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『子供狩り』(2/2)  

「……やー、やっぱ便利じゃのう。電撃」

「おお? なんだよいきなり」

「グリズリー相手じゃあわしのクロスボウもマリナの鋼線もレティシアのレイピアだって通らねえんだぜ? 死人が出てねえだけで奇跡よ」

「おれはボロボロだけどな!」

 グリズリーの巨体と分厚い毛皮は生半可な攻撃を通さない。
 基本的には対人装備であるスコット、マリナ、レティシアにとっては天敵とも言い換える事ができる相手である。
 反面、エリックが操る気孔術は多少の距離は無視できる技もあり、いくら強靭な肉体でも電撃は体内を通るため意味を成さない。
 そして彼の纏う『不撓の魔鎧』は堅固な防御力を誇り、グリズリーの一撃を受けられる唯一の存在である事から見事に盾としてこき使われたのだった。

「しっかし、これからどうするよ」

「手がかりがなくちゃ話にならないわ」

「こうなりゃ無理やりにでも村長の口を割ったほうが手っ取り早い気がするぜ」

「口を割らせるのは村長じゃなくてもいいわ。村人もある程度は事情を知っているはずよ」

「どうしてそう言い切れるのです?」

「『隣家の子供が風邪をひいた』程度の話が村中の噂になるのが田舎の性質よ。こんな閉鎖的な村で何か異常が起こったとしたら一人で事情を隠し通すのは至難の業だし、それも子供ひとりが姿を消すような事件よ。知らないはずがないわ」

「だな。こうした片田舎じゃ横のつながりが強ぇモンだからな」

 スコットが後を引きついで「貧困と戦うために仕方なくそうなってる部分もあるんじゃがなぁ」と補足する。

「あの女の子の事を考えるとあまり時間はない」

「急ぎましょう! 何が何でも口を割らせるのです! たとえどんな非道を行おうとも!!」

「あんた本当に聖職者なの?」

 マリナの呆れ果てたツッコミを無視して、レティシアはずんずんと森を進みだす。
 その方針には賛成なのだが、彼女が言うととても危険な香りがしそうで怖い。

「……お頭、半歩こちらへ」

「うむ」

 ガイアの短い忠告を受けてスコットがきっちり半歩分の距離を引いた瞬間、横合いの茂みから何かが飛来してエリックらを襲った。
 しかしそれらは誰にもかすりもせず地面に突き立つだけにとどまった。
 三本の、つくりが粗い矢だ。

「誰です!」

 即座に反応したレティシアが茂みに分け入ると、遠方で三つの人影が木々を揺らして駆け去ったところだった。
 その身なりから、おそらく村の人間である可能性が高い。

「おい小僧、避ける意味あったかこれ」

「……泥が跳ねます」

「今更泥汚れくらい気にしねぇんじゃが……まぁいい。ようやった」

「どうでもいいから追いますよ、早く! 今なら追いつけるんですから!!」

 声を張り上げながら疾走していくレティシアの後を、呆れた様子でエリックたちがついていく。
 先の一撃で村人たちの技量は知れた。
 レティシア一人が乗り込んでもどうにでもなるほどの力量差があるだろう。
 しかし、今の彼女を放っておくと何が起こるか想像できず、彼女の暴走を押しとどめるために足を速めざるを得なかった。

 ややあって、先行するレティシアが足を止めた。
 その先には村人らしき青年が足をかばうようにして蹲っている。
 おそらく足元の木の根に引っ掛けて逃げ遅れたのだろう。
 その手には弓もあり、彼がさっきの襲撃者である事は疑いようがない。

「なっとらんのう、まったくなっとらん。襲撃時に最も気を揉むべきは逃走ルートじゃろうが。一矢のみに留めて即座に撤退する作戦だけは褒めてやるが、それにしても地の利を活かさんとはどういう――」

「ろくでもない情報吹き込んでんじゃないわよ」

「……あなたにはききたいことが山ほどありますの」

 いつものノリで漫才じみたやりとりを始める二人を尻目に、クロエが一歩前に出て言った。
 しかし青年は固く口を閉ざしたまま何も言わない。
 すっかり周りを囲まれてしまったため冷や汗をかいている様子だが、思いのほか口が堅いようだ。

