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『Mimic』(4/4) 

 それは、ため息の出るような眺めだった。
 ぼくは実際、張り詰めた冬枯れの夜の空気に、弦楽器のはじめのひと鳴きのようなため息をこぼしていたと思う。
 窓から投げ出すその仕上げまでにずいぶん骨を折ったが、この有り様はぼくの疲れをねぎらい、なだめ、後方へ押し流していった。

 「それ」は風に身を任せ、静かに揺らせて闇夜にたゆたっている。

 流れる血は上肢に絡まっている。
 ぼくはまたほう、とため息をつく。

 肉を裂けば血が流れる。
 乳色や桃色をした臓器が顔を覗かせる。
 当たり前の事だ。

 その当たり前の事が、どうしてこれほどに心を慰むのか。
 どうしてこの夜、何にも代え難いものとして映るのか。

 ぼくの見つめる視線の先で、また一筋の血が流れ、男の右の上腕を伝って前腕を越え、手指にまとわりついていった。
 その生き物さながらの動き。
 生きているのだ。
 いいや、実際は死んでいるのだが。

 生命は死によって逆説的に生の証明を果たす。
 死がなければ、己は生きているのだとどうして胸を張って言えよう?

 窓から吊るした男の身体を、ぼくは朝までだって飽く事なく見つめていられただろう。
 だってその時はじめて、息をしているような気がしたのだ。
 ぼくの息はずっとずっと、喉の奥の底のほうで止まっていた。
 そう、こうして目を閉じれば、その時の大いなる安息を思い描く事ができるほどには、長い間見つめていたはずだった。

 だが、目の前の女性がぼくの幻想の邪魔をする。

「……同じ音が聞こえている?」

 ぼくの言葉に、彼女は首を振って返した。

「長いあいだ沈黙をまもって、神の娘にしていたきみと、同じものはみえないし、きこえないよ」

「そう。君には聞こえるかと思ったのに。この鐘の音が」

「鐘は鳴っていないよ」

「間違っているよ。鳴っていないのではない。いつでも鳴っているんだ。今も、まどろみの朝も、血を流す夜もね」

「……シスター」

 彼女は少し困ったように眉根を寄せた。
 頑是がんぜない子供のわがままを聞き入れる時の、母のような仕草だ。

「きみがしたことを、私はしってる。なんでそう推理したのか、ききたい?」

「別に興味はないよ。君が、どんな人かっていう事のほうに興味があるな」

「時間稼ぎ……、でもなさそうだね」

「教えてよ、君の事。何を愛して生きているのか、何がしたくて生きているのか」

 きっと知ってしまえば、ものの半刻で飽きて忘れてしまうのだが。

「私のことを話すかわりに、きみのことをおしえてくれる?」

「いいよ。ふふ、交換だね。とても対等だ。いいね」

「そう、対等な取引だよ」

 彼女の優しい声音が、自分の事を語りはじめる。

「――、――――――」

 彼女はつまらない話はしなかった。
 すなわちどこに住んでいるのかとか、歳はいくつだとか、可読についてだとか。
 ぼくの知りたい事を、彼女を形作る本当の要素を、切り出して教えてくれたのだ。

 ぼくはうっとりと目を閉じ、彼女の美しい献身に応える形で、自分を差し出さねばならないと感じた。

「なにが知りたいのかな。なにを話せばいい?」



「はじめ。そう……どこがはじめなのかな。ぼくにはそれが分からないんだよ」

「……幼いきみの話を」

「幼いぼく。その朝の目覚めが、いつも殴られる痛みから始まっていた事を話せばいい?」

 彼女はわずかに表情を苦くしつつも静かに頷いた。

 母がいなくなってから、父は頻々ひんぴんとぼくに暴力を振るうようになっていた。
 朝、身体の傷みで目を覚ますと、寝床のそばに立つ父は黙ってこちらを見下ろしていた。
 折檻せっかん用の木の棒を持って。

 ぼくは父より早く起きて、殴られずに済むように作業場に立つようにしたのだが、そうしたら今度は寝床から妹の悲鳴が聞こえるようになった。
 だからぼくは明け方にはどうしたって目が覚めていたけれど、眠っているふりをして身体を丸め、父とその暴力とが訪れるのを待つ時間を過ごした。
 一日のほかのどんな時よりも、長い、長い時間だ。

 父が狩の最中に追い立てた牡鹿の返り討ちにあって――ぼくは猟師見習いだったが、たまたま同行していなかった――死ぬと、ぼくと妹のカリーナは教会に預けられた。

『ふたりとも、とても真面目な良い信徒だね。神は君たちの信仰に応え、お救い下さったのだよ』

 司祭様の言葉にカリーナは頷き、ぼくも黙って頷いた。
 どんな相手にも口を利いてはならない教会の掟があったが、暴力の痛みと恐怖が遠ざかった事を思えば、そんな事は少しも苦ではない。

『それにしても……きみはそんなにあの鐘楼が好きかい。いつも見ているね。
 あの鐘楼は、いわくのある建物だ。ウルダーン大公サウルの話は知っているね? あの処刑の時から、あそこは閉ざしているんだよ。もう一〇〇年になる。近づいてはいけないよ』

 ぼくは頷かなかった。
 ある雪煙の宵、ぼくは寝床を抜け出して、鐘楼にのぼった。
 教会の物置に鍵があるのは知っていたし、それを持ち出すのは鳥を狩るより容易な事だ。

 鐘楼には風の通り道があったから、覚悟していたほど汚れてはいなかった。
 螺旋階段をのぼると、その大鐘が姿を現した。
 大公が処刑されたのち、彼を想って宮中お抱えの職人だった者が作ったのだと、聞いた事があった。
 その細工の美しさ、その威容。

 その音は低く、高く、広くホーに鳴り響いた。
 これは狼のいななきだ。
 孤高の王のそれだ。

 民に裏切られ、処刑された大公の姿が瞼の裏に流れ込んでくる。
 腹を裂かれ、目玉を抜かれ、血を流して身体を揺らす王の姿。
 ぼくはため息をついた。

『近づいてはいけないといったのに。だが、鐘は美しかっただろう。あの音も』

 ぼくは頷いた。

『では、きみの日々の仕事にしなさい。夜中に外をうろつく危険を冒されるよりはずっといい。朝、昼、夕の鐘で、ホーに時を告げるのだ』

 ぼくは頷き、それから鐘をつくのがぼくの仕事となった。

 ある朝、ぼくの机から鐘楼の鍵が消えた。
 自分を見失いそうになるほど取り乱した。
 鐘楼へ行くと扉は開いており、鐘のあるてっぺんの部屋にのぼると、カリーナが首を吊って死んでいた。

 ゆったりとした修道女のドレスのおかげで、今の今まで、ぼくはもちろんほかの誰も気が付いていなかったが、

 妹がここで死んでいたのは、ぼくに見つけてほしかったからにほかならない。
 ぼく以外の誰にもこの姿を見られたくなかったのに違いなかった。
 ぼくは梁から遺体を下ろし、引きずって階段を降り、誰にも見られないうちに森へ連れて行って、ケシの花の下に埋めた。
 鐘楼の鍵は、カリーナの服から取り戻した。

 ぼくは、川面に移る時分の姿に頷いた。
 もともとよく似た顔の兄妹だ。
 修道女の服は――カリーナがそうしていたように――身体の線を隠すし、ヴェールの下に被るコイフは喉元を覆ってくれる。
 そうしておいて、よその大きな街へと旅に出る「ぼく」の置き手紙をしたためた。

 若者が街を出ていく事は当時も今もよくある事だったけれど、女がそうするのはまずない事だったから。
 いなくなるのはぼくでなければならなかった。
 そうしなければ、妹を、遺体を探されてしまう。

 以前に増して人との関わりを避け、祈りに時を費やし、鐘楼へのぼり鐘を撞くぼくを、人々は兄の面影を追う妹として哀れみ、そっとしておいてくれた。
 湯浴みの時をどうやり過ごすかも、無用の心配だった。
 腹を隠すため、妹にはもともと一人で湯浴みをする習慣があり、周囲もそれを虐待の痕を見られたくないゆえのものと理解してくれていたのだ。

