてきたのかもしれない。

「……どうなんでしょうか、自分でもよく分かりません。
 ひょっとすると、昔から漠然とそういう風に考えていたのかもしれません。
 傷ついた人たちの手を握ってあげる事すらしないで、何が救いなものか、って……」

 ルトラは遠い眼で月を見上げ、

「……わたしの家、コヨーテさんはご存じないかもしれませんね。
 マッカレル家って、リューンの上流階級ではそこそこ名前の通った、名門といわれるような家柄なんです」

 呟くように、過去を振り返る。

「子供の頃はもちろん、何不自由なく暮らしていました。
 それがアタリマエだとも思っていましたし、自分の目に見えないもの……戦乱や困窮は世界には存在しないものだと思っていました」

「そんな上級階級のご令嬢が、なんでまたこんな辛気臭い教会の聖職者なんてやってるんだ?」

「変……ですかね、やっぱり」

 変というか、珍しいだけだ。
 わざわざ安定した上流階級の暮らしを捨てる、というのはむしろ冒険者のような思考だ。

「わたしは兄弟も多かったものですから、わたしが聖職者の道を選んだ時も、両親は何も言わずに送り出してくれました。
 あの頃はわたしも一〇歳に満たない子供でしたから良く理解できなかったのですが、今から考えるとマッカレルの家から教会にたくさんのお金が動いたんでしょうね、きっと……」

 ルトラは寂しそうな表情を浮かべた。
 当時を知らないコヨーテには分からないが、良い意味でも悪い意味でも『特別扱い』されたのだろうか。

「そんな子供が、何を思って教会に入ったと思います?
 聞いたら笑っちゃいますよ、コヨーテさん」

「……笑わないさ」

 笑ってくれ、と言いたげだったが、あえてそう宣言する。
 それに対して曖昧な表情を浮かべながらもルトラはぽつり、と切り出した。

「……手が、暖かかったんです」

 言葉を発したルトラの方が、照れくさそうに笑った。

「日曜日の礼拝に行った時ですかね、両親とはぐれてしまって……
 その日は聖アンドレアの祝日で、教会は人でごった返してたんです。
 それで、人混みの中で心細くなってエンエン泣き喚いて。

 雑踏と教会の鐘がスゴク恐ろしい音に感じられて、怖くて怖くてどうしようもなくなって……
 その時、一人のお坊様がわたしの手を握ってくださり、優しい声で『大丈夫、怖くないよ』って言って下さったんです。

 その声を聴いた瞬間、手を握られた瞬間、わたしには怖いものはなくなっていました。
 どれだけ暗い世界だったとしても、決して明けない夜はないんだ、って……

 その日の帰り、わたしは両親に自分の進むべき道が見つかった旨を報告しました。
 聖職者になりたい。
 泣いてる迷子の手を引いて、お父さんお母さんのところへ連れて行ってあげたい、って」

「………………」

「……笑っちゃいますよね。
 たったそんな事だけで、何不自由しない生活を捨てて、質素な僧房暮らしですもんね」

(そこまで立派な思いで聖職者になったのなら、誰にも恥じる事はないさ。
 胸を張って、堂々としていたらいいんだよ)

 本当なら、言葉に出してやりたい。
 だが、できなかった。
 セワードの話を聞いている以上、この聖務がお飾りだと知った以上、彼女をフォローする言葉の全てが陳腐なものになるような気がして、怖かった。

「って、ゴメンナサイ、長々と。
 なんか、ベラベラ自分の事ばっかり喋っちゃって。

 こんな事、誰にも話した事ないんですけど……やっぱり、村長の言葉がショックだったんですね。
 もちろん今は、わたしの仕事も教会にとって大切なモノだって思っています」

 どうやら受け止め切れたらしい。
 箱入り娘かと思えば、立派な志を持って聖職者となり、こうして成長している。
 彼女なら聖北の歴史に名を刻む聖職者となれるかもしれないな、と感じるくらいには驚きだ。