「どきなさいクロエ。あんたじゃ荷が勝つわ」

 どう見ても組し易そうなクロエを下がらせて、マリナは不敵に口の端を吊り上げる。
 すでに尋問は始まっているのだ。

「大人しく吐いてくれないと痛い目を見る事になるわ。どんな風に痛い目を見るか……知りたい?」

「……ふん、あんたたちになんか話す事は何もないね」

「冒険者なんてやっていると色んな知識が身につくものよ。たとえば、どんなに鍛えても痛みへの耐性をつけられない場所っていうのが人間の身体にはあるんだ、って事とか」

「……っ!」

「指と爪の間、眼球、足の裏。そんな場所を責められたら大の大人でさえ泣き叫ぶそうよ。こんな知識を仕入れたところで使う予定がなかったんだけれど……あんた、試してみる?」

 青年の顔に怯えが走った。
 後ずさろうとするが、背後に回ったガイアがそれを許さない。

「おう、おう。やったれ女王様。サディスティックな鞭捌き見せてくれや」

「鞭なんて要らないわ」

 煽るスコットに乗って、マリナはあえて青年の足元から小枝を拾った。

「ほら、この木の枝、自然に折れたはずなのにこんなに鋭利。これで皮膚の薄いところをやられたらどんな風になるかしら。ねぇ、気にならない?」

 これでもかというほどの猫なで声で、マリナは薄い笑みを浮かべて青年に迫った。

 その手に持った小枝はまるでナイフのような鋭さを見せる。
 これにはたまらず青年は声にならない悲鳴を上げて、必死に首を左右に振った。

「そう、興味ないの? でも、あたしは気になるわ」

 マリナを見上げる青年の瞳に恐怖が刻まれている。
 雪の降る時期だというのにこめかみをじっとりと濡らした汗がぽたり、ぽたり、伝い落ちていく。
 いつ泣き出してもおかしくないほどに、だ。

「まぁ待てマリナ。そう脅かしてちゃ話ができないだろ」

 割って入ったのはエリックだった。
 マリナは意地の悪い笑みをすぐさま引っ込めて、手中の小枝を放り捨てて身を引く。
 らしくない素直さだが、こうした激しい尋問をしていけばいずれエリックが割り込んでくるのは想定済みだったのだろう。

「おれは平和的に話し合いができればそれに越した事はないと思ってんだ。村人もなるべくなら傷つけたくない。だから、話してくれねえか? おれたちを襲撃した理由と、この村にいま何が起こっているのかを」

「そうすれば危害は加えないと約束するわ」

「……、……ほ、本当に?」

 マリナが頷くと、青年の瞳にわずかに迷いが生じた。
 しっかりと揺さぶられた青年は、ついさっきまでの頑なな雰囲気を完全に失っている。

「むしろ、おれたちは村の人たちを助けに来てんだよ。ついさっき、セシルという女の子が姿を消した。心当たりあるか?」

「……っ!」

 青年が息を呑むのが分かった。
 見事に釣れたとマリナは青年に見えないようにほくそ笑む。

「この村の女の子よ、知らないはずがないわよね? 彼女の持っていた人形だけが置き去りにされていたわ。この村に起こっている事と無関係じゃないんでしょう。あの子の身を案じる気持ちが少しでもあるのなら、協力なさい」

「……、」

 明らかに動揺の色を隠しきれていない青年は、今度は脂汗を流し始めた。
 憂いを帯びた目を地面に落とし、諦めたようなため息を漏らす。
 マリナは聞こえないように小さく息を吐いて、エリックの肩に手を置いてGOサインを出す。

「おれたちはこの村を助けるようにって依頼を請けて来たんだ。村のためを思うのなら、協力してくれ。力の及ぶ限り、いや! 何があってもお前たちを助けると約束するぜ!」

 最後の一押しは、エリック風の言葉にするならば『正義の一押し』だった。
 青年は長い間うつむき、葛藤している様子だったが、やがて顔をあげるとついに深く頷いた。

「分かりました。あなたがたを信じて、お話します。どうかこの村を、子供たちを……セシルを救ってあげてください」

 青年の瞳に嘘がない事を確認して、一仕事を終えたマリナは近くの木の幹に背を預けた。
 それを契機に青年を囲んでいた輪が少しだけ広がる。
 あくまで少しだけなのは尋問を終えても周囲の警戒を怠っていない証だった。