 もしかしたら、司祭は。
 何か気が付いているかもしれないと思わせる素振りもあったけれど。
 問い質されたりはしなかった。
 その優しさに、感謝が全くないわけではない。

 冬が過ぎ、春が駆け、同じ日を幾日も重ねるにつけ、前よりもずっとくっきりと、吊り下げられる大公の姿は瞼に鮮明に映るようになっていた。
 ぼくは同じように吊り下げられた自分の姿を想像してみた。

 ――不完全だった。
 死体の腹は裂かれていない。
 そう、自分で自分の腹を裂いてから首を吊るなどできるわけがないから。

 そこで脳裏に現れる死体の顔は、司祭だったり、農家の主人だったり、決まった曜日に礼拝に来る老婆だったり、妹だったりした。
 彼らはみな腹から血を流している。

 あの時、そうしておけばよかったのだ!
 妹の姿を見つけた時、腹を裂いておけば。
 血を流すカリーナの姿が、彼女の生も、ぼくの生をも肯定してくれただろうに。

「だから、君たちが来なくても。聖杯が戻ってこなくっても。ぼくはそのうち、したと思うよ」

「……聖杯の血は、きみが?」

「大公がそうしていたと知ってからの思いつきだよ。でも、よくはなかった。ひどい味とにおいで、とても飲めたものじゃなかったよ。血は、流れるのをただ見ているほうが好きだ」

「どうして詩人と雑貨屋の娘だったの?」

「二人とも好ましい人だったよ。詩人の詩は美しかったし、娘は会話のできないぼくにもよく話しかけてくれた。熱心な信者だったよ。
 詩人は自殺を仄めかしたら慌てて飛んできたし、娘のほうはさすがに鐘楼には誘えなかったから、教会の裏庭で殺したんだ」

「……娘のほうの臓器の大部分がなかったのは、鐘楼に運ぶため?」

「そう。君はやっぱり、全部分かっているんじゃないか。頭のいい人は好きだよ、とても」

 月明かりの差し方が変わってしまったようで、彼女の表情はよく見えない。

「ぼく、これからどうなるの」

「……きみも自分にあたえられる処罰のことが気になったりするの?」

「少しはね」

「私たちは警備隊から依頼をうけただけだから、正直なところわからないよ。
 ただ、教会裁判にはなるかも。きみが神の徒であることは事実だから、そうなったらそんな理由でも死罪にはならない」

「ふうん……」

 聞いてみたはいいけれど、やはり他人事のようにしか感じられなかった。
 目の前の彼女は、緩やかに踵を返している。

「もう行くの」

「きくことはきいた。下に警備隊の人をまたせてる……きみはここでまってて」

 こちらを向いた無防備な背中に、ぼくはナイフを振りかざした。

 空を切る音は一瞬だった。
 ずばん、と。
 鋼の刃が肉を穿つ音がわずかに響いた。

 ぼくは目を剥いて、壁の暗がりから現れた少年と、自分の右手から流れる血を交互に見つめた。

「悪く思わないでね……ってか、むしろそれくらいで済んだ事を感謝してほしいね。そのままターニャに斬りかかってたら、君は死んでた」

「ひとぎきのわるい……するはずないでしょ。そもそも私ができるわけないし」

「大事な証人だからね、ちょっとからかっただけさ。全然効いてないないみたいだけど」

「まぁ、彼にはムダだろうね。ただ、そこから身をなげる可能性はあるから注意してあげて」

「行っちゃうの……」

 彼女はこっちを見てくれた。
 その瞳の、静かな色。

「私の血がみたかったの?」

「うん。見せてくれる?」

 彼女は静かに首を横に振る。
 やはり優しく諭すような声色はそのままだった。

「そうするときみは次をさがしちゃう」

 彼女は扉に手をかけて、肩越しにぼくを見つめている。

「求めても求めてもみつからない『次』にくるしむより、ずっと私のことを想っていればいい」

 ぼくは目をすがめ、彼女の身体から赤い液体が流れ出し、床に小さく溜まるところを思い描いた。
 深く呼吸をする。
 ああ、そうだ。
 それだけでぼくはこれから先、生きていく事ができるだろう。

 彼女が血を流す、その幻想だけで。



 夜が明け、ホーに三日ぶりの静寂の朝が訪れた。
 二夜連続で行われた惨殺事件は犯人である教会のシスターが捕縛された事で終息した。
 警備隊より報酬が支払われ、これで『星を追う者たち』の仕事も完遂となる。

「それにしても、今回はターニャのお手柄だよね」

 『星を追う者たち』は警備隊が用立ててくれた馬車を引いて歩き、ホーを離れようとしていた。
 ひとまず目指すは舗装された中央行路だ。
 地図を描いてくれたらいいと断るのを押して、『近道を教えるから』と、依頼を持ってきた警備隊の隊員が見送りにきていた。
 冒険者たち――特にターニャにはずいぶん恩義を感じているようだった。

「私はただ情報をまとめただけだから」

「謙遜しなさんなって。情報をまとめ上げて真実に辿りつくってのはそうそう簡単にできるものじゃないさ」

「だよねぇ、いつもその役目をやってたレギウスはダウンしてたからねぇ」

 ちらりとカイルは話題に出したレギウスを見る。
 あの後、ターニャが集めた情報の山に埋もれるようにして、レギウスは眠っていた。
 丸一日ほとんど動かず横になっていたおかげか、すっかり熱は引いているようだ。
 しかしその表情は晴れず、ずっと何事かを考えこんでいる様子で、何を話していても上の空だ。

「でも、結局よく分からなかったなぁ。どうして彼は二人も殺さなきゃならなかったんだろ」

「そうですね。私の目からは彼女……いや、彼か。彼は敬虔な神の徒に見えていました。かつて受けた苦しみに対する怒りや復讐の気持ちが、おかしな方向へと走り出したのでしょうか……」

 警備隊の青年は何ともいえない表情で目を伏せた。

「それにしても、謎が残ります。あのような凄惨な所業、かつてのホーの民衆でも、義憤という免罪符を持った上で、集団でなければ成し得なかった。それが、あんなに冷静に、あんな事を……一体、なにが彼をそこまで――」

「――さあね。わからなくていいんじゃないかな。そんな心理なんて。手をくだした人物とその手段がわかった。それだけで充分だよ」

 遮るように言ったのはターニャだった。

「ターニャは彼とどこか通じたような感じがあったんだけど」

「……どうかな」

 彼女は当のシスターと面と向かって会話をしている。
 だが、そんな彼女からみても彼の心情は、本心は、理解できていない。

「でも、もしかしたらレギウスなら……会話をしたのが彼なら、なにかつかんだのかもしれない」

 しかしそうはならなかった。
 シスターと会話したのはレギウスでなくターニャだった。
 その時点で、この話はお終いなのだ。

「……、」

 レギウスはそんな会話にいっこう無関心だった。
 ぶつぶつと何事かを呟きながら歩き、かろうじて転んだりはしていないが、足取りは危なっかしい。

「ホーの人々もショックを受けているだろうな。殺人を犯していたのが聖北教会のシスターで、それも男だったなんて」

「『大公の亡霊の仕業』と言うよりは実体があるだけマシだとは思うけどね。少なくともこの先は怯えなくていいじゃん」

「教会の信用がおちなければいいけど。もっとも、むずかしい話だとは――」

 その時、レギウスが急に立ち止まった。
 前方に障害物があるのかと考えたが、カイルが目を凝らしても変わらず木々がそよいでいるだけだった。

「レギウス? どうしたの?」

「――チッ」

 レギウスは答えず、踵を返してもと来た方向――ホーの街――に向かって駆け出していく。

「ちょ!? 待ってよレギウス! いきなりどうしたんだよ!」

「おかしいんだよ。絶対におかしい。ずっと考えてたが、どうにも腑に落ちねェんだよ!」

「な、なにが!?」

「――!?」

「は? 鐘?」

 レギウスは走りながら、ポケットに入れていたくしゃくしゃの羊皮紙を取り出した。
 それはターニャが書き写した、警備隊の青年から聞き出した証言だ。

「最初の吟遊詩人の死体が出た日の朝だ。発見した主婦の悲鳴に被さるようにして鐘が鳴ってやがる。誰が鳴らしたってんだ?」

「だれって……あのシスターしかいないでしょ? あの現場にはいれたのは彼しかいないし、協力者もいなかった」

「どうして鳴らす必要がある?」

「……あ、」

「彼が、自分が現場にいた事を街中の人々に知らせるか? 扉にあんな細工をした意味がなくなるのにだ」

 人を殺した現場で自らの存在を知らせる犯人はいない。
 そしてシスターの殺人に協力者がいなかったのだとしたら。

「最初に話を聞いた時から引っかかってはいたんだ。血まみれの現場で窓から吊るされた死体があるにも関わらずに鐘を撞いた奴がいたとしたら、そいつが犯人だと思ってた。
 だがそうじゃなかった。違いねェよな? シスターが鐘を撞いたんじゃ辻褄が合わねェ」