「あ、チーズいい感じに焼けてますよ。
 どうぞコヨーテさん」

 木の枝に刺して炙っていたチーズが程よく溶けている。
 熱々の香ばしいそれを肴に飲む葡萄酒は格別だ。



「ところで、何か気づいた事はないか?
 ルトラさんなりに、この修道院の事でも、村の事でも、何でも構わないからさ」

「うーん、そうですね……わたしなんかの意見が参考になるのでしたら一つ。
 アレンケの村長が言っていましたよね、この修道院が呪われているとか、呪いのせいで村がどうとか。
 確かにこの修道院には何かがあるような気がしないでもないですね。
 その何かを具体的に言え、と言われちゃうと答えはないんですけど」

 まぁ良くある事だ、と思う。
 かくいうコヨーテも、信憑性ゼロの第六感が有名になるくらいである。

「……わたし、思ってる事があるんです。
 バリーさんにはちょっとお訊ねしたんですけどね。

 その、メアリちゃんの事なんですけど……
 彼女と、村長の言う『呪い』には何か接点があると思うんです。
 思うだけで、根拠はないんですけど」

「根拠はなくても、何かそう考えるに至るだけの切っ掛けはあったんだろう?」

「ええ、まぁ……スゴク曖昧で申し訳ないんですけど。
 村長と村長夫人のあの表情が気になるんです。
 修道院の事を話した時の怯えた瞳と、メアリちゃんに接する時の怯えた感じが、どことなく似ていたような気がしたんです。

 まるで、、といいますか……」

 意外な事に彼女は良く観察しているようだ。
 それには、コヨーテも似たような感想を抱いていた。

 そして思い出した。
 一つだけ、コヨーテには分からなかった言葉を。
 村長夫人が口にした、あの言葉。

『また、、今度は……』

 その言葉を聞いた村長は、ルトラを殴る手を止めた。
 裏にあったのは、過去に対する怯えの感情だ。

「なぁルトラさん。
 ルトラさんは春にアレンケ村で何が起こったか、知っているか?」

「春、ですか?
 いえ、特には何も。
 というか、春にアレンケ村で何か起こったんですか?」

「いや、知らないならいいんだ」

 外れか。
 さすがにバリーでもこちらの情報は仕入れていないだろう。

「ところでコヨーテさん……メアリちゃんの事、どう思いますか?」

 アレンケ村の話をしていて、彼女も思い出したのだろう。
 村に住む、盲目の少女の名前を。

「……彼女、あの村でこれからも生活していく訳ですよね。
 それって、彼女にとって良い事なんでしょうか?

 このままアレンケ村で、あの村長の元で彼女が育っていく事は、彼女にとって辛すぎるんじゃないか……
 彼女は、子供の頃のわたしとおんなじで、道に迷って凍えているんじゃないか……
 もしそうなら、わたしは彼女に手を差し伸べる事ができるんじゃないか……
 そう、思うんです」

 田舎の寒村ではありがちな事だ。
 その一言で言い切れるような人間は、ある意味尊敬する。

「ルトラさんは、どう思っているんだ?」

「……分かりません。
 きっと皆さんも思っている通り、わたしは……わたしたちは、メアリちゃんの事に深く立ち入る事ができるほど、彼女の事も村の事も知りません」

「確かにな。
 昨日今日会ったばかりで、ロクに話もしていないような仲だ。
 同情は、ただの自己満足だろう」

「でも、わたしは主のお導きによって、この道に進む事ができました。
 ですが、そういう奇跡に出会う事もなく暗闇で泣いている子供たちって、たくさんいるハズです。
 そういう子供たちを、わたしには助けてあげる事はできないんでしょうか?
 それを助けてあげたいと思う事は、間違っているんでしょうか?」

「……間違っちゃいないとは思うが、どうかな」

 曖昧な言葉で結論を濁した。
 不本意だが、これは彼女の問題だ。
 第三者が軽く、それはこうだ、あれはどうだと口出しするのは躊躇われた。

 それからしばらく、お互いに発言がなくなった。
 コヨーテとしてはさっきの言葉が彼女の気に触ってしまったのか、と不安がったが、彼女の様子を見る限りそれはなさそうだ。
 至って普通の佇まいで葡萄酒を飲んでいる。