「まず、あなたがたを襲った事をお詫びします。いつもつるんでいる若者たちであなたがたを追い返そうと企んでやった事です。冒険者の干渉など、事態を悪くするだけだと思い……」

「事態の悪化ねぇ。という事は、やっぱりこの村では何かが起こっているわけね?」

「皆さんもすでにお気づきのようですが……子供がさらわれています。時期は、そう、一昨年の秋頃からでしょうか」

「そんなに以前から? という事は……」

「ええ、さらわれたのはセシルだけではありません。近隣の村を合わせれば数えるのも馬鹿らしいほどになります。」

 ぎり、と奥歯が噛み締められた音がした。
 それはレティシアからだっただろうか、エリックからだっただろうか。
 あるいは両方だっただろうか。

「私たちは子供がさらわれていくのを手をこまねいて見ているほかありませんでした。……ええ、本当に文字通り見ていた事さえあったのです。あのお方は、はばかる事なく堂々と子供を連れてゆかれましたから……」

「……なんだかいやな予感がいたしますわ」

「子供たちをさらっていくのは……、この土地の領主、オーギュスト様なのです」

 クロエは嫌な予感が当たった事で頭を抱えた。
 土地を治めるべき領主がこのような悪事を働いているなんて呆れかえるばかりだ。

「オーギュスト様はとにかく蛮勇で知られたお方でした。敵対した国では『戦場であのお方の姿を見たら生き残れない』という噂までが囁かれたそうです」

「噂ってのは尾ひれがつくもんじゃがのう?」

 言いつつ、スコットはマリナの様子を伺った。
 マリナの返答はない。
 さすがにそこまでの情報がなかったのだろうか。

「先頃、オーギュスト様の弟君が乱心して国王に切りかかったかどで処刑され、オーギュスト様も地位を剥奪され、財産の多くを没収されてしまいました。いくつか所持されていた城も、情けのようにひとつ残されたのみです」

「……凋落のショックで気が触れちまったのかねぇ」

「オーギュスト様がどうしてこのような事をされるのか、私たちには分かりません。私たちが知っているのは、あの城に連れてゆかれて帰ってきた子供はただの一人もいない、という事だけ……」

「そこまでされていながら、何故抵抗しない? オーギュストが人をさらっているのは明々白々なのだろう?」

「確かにあのお方は、地位を剥奪されています。厳密に言えばもう領主ではありません」

 しかし、と青年は疲れたように続けた。

「実質、あのお方は今でもこの土地の領主なのです。表立ってはあのお方は全てを失い、ただの平民に身分を落とした、という事になってはいます。しかし、お国はその武勲を無視できなかったのでしょう。一城とこの貧しい村々をあのお方に残されました」

「お情け、って事ね」

「……そう思います。あのお方は形式上はすでに平民ですが、実際はこの貧しい村々の支配権を持たれたままなのです」

「だが、されるがままというのは……!」

「私たち村人にとって領主というのは……神にも等しい存在なのです。逆らうなんて……考えるのも恐ろしい」

 青年は両手で顔を覆った。
 抵抗した後の事を想像したのだろう、心の底から恐怖している様子だ。

「だったらよ、領主の上の偉いさんに話つけりゃいいんじゃねえか?」

「……それも無理でしょう。この村々はお国からオーギュスト様へ最後の情けとして贈られた褒美です。その時点で、見捨てられているのです」

 それでなくとも国が地方のゴタゴタにいちいち介入してくるかどうかは分からない。
 何よりも村人たちにはそんな発想なんてなかったに違いなく、思いついたとしても最初から諦めて行動しなかっただろう。
 ただひとり、依頼主の男性を除いては。

「彼だけが……『助けを求めるべきだ』と言っていました。いくらオーギュスト様といえどもこんな横暴は許されるべきではない、と……私たちは彼が恐ろしかった」

 懺悔のような独白は続く。

「たとえ何をされても私たちはただ奴隷のようにあのお方のために働き、そして耐えるしかないんです。今までだってずっとそうしてきた。だのに、今更何を言い出すのかと。焦った村人たちが村長の命を受けて、……彼を襲いました」