「……、警備隊はどうかんがえてたの?」

 推理の穴を指摘された気がして、ターニャは思わず警備隊へ話を逸らした。
 いきなり話を振られたほうもただ慌てるばかりで、

「それは……不思議な現象の一つとして、あまり深くは……遺体の有り様のほうがずっと不思議でしたし、それこそ大公の亡霊かもと」

 その説はレギウス自身が真っ先に否定していた。
 だからこそ警備隊の青年も言い出せなかったのだろう。
 誰も気にも留めなかった。

。いや、正確には遺体を殺し、吊るしたのはあのシスターだ。それは間違いねェ。だが、大公の亡霊ってのもあながち否定しきれねェかもな」

 あぜ道を走り抜け、つい先ほど出立したばかりのホーの外れが見えてきた。
 木々の合間からは鐘楼の尖った屋根がちらついている。

「ちょ、ちょっと待ってください! 馬車は、馬車はどうするんです!?」

「オマエが残れ!!」

 背後から青年がまだ喚いているのが聞こえたが、レギウスは一度も振り返らず駆けていく。

「……そう、不思議だったんだ。、ホーの人間は大公の事を恐れながら敬っている。彼の使った杯は大事に保管し、聖遺物とした。それなのに、大公が持っていたはずのもっと印象的な所有物はあれっきり出てこねェ!」

「もっと印象的な? レギウス、それって……」

「ホーから失踪したのは鐘撞きの少年だけじゃねェ。もうひとつあるだろ」

 もはや見張る者とてない鐘楼に辿りつき、レギウスは螺旋階段を駆け上がり始めた。
 少し遅れてステラたちが追う。

「一〇〇年以上を眠って過ごし、ある夜に少年に目覚めさせられた。少年の意識に繰り返し死のイメージを滴らせ、幻想という種を蒔き、狂気が育つ土壌とした」

 レギウスは視線を上に跳ね上げ、そこにあるはずのものを睨めつける。
 ようやく長い長い螺旋階段が終わりを告げた。

「祖国から持ち出された事を呪ってやがるのか? それとも……」

 開けた頂上には昨晩と変わらず、鳴らす者のいなくなった大鐘があった。
 レギウスはその鐘をまっすぐに見据え、【理知の剣】を突き付けて言い放つ。

「――己の持ち主だった大公を思う気持ちが、オマエにはあったのか?」

 一拍遅れて頂上にたどり着いたターニャは、荒い息を整える暇もなく口を開いた。

「それって、大公が東の国を侵略したときにもちだした、っていう……あの、剣……?」

『かの国の神話に見いだされる剣なのだ。死者を裁く冥府の番人が持つ剣なのだ、と言って、肌身離さず、飽くことなく、翡翠の刀身を覗きこんでいる』

『我が君が見つめているのはいつも剣』

 そう、宮廷画家の私小説にも記述があるように大公サウルが暗君へと転げ落ちるきっかけとなった剣が、その後一切記述がないのだ。
 
『鐘は年月を経て劣化します。音は軽くなり、本来の響きを失う。ですがこの鐘は、最後に交換されてから一〇〇年以上、響きを失っていません。これは、そう……大公サウルの死を悼んだ名工の手による作品だったと思います』

 鐘楼を警備していた男はそう語っていた。
 だが、どの蔵書にも明確な鐘の出自は存在しなかった。
 一〇〇年を越える骨董品同然の鐘がまったく響きを失わずに在り続けられるほどの逸品を、誰が手掛けたのかも明らかでない。

「構えろ。来るぜ」

 そよぐ風が、早朝の青葉の匂いを運んでくる。
 しばらく睨み合いとなったが、静かで何も起きない。
 もしかしたらレギウスが思い違いをしているのではないか、とみなが疑いかけたその時。

 ――空気が、揺らいだ。

 ごうううん。
 ごううううううん。
 ごううううううううううん。

 思わず得物から手を放して耳を塞いでしまいたくなるほどの、大鐘の大音響。
 狂ったように鳴り響くそれは、やがてその輪郭をけさせるほどに暴れ狂い、一振りの剣へとその身を変じさせた。
 中空に浮かんだ剣は切っ先をもたげ、狙いを定めるように揺れている。

「意志をもった剣……!?」

 思わず声を出したターニャに向かって、剣が飛んだ。
 ゾンッ! と風を切り裂く音がやけに遠くから感じられ、直後に鳴り響いた金属音に掻き消される。
 目の前に差し出されたマーガレットの大鎌が盾となり、その一閃を防いでいた。

「ほう、結構やるじゃないか。まるで達人が繰り出すそれだ」

 剣を払いのけると、マーガレットは後衛の前に立ちはだかった。
 続けて繰り出される剣閃はまるで蛇のように肉を求めてまとわりついてくる。
 まるで透明な人間が繰り出すような技の冴えに加え、しかしその軌道は本体である剣以外は物理的な干渉を受けないため、やけにしつこく攻めてくる。

「それぇ~~~!」

 横合いからステラの槍が剣を弾き飛ばす。
 吹き飛ばされる剣であったが、すぐに中空で制御し、同じ『構え』で切っ先をもたげた。
 やはりというか、物理的な攻撃は効きづらい様子だ。

「鋼が相手じゃ僕の出る幕ないじゃん……あと火光獣ポチも」

「オマエは隅で黙って見てろ」

 本来は後衛であるはずの魔術師レギウスは、それでも前に踏み出す。
 もともと前衛メンバーの少ない『星を追う者たち』ではこういった光景は珍しくない。
 だが身を危険に晒さなければ得難い効果を期待すればこそ、彼は命を張るのだった。

「何を呆けてやがる」

 レギウスの言葉は、ほかでもないターニャに向けられていた。

「……え、と」

「――歌えよ。場を盛り上げろ」

 それは簡潔すぎる指示だった。
 レギウス自身、ターニャがどんな種類の呪歌を修めているかなんて知りはしない。
 しかし彼女が日々の研鑽を怠って、他人の力にばかり頼るような性格でない事は重々承知していた。

「――♪ ――♪♪ ――♪♪♪」

 ターニャは歌う。
 普段の彼女からは想像できないほどに力強く、透き通る声で。
 魔力が織り交ぜられた歌声は心持つ者の精神に訴えかけ、劇的な変化をもたらす。

 【戦神の歌】。
 戦神に向けた讃美歌にして、猛々しさを端々に滲ませる闘いの音楽だ。
 心を持たない剣には単なる振動でしかないそれは、『星を追う者たち』の魂を震わせる。

「こういう手合いには駆け引きなんざ必要ねェ。叩いて叩いて叩き潰す――!」

 呪歌の支援を受けたレギウスは高らかに宣言した。

「《貫き砕く光の波動、輝きを散らして流星の如く数多に降り注げ》、――《弾け》!」

 【理知の剣】によって最適化されたレギウスの詠唱が結ばれる。
 無数の魔弾を撃ち出して辺りを一掃する【魔法の散弾】と呼ばれる術式だ。
 唯一の相手に使うには大味すぎる術式だが、広範囲にバラまかれる魔弾は避けづらく、被弾すればそれこそ次の術式の時間を稼げる。