(それにしても……)

 薪を追加しながら、コヨーテは思いを馳せる。

(さっきのセワードの提案、彼女にも伝えておくべきか?
 それとも、余計な心配をかけさせないように、何も言わないでおくべきか……
 オレ一人で決定していい問題でもないが、いつかは話さなきゃならない問題でもある)

 セワードの事を話すというのは、つまり彼女へ残酷な宣告をしなくてはならないという事だ。
 それを思うと、聖務に燃える彼女へは易々とは告げられない。

(だが、話しておくべきなんだ。
 いずれ話さなきゃならないのなら、早い方がいいはずだ。
 それに、ヤツがいつ襲撃してくるかも分からない以上、心構えは持ってもらった方がいい)

 全てを話す、そう決心した。
 それがプラスになるかマイナスになるかは分からない。

「どうしたんです、コヨーテさん。何だか難しい顔されてますよ?」

「……あぁ、ちょっとね」

「何か悩み事でも?
 わたしはこれでもシスターの端くれ。
 相談には乗りますよ……って、わたしじゃなんの力にもなれないと思いますけど」

 無言の内から話を始めるのは、さすがにコヨーテも尻込みする。
 ここは彼女の言葉に甘える事にする。

「……これから話す事は、ルトラさんにはちょっと辛い内容になると思う。
 本当なら話さなくてもいい事なのかもしれない。
 だが、依頼に関わる事だから、全て話しておいて、納得しておいてもらいたいんだ。

 ……いいかな?」

 その問いに、ルトラは真剣な表情で頷いた。

「まず最初に、これだけは明言しておく。
 今から話す内容如何によらず、オレたちはアンタの味方だ。
 アンタの依頼を遂行する為に、オレたちはこれからも全力を尽くす事を約束する」

 覚悟の深さを言葉だけで理解してもらうというのは大変な事だ。
 それだけに、真剣な眼差しで理解を示してくれたルトラの反応は嬉しかった。

「ルトラさんが意識を失っている間に、オレたちをリューンからつけて来ていたらしい男が、オレたちに接触してきた。
 そいつはエイブラハム家に雇われたリスクブレイカーのセワードだと名乗った」

「――ッ!!」

「……その様子だと、オレたちがヤツに何を聞かされ、何を頼まれたのか、大方の予想はついたみたいだな。
 恐らく、ルトラさんの考えている通りだ。
 教会の依頼を放棄して、リューンへ帰るように提案された。
 受け取る報酬以上の条件付でな」

 ルトラは明らかに混乱していた。
 予想していたのか、それとも予想外だったのかは分からない。

「教会とエイブラハム家の間で、土地の所有権を巡って諍いが起こっているのは、ルトラさんは知っていたのか?」

「……ええ、知っていました。
 この聖務を賜った際に、司祭様より話は聞かされていましたから。
 お察しの通り、司祭様からはこの件について皆さんには一切話さないように、と釘を刺されていました。
 皆さんを信用していなかった訳ではなかったんですが……」

「それくらいは構わないよ。
 そっちにはそっちなりの理由があるんだ、その事について責めるつもりはない。
 オレたちは隠し事も含めて、この依頼を信用した訳だからな。

 だが、訊きたいのはその後の事だ。
 ルトラさん、アンタはこの聖務のを知っているのか?」

……ですか?」

 何も知りませんと主張しているかのような返答に、コヨーテは胸のどこかが痛んだ。
 少し時間を置いてから、コヨーテは続きを話す。

「……教会の真の目的はこの修道院を調査修復する事じゃなく、グリグオリグを列聖する事そのものにある。
 しかも、グリグオリグ列聖を目的とする真の理由は『この地方の荘園の所有権を教皇庁に帰属させる』事にあるんだ。
 更に言うなら、調査そのものの内容は全く重要じゃない。
 教会にとって必要なのは、列聖調査を行ったという事実だけで、内容如何に関わらずグリグオリグは列聖される事になる」