「《慈悲なき鋼の桎梏、かの獣の爪牙を封じよ》――《結べ》!」

 次いで放たれたのは、幾条もの半実体の鎖であった。
 維持できる時間は短いものの、広範囲の対象を絡めとり呪縛する事ができる、その名も【魔法の鎖】。
 魔術の都トレアドールでは初歩の術式として伝えられているが、使いどころさえ誤らなければその威力は十全に発揮される。

「《雷霆紡ぐは捕縛の鎖、羅形らけいはしるは痛苦の紫電》……」

 詠唱の合間に、レギウスは視線だけでマーガレットに指示を飛ばす。
 呪縛しているうちに叩け。
 声なき指示に頷いたマーガレットは、強く地面を踏みしめ、大鎌を構えなおした。

「ふっ――!!」

 緊張からの解放。
 目にも止まらぬ速さで大鎌を叩きつけられた剣は大きく跳ねて鐘楼の壁に激突し、軋んだ音を立てた。
 【収穫】という死神の技ではあったが、本来であれば霊や死者たちに致命的な一撃を与える無慈悲な技である。

「こいつはおまけさ」

 続けざまにマーガレットは高々と右手を掲げ、パチンと指を鳴らした。
 それを合図に、頭上に禍々しい刃が創造される。
 無骨なまでのその刃は肉厚で、正しく断頭台のギロチンであった。
 【悲哀の鉄】と呼ばれるそれは処刑魔術であり、血肉持つ者に対して絶大な威力を誇る術式だが、単に重量のある鋼を叩き落されれば同じ鋼である剣はひとたまりもない。

《狩人の叫びは、焼き焦がす牙を剥かん》……」

 レギウスの詠唱の狭間に、頭上のギロチンが落とされる。
 激しい鎖の鳴き声は騒々しい事この上ないが、剣の悲鳴もひと際大きなものになった。

「――《掴み蝕め!》」

 ついに結ばれるレギウス三度目の詠唱、放たれたのは横に飛ぶ稲光であった。
 ギャガガガガガガガ!! と金属が激しく擦れるような不快な音を立てながら剣は振動する。
 【雷鎖の呪縛】という上級術式を用いて、レギウスは半実体の鎖に重ねるように雷撃による呪縛を重ね合わせた。
 雷鎖は対象を拘束すると同時に継続的な雷撃を与え続ける悪夢のような性質を持つ。

「ステラ」

「は~い?」

「オマエが決めろ」

「がってぇ~~~ん!」

 ぱあっと表情を明るくしたステラは、槍を逆手に持ち変える。
 右手で柄を握り、左手はそっと添えるのみで、その切っ先は対象である剣に向けられていた。
 ぐぐぐ、と力を溜める彼女の掌から、淡い光が槍へと伝播する。

「せぇ~~~、のっ!!」

 跳躍、からの投擲。
 淡い光を帯びた槍が、尾を引いて標的へと突き立った。
 爆発的な金属音が鐘楼の中の空気を叩き、物理的な衝撃として一帯を薙ぎ払う。
 それとどめとなったのか、激しく火花を散らした剣は力なくその身を放り出し、そのまま音を立てて床に転がった。

 もはや禍々しい光は発しておらず、物言わぬ一振りの剣と化している。
 それとほぼ同時にターニャの歌も終わり、鐘楼には再び静寂が訪れた。



 朝方に馬車を捨てて駆け戻ってきたあぜ道を、レギウスたちは再び歩いていた。
 昨日に比べ、刺すような冷気はいくぶん弱まっているように感じる。
 中央行路まではそう遠くはなく、そこからは馬車の旅に切り替えられる。

 行きのように大事な荷物を守ってもいない。
 気楽な旅になるだろう。

「鐘楼から忽然と消えた大鐘……って事になるよね?」

「シスターが殺人をしていた事より、そっちのほうがホーの人々を恐怖のどん底に陥れるんじゃないかって気はする」

「……、なんとかきちんと説明できるよう善処します」

 気楽な部外者たちに対し、街の人間である警備隊の青年は声こそ震えていなかったが、青ざめた顔をしていた。
 
「いま思うと……私は、シスターを捕らえた時、心の底から安心したんです。この恐ろしい事件を起こしたのが、私たちと同じ街の、ただの人間であった事に」

 震えそうな身体を必死に抑え込んで、青年は言葉を紡ぐ。

「でも……その行いの裏側には……あの時代を、我らのあの所業を知るものの意志が……神に近い存在の、意志が……」

 それ以上は耐えられず、青年の唇はわなわなと震えた。
 年若い彼は、おそらくホーの人々の中でも過去の所業に縛られていないほうの人間だ。
 だからこそ、事件の背後にいるのが人間であると冷静に判断を下し、冒険者に依頼を持ってくる事ができた。
 そんな彼がこの様子では、真実を知ったホーの人々はどうなってしまうのか。

「ホーの人間が恐怖に震えてんのは、過去の行いに対する罰をその身に受けちゃいなかったからだ。最初のショックが去りゃ、相応の罰を受けたと考えるようになる。かえって安心するだろうぜ」

「レギウス……」

「個人的にはそんな考え方は反吐が出るが」

「……珍しく殊勝な発言だと思った僕が馬鹿だった」

 レギウス、というか冒険者たちにとってはホーは単に依頼で立ち寄った街に過ぎない。
 その過去にどんな狂気が眠っていようが、その身に降りかからなければ関係のない事だと済ませられる。
 特別な事なんて何もない、ゆえに変わらない。
 ブレずに自分を正しく保つというのは、大勢の他人と関わらざるを得ない冒険者にとっては大切な素養だ。

「その……、あれ、は。皆さんが戦ったというあれは、もう本当にいないのでしょうか」

 恐る恐るといった様子で、青年は訊ねた。
 もしかしたら化け物を打倒した冒険者もまた化け物に見えているのかもしれない。

「雲かすみのように消えたという事でしたが……」

 無言のレギウスが頷くのを確認し、青年はその顔に安堵の色をにじませる。

「そう、ですか……終わった事には、違いないのですね」

 気がつけば中央行路に差し掛かっていた。
 ここからは馬車に乗り込み、危険も少ない中央行路をゆったりと移動できる。

「では皆さん、私はここで。……旅の無事をお祈りしています」

「いろいろお世話になっちゃったね。馬車のことも、ありがとうございました」

「あはは……本当に、先ほど馬車と一緒に置いていかれた時はどうなる事かと……」

 ターニャは気の毒な事をしてしまったとばつが悪そうな表情をしていたが、原因を作ったレギウスは素知らぬ顔をしていた。

「レギウスさんは本当に、マイペースというか……でも、凄いお方ですね」

「あんまり褒めないほうがいいよ。こいつ風邪引いて寝込んでた癖においしいところだけかっさらっていっちゃう奴だから」

 うるせェよ、とこの時ばかりはさすがのレギウスも反応した。

「凄惨な事件もありましたが……皆さんが再び立ち寄りたいと思うホーであればいいと思います。私も尽力します。もしおいでの際は、詰所にも顔を見せてくださいね。……では」

 警備隊の青年――ついに名前を聞くのを忘れていた――は去っていった。
 これからも貧乏くじを引く星回りにありそうな青年だった。

「さて……レギウス、それどうするの?」

 件の剣はレギウスの手にあった。
 こうして陽光の下にあれば、細工は美しいが何の変哲もない普通の長剣に見える。

「さぁな。その辺に放り出してきていいモンでもねェだろ。ホーに置いておくのは少なからず危険だ」

「……いーけどさぁ。その剣に魅入られてるんじゃないよね?」

 レギウスはすぐに答えなかった。
 ぱちぱちと目を瞬かせてカイルを見つめ返し、その唇が弓なりに笑んだ。

「だったらどうする?」

「逃げる」

「逃がすか馬鹿」

「なんで追いかけてくるつもりなのさ!?」

 ぎゃあぎゃあと叫ぶカイルを背に隠し、ターニャは無言で窘める。

「もう、おとなしくしてて。熱がぶりかえしちゃうよ」

「チッ。まぁ、俺もこんな寒すぎる街はもうごめんだ」

 レギウスはとっとと馬車に乗り込み、後は任せたとばかりに足を組んだ。
 あれでも一応は病み上がりだし割と大きめの馬車なので誰もツッコミは入れなかったが。

「そういえば、しってる? 真冬のホーには『氷竜の吐息』とよばれるダイヤモンドダストが吹くんだって」

「真冬にわざわざホーに来るのは苦労しそうだ」

「ホーで冬を越せるくらいの休暇が過ごせるよう大金を稼がないとね」

「うわー、何年かかるんだよ。それ……」

 一仕事終えた解放感からか、彼らは他愛もない会話に興じる。

 彼らの歩む道はどこまでも続いていく。
 時には蛇行し、時には頼りなく狭まり、時には折り返す。
 その先に何が待ち構えているかなんて知る者はいない。

 だが、それでも。
 『星を追う者たち』が揃って真冬ホーの街を訪れる機会は、今後一度たりとも訪れなかった。

「……ところでレギウス。ひとつ聞かせてほしい事がある」

 ほかの連中に気づかれないよう、声を潜めてマーガレットは訊ねた。

「ステラの放ったの事だ」

「……、気づいてやがったか」

 ステラの放ったとどめの一撃は【浄化の一突】という技であった。
 浄化の力を宿した槍で神速の突きを見舞う、ステラ独りではとても繰り出せないほどの神技。

「ボクはね。あれとよく似た力を知っている」

「……、」

「何しろ、ボクが仕込んだんだからね。

 そう、が支えていなければ扱えないほどの威力を秘める技だった。
 彼女の槍の技術は護身用にとマーガレットが手解きしたものに他ならず、大鎌の技を教えた記憶はないし、ステラが別の誰かに師事した事もない。

「君はあの日、ベルは死んだと言っていた。あれは嘘だったのか?」

「……いいや」

「そうか――いや、だとすれば。もしかすると……君でも手に負えない事態になりかかっているんじゃないのか?」

 レギウスは頷かなかったが、その無言の表情が肯定を示していた。

「……聞かねェのか」

「何を?」

「妹がどうなったのか、だ」

「まぁ……だいたい予想はついてるさ。だが、確信がない。確信を得るには君を糾弾しなくちゃならない」

「……、」

「これでも、ボクらはいい関係を築けてきたと思っているのさ」

 沈黙が流れた。
 気がつけば、他の連中は静かに寝息を立てている。
 ステラもその一人だ。

 近頃、ステラはよく眠るようになった。
 ともすればもう目が覚めないのではないかと肝を冷やすほどに、だ。

「新緑の時期になったら――」

「ん?」

「もう一度『あの場所』へ行く。そこで話してやるよ」

 まさかあのレギウスがこうも素直に話そうとするとは。
 マーガレットは目を瞬かせて、そして柔らかい笑みを口元に湛えて頷いた。

 彼らの道は雪の白から木々の緑へと移り行く。
 運命の分水嶺、ロスウェル五月祭へと手繰り寄せられていくのだった。



【あとがき】
『星を追う者たち』Lv5のシナリオは柚子さんの「Mimic」です。
猟奇的殺人事件とその裏に隠された街の過去を巡って冒険者が『探偵』を行うシティアドベンチャーなシナリオです。
ファンタジーな世界観であってもしっかりと現実が守られていて、種明かしの瞬間に思わず手を打ちたくなります。
とはいえ謎自体は参謀PCがガンガン推理を進めてくれるので一緒に証拠を集めて渡して、次に参謀はどう出る? と読み物系の楽しさも味わえるので一粒で何度も美味しいお話です。
なんといっても情報整理画面のインターフェースは、当時NEXTを触れ始めた筆者にとっては衝撃的でした……

とにかく参謀PCがかっこいいシナリオという印象が強かったため、星追リプレイではあえて少し外してみました。
ターニャがものすごくメモ取っていましたが、彼女は吟遊詩人かつ創作者なのでこのくらいは朝飯前で、小説ではお見せできませんがめちゃくちゃ達筆です。
それこそあんな状態のレギウスが安楽椅子探偵できるほどに。

さて、『星を行う者たち』の冒険もLv5となり、すでにソロも済ませてあるので『星を追う者たち』としてのリプレイは一応の完結となります。
この先は本編中でも語られる通りレギウスの故郷でありステラとマーガレットにとっても因縁の地、深緑都市ロスウェルを訪れて五月祭の事件に巻き込まれていきます。
ステラの身体に起こり始めた異変とマーガレットの妹に関しては『ウーノの追想』を参照されてください。

『星を追う者たち』はセカンドパーティという事もあって、あまり明確な目的もなく、単に「『月歌を紡ぐ者たち』ではできないシナリオをやろう」というコンセプトで始まりました。
その中心となるのはやはりレギウスで、彼の魅力を最大限に出せるようなシナリオを選んでいくつもりでした。
が、こんなに激重な過去を背負って、来るはずのない未来に唾を吐きつつ、現在を必死に生きるキャラになるとは思いもせず。
天真爛漫なステラや、後追いのマーガレットにも飛び火するという異常事態が起こってしまいました。
そんな中のカイルやターニャ、ポチは癒しです。

これからレギウスに訪れる運命は過酷なものになりますが、それでも彼は立ち上がり、現在を過去にしないために戦うのでしょう。


☆今回の功労者☆
ターニャ。レギウスの穴を埋めて、クライマックスでエンディングも歌ってくれました。

報酬:
1000sp

≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『Mimic』(柚子様)

今回の使用カード
【理知の剣】(『深緑都市ロスウェル』周摩)
【火光獣】(『晴藍渓流のエルフ』Leeffes様)
【戦神の歌】(『希望の都「F=ベル」』Djinn様)
【魔法の散弾】(『Star Dust』histar様)
【収穫】(『死霊術の館』SIG様)
【悲哀の鉄】(『死霊術の館』SIG様)
【魔法の鎖】(『魔術の都トレアドール』Boy様)
【雷鎖の呪縛】(『碧海の都アレトゥーザ』Mart様)
【浄化の一突】(『御心のままに』烏間鈴女様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。

『Mimic』(3/4) 

「やっぱり寝てない……」

 宿の二階、『星を追う者たち』が借りた部屋のベッドにはレギウスが上半身を起こしたままだった。
 彼の足元で、なぜか毛布にくるまったステラが静かに寝息を立てている。
 何がどうなってこうなったかはさておき、病人であるレギウスが素直に寝ていないのは確実だった。

「やっぱりじゃねェよ。だからこのガキ置いていくなっつってんだろうが……」

「いいわけをきこう」

「看病と称した暴走をどうして病人の俺が止めなきゃならねェんだよ。止めたら止めたで勝手に寝やがるし、俺もいい加減休めるかと思ったらオマエらが帰ってくるしよぉ」

「今から寝りゃいいじゃん」

「調査終えてきたんだろ。そっちへの興味が尽きねェ。俺にも聞かせろ」

「……だめっていっても聞かないんでしょ。勝手にしてよ、もう」

 半ば諦めつつ、ターニャは自分の荷物から羊皮紙の束を取り出した。
 先ほどの食事の際に片手間でまとめた今回の事件の資料である。
 片手間とはいえ本職吟遊詩人がまとめた、かなり詳細な内容が記されたものだ。
 さっそく、レギウスはそれを受け取って読み始める。