「……そ、そんな……それじゃあ、わたしのやっている事って……!」

 ルトラは口をパクパクさせて、信じられない言葉を飲み込めないでいる。
 もうここまで言ってしまっては、どうやっても取り繕う事はできない。
 コヨーテは更に畳み掛けるように、厳然たる事実を告げる。

「教皇庁にとっては、ただのお飾りでしかないという事になるみたいだな」

「………………」

 それきり、ルトラは無言になった。
 さすがに堪えたようで、コヨーテとしてもバツが悪い。

 気分を変えようと葡萄酒に手を伸ばし、

「――寝酒かい? 俺も混ぜてくれよ」

 瓶が、爆ぜた。



「――きゃあッ!?」

 ルトラの悲鳴が、グリグオリグ修道院の正門に響き渡る。

「大丈夫か、ルトラさん!」

「ハッ、ハイ!」

「動けるなら、オレの後ろに隠れて小さくなっててくれ。
 どこから矢が飛んでくるか分からないからな」

 コヨーテは【レーヴァティン】を手に取り、見えない敵に対して構える。
 相手の姿が見えないというのは、厄介な事この上ない。

「コヨーテ、襲撃かッ!?」

 さっきのルトラの悲鳴で目が覚めたのだろう。
 バリーたちもそれぞれ装備を整えて起き出してきた。

「出て来いよリスクブレイカー、こそこそ狙い打つのがお前の流儀なのか!」

「ハッ、ヘタに動くなよ!?
 ヘタな動きを見せた瞬間、サクッといかせてもらうぜ」

 軽く挑発して見るが全く効果がないところを見ると、セワードはかなり冷静な男だ。
 脅されたとはいえ、大人しくハリネズミになるのを待つ人間はいない。
 コヨーテは破片の広がり具合から、角度を計算して大体のアタリをつけようとする。

「みんな、焚き火から目を背けてな!
 行くよ、『』ァ――!!」

 コヨーテはレンツォの叫びに『親父に聞かれたら殺されるぞ……』と思いながらも、を思い出して焚き火に背を向ける。
 ほぼ同時に、焚き火が強烈な光を放った。
 一瞬だけ昼間のような明るさを発したのは、いつかの依頼で手に入れた『発光石』という道具だ。

「――いた、あそこだッ!」

 見つけたのはバリーだ。
 彼の指差す先に、セワードがクロスボウを構えて潜んでいる。

「――チッ!
 とっさに光源を増やすたぁ、さすがの対応だな!」

 実はこの『親父の頭はハゲ頭作戦』(命名はレンツォ、理由は眩しいから)は、以前から考えられていた。
 本来は暗闇での戦闘の際に相手の目を眩ませるのだが、今回は応用が利いた例だ。

「梁の上か……良いところに陣取ってるねー」

 相手の攻撃が届かないのはプラスだが、不安定な高所ゆえにチョコマカと動く事もできないのはマイナスだ。
 チコは柱の陰で、自らの弓を引き絞る。
 そこから放たれた矢は、セワードの左腕に突き刺さった。