「まず話したいのは……被害者のふたりはどちらも殺される原因になりそうな諍いをかかえていた、ということ」

「そうだね。とりあえず容疑者として挙がった三名はそれを中心に調べられていたみたいだし。だけど両方とも殺す理由のある人はいなさそうだった」

「まず引っかかっているのは、そこ」

 ターニャはレギウスから容疑者の資料を取り返し、デスクに並べる。

「三名の容疑者は、どちらか片方を殺す理由をもっていても、もう片方とのかかわりはうすい。だからこそ、片方の殺人はカモフラージュだった、って可能性はありうるかな?」

「捜査を撹乱するため?」

「うん……計画的におこなわれた殺人だったのならカモフラージュは詩人のほうで、逆に突発的なものならカモフラージュは娘のほうだとおもう」

「つまり、本当に殺したかったのはどちらか一方なんじゃないか、と言いたいわけか」

 確かに被害者の二人に直接的な関係性はなく、繋がりは非常に薄い。
 木を隠すなら森の中、本命とは別に無関係の死体が出来上がればそれだけで犯人像はぼやける。

「より怪しいのは娘を恨んでいる革職人か借金男だろう。殺しに至るまでの事と考えると、吟遊詩人はやはり流れ者だからね」

「しかし、それにしたって殺すほどかな?」

「聞いただけのボクらじゃ想像もつかないような恨みがあったのかもしれない」

「……憶測で話すのは感心しねェな」

 あまりにも議論がまとまらずつい口を出してしまったレギウスに、ターニャはじろりと一瞥して抑え込んだ。
 だがレギウスの言い分ももっともだ。

「まぁ、事実として共通項が薄いというのは否定できないよね。二人とも金目のものを持ち歩いていたとは考えにくいし、金銭目的の犯行じゃなさそう。身体に乱暴を働かれた形跡はなかったし、そういう目的なら普通男は手にかけない」

「恨みをいだいていた人間がいる、これは共通項じゃないの?」

「うーん、一人が二人を殺したんじゃなくて、二人が一人ずつ殺したって事かい? だとしたら殺した後の処理が同じなのが気になるね」

「むかし、あそこでおなじようにされた大公の死にざまになぞらえて……亡霊のしわざにするため?」

「何らかのメッセージが込められているのかな?」

「……動機の面から洗っていくのは得策とは言えねェな」

 再びレギウスの横槍が入る。
 すでに彼はターニャが用意した資料をすべて読み終えている様子だった。

「はっきり言うぜ。時間の無駄だ」

「……レギウスはやすんでてっていったでしょ」

「このまま進めたんじゃ真相に辿りつく前に夜になるぜ。そうしたらまた次の犠牲者が出る」

「……!」

 きっぱりと、レギウスはそう言い放った。

「むしろ出ねェと思うか? だとしたら悠長すぎるぜ。この事件は少なくとも今夜中にはケリをつける必要がある」

 部屋の中に束の間の静寂が訪れた。
 事件の異常性はこれまでの調査で浮かび上がってはきている。
 三度目はないと、無意識に考えていたのだろうか。
 それともレギウスのように締めるべきところを締める存在がいなかった事で、緊張が緩んでいたのか。

「確実に言える話をしろよ。前提がなけりゃ推論は成り立たねェんだからよ」

「わ、わかった……」

「まず、凶器は鋭利な刃物だって事は確実だね。どちらの遺体も胸をひと突きされて殺されてた」

 慌て始めたターニャに助け舟を出すように、カイルが資料を示して言った。

「ここから導き出される犯人像は?」

「たぶん、男だ。もし相手が油断してたとしても、ひと突きで殺すのは普通の非力な女性には無理だよ」

「でも女性だって怪力だったり、剣に長けてる人はいるよ。たとえば冒険者とか騎士とか」

「この小さな街の人間としてはイレギュラーだね」

「だけど、そのイレギュラーを推理からのぞくのは危険だよ。刃物のあつかいを、たぶん生き物を殺すという種類の次元で心得ている男性……もしくは体格のいい女性。その職業は、たとえば猟師、あるいは警備隊。そんなところじゃないかな」

 凶器と死因から浮かび上がったそれこそが、事実に基づいた推論となる。
 確実な事柄が土台となって支えていなければいとも簡単に崩れ去る推論しか浮かばないものだ。

「十中八九、その通りだろ。集められた情報がそう語ってる」

「でも、それじゃ……」

 ターニャはまだ納得していない様子で俯いた。

「だが、俺もこれ以上突っ込んだ推論は立てられねェがな。決定打がねェ」

「情報が足りないって事か。しかし、これ以上どこを調べたらいいのか……」

「犯人像はほぼ見えたんだし、もう少し範囲を絞って調べてみるのもいいかも。……とはいえ、例の容疑者三名とも引っかかっちゃうんだけど」

 ホーは小さな街といえど、犯人像に該当する人物は少なく見積もっても一〇〇〇人はいるはずだ。
 警備隊のような組織力もない『星を追う者たち』にとっては雲をつかむような話だ。

「ターニャ、ひとつ頼まれちゃくれねェか」

「――はっ!?」

 驚愕の声を上げたのはターニャだけではなかった。
 マーガレットは恐ろしいものをみたかのように目を丸くしているし、カイルは馬鹿みたいにぽかんと口を開けている。

「……なんだよ。頼れっつったのはオマエじゃねェのか」

「ご、ごめん。びっくりしちゃって……それで、なに?」

 レギウスは荷物袋からスクロールの束を取り出して、ターニャに向かって差し出した。

「図書館で調べ物だ。大公サウルについて知りてェ」

「なんだい、歴史のお勉強?」

「そもそもこの事件は大公サウルの死に様になぞらえてあるからこそここまで大事になってんだ。歴史をよく知る街の人間がそうだと確信し、亡霊が復讐を始めただのと言いだすほどに、だ。だったら犯人も大公サウルをよく知る人物って事になる」

「逆にいえば、大公サウルについてしらなければ見おとすなにかがあるかもしれない……」

 そういう事だ、とレギウスは肯定する。

「ついでにホーの街で起こった事件・事故の記録も漁ってくれ。こっちは類似事件があったかどうかだけでもいい」

「それはいいんだけど……でも、このスクロールはなに?」

「オマエらは知らねェだろうが、この街の図書館の蔵書量は大したもんだ。だが、中には原文ままの古語でしか残っていないものもある。その時のための『解読』だよ」

「いいの? 貴重じゃなかったっけ、これ」

「必要な時に使わねェでいつ使うんだよ。まぁ、俺ならそれも必要ねェんだが、この部屋から出るのはナシなんだろ?」

 確かにレギウスが動けない以上、貴重な『解読』のスクロールの使いどころではある。

「……わかった。それじゃ、今度こそレギウスはねててね?」

 一応の念を押して、ターニャは宿を後にした。
 慌ててその後を追うマーガレットとカイルを従えて、街で唯一の図書館へと向かう。
 昨日、暇つぶしにとレギウスは図書館を訪れたらしいが、そこは宿にほど近い場所にあった。

 入口にある石碑には、もともとは教会の書庫の蔵書数が増えたために国の援助を受け分離して設立されたものだという、図書館の由来が記されていた。
 街の者には開かれており、誰でも訪れて蔵書を閲覧する事が可能だが、外部の人間には立ち入りを認めていない、ともある。

「そう、事件の調査で。どのような事をお調べになりたいので?」

 管理を任されているという司書の女性は、ターニャの全身をつま先から頭の上までさっと眺めまわした。
 ストレートに不躾な視線だった。

「ここの蔵書が、あのような事件の役に立ちましょうか」

「……街の歴史をしりたいの。とくに、ウルダーン大公サウルについて」

 まっすぐな視線で告げるターニャの顔を、司書はじっと見つめている。
 何事か考えている風だ。

「許可します。どうぞこちらへ」

 司書の女性が促しているのは、書庫のほうであった。

「教会学校で教えるような通り一遍の歴史を知りたいのであれば一般開架の蔵書室でも構いませんが、貴方がたの用事のある歴史はこちらだと思います」

「……どうも」

 廊下の奥まったあたりにある『閉架』とプレートが掲げられた部屋の前に彼女は立ち、鍵束から鍵を取り出した。

「蔵書の数はさほどありません。好きにお読みになってください。一部の書は古い言葉で記されていて、求められれば私が拙いながら訳すお手伝いをする事もあるのですが――」

 司書の女性はターニャをちらりと見やった。

「そちらの方は入り口の石碑の、原文のほうを読んでおられたようですから必要ありませんね。これで失礼します」

 踵を返した司書の女性を、ターニャは呼び止める。 

「純粋に興味からききたいのだけど、あなたは事件についてどうおもっているの?」

「……、まるで歴史を再現したかのような所業です。みなが言うように大公が地獄から蘇ったのなら……我々はその怒りの前にひれ伏し、どんな事をしてでも許しを乞わねばなりません」

 しかし、と司書の女性は言葉を続ける。

「もしも大公の亡霊を騙る、あるいはかのお方の死を嘲笑する何者かの仕業であれば……その者には火刑がふさわしいでしょう。からだの復活、魂の昇華を許してはなりません」

 そう語る言葉の端々に滲むのは怒りではなく恐怖でしかなかった。
 レギウスが柄にもなく他人に頼みごとをしてまで知りたがる大公サウルという人物に、ターニャも好奇心が湧いてきた。
 司書の女性が退室した後、改めてターニャたちは室内に目を向ける。

 レギウスも言っていたが、この図書館の蔵書量は圧倒されるほどに多い。
 ターニャはすでに『解読』のスクロールを読んでいるものの、こうも多いとほかの二名にも手伝ってもらったほうがいいかもしれない。

「ま、全部が全部ってわけじゃないだろうし、古語のものはターニャに任せてオクらは読めるやつから探していくよ。それでもまだ追っつかないなら『解読』を使ってスピードアップする」

 手分けして読んでいかないと日が暮れても終わりそうにない。
 ターニャたちはさっそく、目の前の蔵書に挑みかかった。

 窓から差し込む日差しが、部屋に漂う埃をくっきりと映し出している。
 仲間がページを捲る音だけが響く部屋の静けさは、まるで時が止まったかのようだった。



 ホーの夜は足が早い。
 辺りが暗くなり始めた頃、ようやく閉架図書の情報を取りまとめたターニャたちは宿に戻ってきていた。
 早速レギウスとステラがいる二階へ向かうと、果たして二人はそこにいた。

「おかえり~~~! ねぇどうだった? どうだった???」

「……レギウス、ちゃんとねてた?」

「寝てたよ。うるせェな……」

 そんな事よりも結果をよこせと言いたげにレギウスは乱暴に髪を掻いた。
 一応は約束を守ってくれたようではある。
 ターニャは荷物の中からまとめ上げた羊皮紙の束を取り出した。
 それぞれ得た情報の輪郭はおおよそ同じようなものであったが、ターニャの読んでいた古語で記された書が最も細部にわたり詳しかった。

『地方の豪族たちが騎士団を成し、教会歴一五年にその長が宗教都市ラーデックより大公位を授けられた。
 ウルダーン大公国がここに発祥。
 やがてウルダーン大公サウルの治世に流行病によって国力が衰え、重税を課せられていた民が蜂起。
 それを援助した隣国の侵攻も重なって崩壊。
 大公サウルは処刑され、鐘楼から吊るされた。
 その死体は焼かれ、墓は残っていない。
 ウルダーンは隣国に併合され、その一地方に落ちる』

 ここまでは、それこそ司書の言葉を借りれば教会学校で習える知識だろう。
 しかしそんな書が閉架図書にされているのには理由がある。

「大公サウルにつかえていた宮廷画家がかいた私小説があったの」

 それにはサウルの私生活における乱行も描かれていた。
 あまりに赤裸々な描写がなされていたため眉をひそめる向きがあったのだろう、併合した側の国の手入れで焚書にあっている。
 ターニャが読んだものは焚書を逃れた一冊だと、別紙として挟んであった羊皮紙に付記されていた。

「いいじゃねェか。そういうのがなけりゃ調べ甲斐がねェ。それで?」

「大公サウルはものすごい偉丈夫だった、と。剣が達者で、地方のちいさな反乱程度なら自分で馬を駆り、兵を率いて制圧にむかったんだとか。そして英雄色を好むの例にもれず、女好きで、毎晩違う女性をしとねにはべらせていたらしい」

 そう言って、ターニャは私小説の写しを差し出した。

『我が君と娘が淫蕩の境地にある中私は絵筆を握っていた。私の精神はいっとき、我が君の魂と交じり合うようだった』

「褥にも立ち入りを許されるほどの立場だったってわけか」

「前半はずっとこんなかんじで、もううつしたくなくなっちゃったけど……えっと、このあたりからが面白いよ」

『このところ、我が君の様子がおかしい。
 顔は青褪め、食も細り、褥に呼びつけられる娘はいなくなった。
 いつからだろうと考えると、あれはそう、遠征から戻られてからだ』

「東方の国へ騎馬隊をひきいて遠征したらしいの。そして宮殿を破壊してひと振りの剣をもちかえってる」

『かの国の神話に見いだされる剣なのだ。死者を裁く冥府の番人が持つ剣なのだ、と言って、肌身離さず、飽くことなく、翡翠の刀身を覗きこんでいる。
 私は気味が悪かった。
 貴方が国を離れておられる間に、病が城下を覆い尽くしましたと告げても、なれば生き残った者に貢がせよと。
 民に関心を失っておられた。
 我が君が見つめているのはいつも剣。
 私の存在に目もくれず、私の描いた絵を見せても、大儀そうに首を振るだけだった』

「そこに反乱と侵攻がかさなったみたい。ご注進してみせたこの画家も結局はぬるま湯の宮廷暮らしで、状況をきちんと理解してはいなかったんだね。
 ……民のほうは病と重税とに追いつめられてた。病による死者だけじゃなく、餓死者がでるくらいには」

 ターニャはさらに別の羊皮紙を取り出した。
 反乱が起きたあたりの記述を別の蔵書から引っ張ってきたものだ。

『捕らえた大公の腹を裂き、鐘楼から吊り下げ、それを囲んで浴びせた民たちの怨嗟の声は、ホーに地鳴りのように轟いた』

「もともと賢君として尊敬を集めていた分、裏切られたという思いも強かったんだろうな」

「でも、この民衆に同情ばかりつのらせるのもどうかとおもう」

「ほう?」

「どうにも、『腹を裂いた』なんてあっさりしたものじゃなかったみたいなの。ある者は胃を裂いて未消化だった食べ物を食らい、ある者は目をくりぬいてもちさり、ある者は腸をベルトのように巻いておどった」

「うへぇ……」

 傍で聞いていたステラの表情が歪む。

「なかなかにぶっ壊れてやがんな。一時的にハイな状態になってたんだろうぜ。集団心理の暴走ってやつか。食らうって行為には自己同一化の願望もあった可能性も……、どうでもいいか」

「もっとこまかい描写もされてたけど、関係なさそうだしやめとく。読んでて気分悪くなっちゃった」

「大公を畜生呼ばわりしてる本もあったけど、糾弾する側の民衆も同じ畜生に成り下がってたとはねぇ」

「クーデターが成功してよかったな。民衆は自分たちの獣性を覆い隠す事に成功したってわけだ。暗く閉ざされた部屋の書架の中にな」

 だが、とレギウスは一区切りをつけて続ける。

「彼らの末裔、つまりホーの人間は、先祖が何をしたのかを知っている」

 街の人間が恐れているのはまさにそれだ。
 いくら相手が暗君だとしても、彼に手をかけ、遺体をむやみに傷つけ辱めた事実は覆らない。
 やりすぎたと気づいた頃にはもう遅く、弁明のしようもない。
 だからこそ、街の人間は大公サウルを激しく恐れているのだろう。

「……じつはもうひとつ、面白い話があったんだ。ホーの人々がほんとに恐れているのはこっちだとおもう」

 ターニャは新たな羊皮紙を取り出した。

『ホーよ、ウルダーンよ、血を流せ。
 お前たちとその子孫を葬るなど造作もないこと。
 神の血脈に連なり、今は冥府の番人たる我ならば。
 永久に呪われるホーよ。
 絶望に凍えるウルダーンよ』

「大公は腹を裂かれながら、そうさけんだそうだよ。最後のほうは意味をなさない言葉の羅列になってたそうだけど……
 ホーの家庭では口伝でこの物語がつたわっているみたい。子どものころから大公サウルは太古の悪霊のような存在として精神に植えつけられている」

「神聖な家系の大公を寄ってたかってなぶり殺しにした。それを罰せられる事に一〇〇年経った今でも怯えているのさ」

 その情報を踏まえると、大公が現代に蘇って自分を無残に殺した民衆に復讐をしていると考える民がいてもおかしくはない。
 だが、大公の亡霊が成す復讐と自分たちの昔の所業が明るみに出る事、果たして本当に恐れているのはどちらなのか。