 木の陰などの物陰に隠れた状態から、相手を狙い撃つ【茨針】という狙撃法。
 フォーチュン=ベル滞在時に習ったというその技を、チコは完全にモノにしていた。

「チィィ――!」

 苦し紛れに、セワードは矢を放ち続ける。
 だが、方向が分かっている以上避ける事は容易い。
 既にルトラは柱の陰に隠している。

「クソ、厄介だな……
 ちょっと早いが、助っ人を呼ばせてもらうとするぜ」

 セワードは指を口に咥え、思い切り息を吹いた。
 口笛だ。

「オオォ――ン!!」

「――なッ!」

 口笛に呼応して駆けてきたのは、一匹の野犬だった。
 いや、一匹ではない。
 後から後からどんどん数が増えていく。

「いやぁ、いくら何でも俺一人だとさすがにキツイんでね。
 ちょいと仲良くなってもらったのさ。

 さあて、それじゃアンタらはそこでワン公どもとじゃれあってな。
 俺はゆっくり、ここから狙わせてもらうからよォ!」

「くッ、まずは野犬を片付けるぞ!」

 できればチコにはセワードを狙ってほしかったが、この数の野犬ではそれも難しいかもしれない。
 そんな事を考えている間に、一匹の野犬がチコへと飛び掛った。

「こんのッ!」

 割って入ったミリアの双剣に前足の付け根を斬られた野犬は、そのまま崩れ落ちる。

「サンキュ、助かったー!」

「お互い様よ!」

 叫びながらも、ミリアはルナに近寄ろうとした野犬を蹴り飛ばす。
 その頭上にきらりと光る矢が迫っている事に、ミリアは気がついていない。

 バキン! という金属音が聞こえたかと思うと、【レーヴァティン】が矢を弾いていた。
 激しい音をミリアは無視して、更に駆けていく。
 まるで最初から打ち合わせしていたような動きに、セワードは苦々しい表情を見せた。

「チッ、外したか」

「相手は野犬だけじゃないのは分かり切ってるからな。
 お前の矢は全てオレが視て、弾かせてもらおう」

 堂々と宣言し、コヨーテは飛び掛ってきた野犬の面を殴りつける。
 その間にも視線はセワード――正確にはクロスボウとそれを操る指先――から離さない。

「グォウッ!」

「きゃああッ!」

 群れから離れた野犬が、柱の裏に隠れていたルトラへと襲い掛かる。

「ルトラさん!」

 飛び掛る体制に移っていた野犬は、ルナの棒による突きを避け切れず、そのまままともに食らってしまった。
 それでもよろめくだけで、野生の眼光をルナへと向けると、すぐさま彼女へと飛び掛かる。

「ハイそこまで」

 本当にいつの間に近づいていたのか、レンツォのナイフが野犬の首筋を裂いていた。

「……《残虐なる焔王のため息よ、欠片も残さず包み込め》」

 バリーの詠唱が始まった事を確認すると、ミリアは野犬を蹴り付けて、他の野犬へとぶつける。
 そうして一箇所へと固まった野犬の群れへ、一切の容赦なくバリーの炎は直撃する。

「――《囲え!》」

 壮絶な断末魔が、修道院に響き渡った。
 同時に、毛皮や肉の焦げる嫌な臭いも立ち込める。

「さぁ、後はオマエ一人だけだぜ、セワードッ!」

「チッ……やっぱりワン公くらいじゃ止められないか。
 ここは一端、退かせてもらうぜ。
 引き際が肝心、って古人も言ってる事だしな」

 軽口を叩きつつ、セワードは梁の向こう側へと飛び降りた。
 それとほぼ同時に、チコの放った矢が虚空を突き抜けていった。

「一回戦はアンタたちの勝ちだ。
 お祝いに、今晩だけはぐっすり休ませてやるぜ、あばよッ!」

 奇襲の方法も、引き際も鮮やかな男だ。
 だが、再びあの数の野犬の群れを集めるのは不可能に近い。
 後々の戦いを鑑みれば、野犬を一掃できた事は大きく影響するだろう。

「……大丈夫か、みんな」

「腹立たしいけど、ひと噛みもらっちゃったわ。
 ルトラさん、それって今のでできた傷でしょ、見せて」

「あ、わたしのはかすり傷ですから」

「ダメ、見せなさい。
 野犬に噛まれたら、そこから伝染病が蔓延する可能性もあるの。
 しっかり傷口を洗っておかないと、後が大変なのよ」

「ス、スミマセン……」

 二人は傷口を水で洗い流し、それから【癒身の法】で傷を塞いだ。
 他に打ち身程度の怪我をしている者もいたが、行動に支障をきたすほどではなかった。

 つまり、文句なしに大勝利だ。


To Be Continued...  Next→

スポンサーサイト


この記事へのコメント

この記事へコメントする














(△お好みの文字サイズになるまでクリックしてください)

周摩

Author:周摩
しがないリプレイ書きのブログです。

Info.
当ブログはリンクフリーです。報告は不要ですが、あれば相互リンクさせていただきたいと思います。

周摩のシナリオはこちらへどうぞ。

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。