「……とまぁ、集められた情報はこんなところだったね」

「ポイントとなるのはやはり大公の最期の姿だろう。資料を見る限り、被害者二名の様相と酷似している。つまり十中八九、犯人はホーの歴史を知る街の人間だ」

 たとえばレギウスたちのような旅人が噂程度に聞いたくらいでは再現できないほどに歴史に忠実だった。
 外部から殺人鬼が流れてきた、などという可能性は薄いだろう。

「だけど、街の人間で犯人像に当てはまる人物だとしてもやっぱり一〇〇〇人はいるはずだよね。どうやって絞るのさ?」

「絞る必要なんかねェだろ。あとはピースを当てはめるだけだ」

 レギウスは相変わらず資料に目を向けながら言った。

「……もしかしてもう犯人分かっちゃってんの? 教えなよレギウス、時間ないって言ってたの君だろ?」

 やや面倒そうに、レギウスはターニャに向かって、

「鍵となる証拠には気づいてんだろ?」

 それだけ言って自分は再び資料に視線を落とした。

「うん。油でしょ。詩人の指と鐘楼の扉についてた」

「それが何か?」

 ターニャは机の上、宿の備品であるランプを指した。

「ホーでつかわれてる油は獣脂だよ。狩猟を主にしてる民族だからね。だけど詩人の指と鐘楼の扉についてた油はオリーブのにおいがした。つまりオリーブをしぼってつくった油だよ。高価なものだし、温帯の植物だからホーではまず手にはいらない」

 つまり、とターニャは握りこんだ右手をひねって見せた。

「詩人はノブをひねって扉をあけて、鐘楼にはいったんだよ。

「ま――待って。あそこはずっと施錠してあったはずだよ。鍵を持っていないのにどうやって普通に入るのさ」

「鍵をもっていたか、鍵をもっている人物が傍にいたか、あるいはあけっぱなしだったのかも」

 それはつまり、鍵を持っていた人物が事件に深く関わっている事を指している。

「それでも待って。扉には破られた形跡があった。あれは? 普通に開くのなら扉を破る必要なんてないだろう」

「必要はあったんだよ。もしあの扉にやぶられた跡がなかったら、だれが真っ先にうたがわれるとおもう? 中にはいることができるのは鍵をもっている人間だけなんだよ」

「偽装した、って事?」

「そうじゃないとノブについた油の説明ができないからね。事件が発覚してからは、警備隊と私たちしか鐘楼にちかづいた人間はいない。警備隊にたまたまオリーブオイルを所持している人がいて、たまたま手に付着させたままノブをさわった、なんてめちゃくちゃなことがおこらないかぎりはね。まぁ、それにしたって詩人の指についた油はできすぎだけど」

 詩人がノブをひねって中に入った事実が分かれば、おのずと偽装の事実も浮かび上がってくる。
 扉が無傷であったとしても、扉が破られていても、どちらにせよ事件の鍵を握っているのは文字通り鍵を持った人物だ。

「ノブをひねって開けようとして、だけど開かなかったから扉を破った可能性は?」

「詩人が? なにをつかって?」

「木片を見るに斧が使われた可能性が高い……その辺の家の庭から盗んだ、とか」

「薪を割るためのものでも、ふつうは屋外に放置したりはしないよ。たまたまあったとしても深夜のことだよ、うまく探せるとはとてもおもえない」

 さらに、吟遊詩人が深夜の鐘楼に向かう理由にも疑問符が浮かぶ。
 最も可能性のある理由としては、やはり犯人に『誘われた』というのが有力だろう。

「でもさ、鐘楼の鍵を管理していたのは教会のシスターだよ。犯人像と彼女は一致しなくない?」

「確かに、百歩譲って娘の殺害はともかく、吟遊詩人の殺害は無理があると思うね。どうやって非力な女性の手で男をひと突きで殺し、その死体をぶら下げる事ができるんだ?」

「……逆にききたいんだけど、どんな人間ならそれができるの?」

「猟師とか、警備隊。騎士とか傭兵とか地元の冒険者……」

「でも、彼らは鍵をもっていない。鐘楼にはいれない以上、どれだけ力をもっていても彼らは詩人を殺すことはできないよ」

 ターニャたちはその目で確認したはずだ。
 鐘楼の床は掃除しきれないほどに血に塗れており、中で殺人が行われた事は間違いない、と。

「……外壁をロープでよじ登った、とか」

「どうやってロープをむすぶの? フックをなげたくらいじゃ鐘楼の上まではとどかないとおもう」

「羽でパタパタ~~~って、飛んだ!」

 難しい話ばかりで飽きてきたのか、ステラが能天気にそんな事を言った。

「この世の中、背中に羽がはえた人間がいたっておどろきはしないけどね……でも、それなら扉にあんな偽装工作する意味がない。
 都合がわるいから工作したんだよ。では、だれにとって都合がわるいか? ……鍵をもっている人間だよ」

「シスターは鍵を開けただけで、実際の殺人は別の者が行った。あるいはシスターが犯人を庇っている。……つまり共犯者がいる可能性は?」

「……、その可能性を完璧に否定する材料はないね」

 淀みなく答えていたターニャだったが、急に歯切れが悪くなった。

「けど、私は協力者はいなかったとおもってる。だって、協力者がいたのならもうちょっとうまくやれたんじゃないかっておもうの。娘の内臓をすてる必要だってなかった」

「内臓を捨てた?」

「大公サウルの死になぞらえるなら、その臓器はなるべく無事のほうがいいでしょ? 詩人のときはそうやって、裂いた腹から盛大に垂らしていたんだし」

 だが、娘の遺体はどうだったか。
 ばっくりと開いた腹の中には何もなかった。

「重いからすてたんだよ。そうすれば運びやすくなるから」

「そういえば、娘の遺体が発見された時はほとんど血が流れていなかったとか言ってた警備隊の男がいたね」

「そう、娘の殺害場所は鐘楼じゃない。前日に殺人があった場所に誘いだすのはさすがに無理があったんでしょ。だから別の場所で殺して、鐘楼へ運びあげるために臓器と血をすてて軽くしたんだ。この作業には目撃される危険、すてた臓器を発見される危険がともなう。だけど、もし協力者がいたとすれば」

「そんなリスクを背負う事なく、協力してさっさと運んでしまったほうがいいだろうな……なるほどね、だから単独犯の可能性が高いわけか」

 部屋の中にわずかな静寂が生まれた。
 ターニャの推理は理路整然としており、立派な推論として成り立っている。
 だが、唯一にして絶対の、噛み合わない条件は無視できない。

「でもさ、やっぱり非力なシスターが二人を殺せたとは思えないんだけど」

「それについてもかんがえはあるよ。だけどあくまで推測の域をでないんだけど……でも、本人に聞けばすぐにわかるんじゃないかな」

 ターニャは丸めた羊皮紙をカイルに差し出した。
 蝋で封がされており、資料とは別物らしい。

「教会のシスターにこれをわたして、鐘楼にくるようにつたえてほしい。たぶんそれだけで意図は通じるとおもうから、逃げないようにみはってて。あとは私がやるから。陽が落ちる前に、はやく」

「えー、その前に僕の疑問に答えてよ。推測でもいいからさ」

「……ええと、レギウスちょっとそれ返して」

 もはや羊皮紙のほとんどを占領していたレギウスから、一枚の羊皮紙を取り戻して広げた。

「郷土史の中に警備隊、その前身である自警団のなりたちについての記述があって。ここから読み取ったんだけど……」

『ウルダーン大公国は崩壊し、首都としての機能を失ったホーの騎士団は解体された。
 ヨーンソンからの援助なしで結成された自警団は、当初たったの一五名であった。
 以降の増員も微々たるもので、総数はほとんど変わらず現在に至っている。
 大公国時代に比べ人口の減少したホーでの自警団の仕事は、夜間の警邏・喧嘩の仲裁、窃盗への懲罰、などであったから、この人数でも立ち行かないということはなかった。
 自警団が総動員されたのは、森にオーガが現れたと知らせが入った時、(熊の足音を聞いた者の勘違いであった)と、修道士の少年が行方不明になった時(都会へ出る旨の書置きが見つかり収束)のみだった』

「……どゆこと?」


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周摩

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