 マリナは小さく「やっぱり」と呟いた。
 あからさまに動揺し、カマかけに見事に引っかかった村長の言動から推測していたのだが、これで確定した。

「私はそれに加わってはいませんが、村人がそうするのを見過ごしていたのですから同じです。それでも彼はあなたがたのところへ辿りついて、助けを求めたのですね……」

「……彼は最期まで、命が尽きるその瞬間まで、子供たちの身を案じていました」

 最期を看取ったレティシアが依頼主の死に際の様子を伝えると、青年は涙ぐんだ。

「私たちのした事はやはり間違っていたのでしょうか……」

 その問いに答えを出せる者はいなかった。
 どちらを選んでいたとしても片方は死に、片方は後悔に苦しめられる。
 完璧な回答なんてないのだから。

「あらかた聞き出せたわね」

「そうだな。そろそろ行くか」

 頭を使いすぎて疲れたのか、エリックは大きく伸びをした。

「あなたがたは……やはりオーギュスト様を……」

 青年は恐れるように口をつぐんだ。

「倒すさ。おれたちは『この村を救ってほしい』と頼まれたんだ」

「諸悪の根源がはっきりしたんだもの、排除しなければ依頼達成とはいかないでしょう。話し合いで解決できたら楽ではあるけど……そう簡単にはいかないでしょうね」

「いいねぇ、国を相手に喧嘩売るっつーのは。そうそうない刺激だぜ」

「……一人で盛り上がってるところ悪いんだけど、もちろんそうならないと踏んだから言ってんのよ? オーギュストはもう領主じゃないんだし、そもそもどんな人間だろうと領民を、子供をさらって殺しているのなら極刑は免れないわ」

「こどもをさらうくるった男をすておけなかったとおりすがりの冒険者、ですの」

「でも……、本当にあのオーギュスト様を……そんな、恐ろしい」

「あなたたちは領主を慕っていたの?」

「ま、まさか。ただ、信じられないんです。逆らおうなどと考えつく人がいるなんて……私たちのような塵に等しいものが力あるものに逆らうなんて……、そんな事、あっていいんでしょうか……?」

 青年は俯いたまま恐怖に震えていた。

「私はまだ、領主様に逆らうなんて愚かな事だという気がします。けれど、もし皆さんが本当に成功したのなら……きっとそれは正しい事なのでしょうね」

 もはや洗脳に近いほど搾取される事に慣れきってしまっている。
 彼が生まれた時から、いやそれ以前からずっとこの村は虐げられ続けてきたのだろう。

「こんな状況に甘んじているのはおかしいと、間違いなのだと。皆さんが証明してはくださいませんか……」

「………………」

「ん? な、なんだよ?」

 答えを待つ青年の前にエリックが押し出された。
 エリックはすぐさま振り向くが、犯人と思しきマリナとスコットはそっぽを向いて知らんぷりしている。

「……、」

 答えろ、という事だろうか。
 半年近い付き合いになるが、彼女らはこういった場面ではいつもエリックに発言を任せている。
 今回もいつも通りなのだろう。

 ならば返してやろう、渾身の答えを。
 エリックは肺いっぱいに空気を吸い込んだ。



 『陽光を求める者たち』は領主オーギュストに与えられた古城、その地下室に降り立った。
 壁際で蝋燭の明かりがゆらゆらと揺れ、その頼りない光源が部屋を辛うじて照らしている。

 古城の規模に比べると、ごく小さな部屋だった。
 あちこちに武器やおそらくは拷問用の器具が所狭しと立てかけられている。
 床に視線を落とすと、赤黒い染料――おそらくは血液――で描かれた魔方陣が見えた。

 部屋の奥には大きな祭壇が存在感を放っている。
 その上に両手両足を縛られて転がされているのは見間違えるはずもない、村で行方を消した幼女セシルだ。
 祭壇の傍らには二人の男が佇んでいる。

「誰だ? そこにいるのは……」

 気配に気づき、冒険者たちを睨めつけたのは初老の男だった。
 艶のない長い黒髪は柳のように垂れ下がっているものの、ぎらぎらと輝く眼光までは隠しきれていない。
 身に纏っている衣服の室から、彼が領主オーギュストなのだろう。

「ふん、汚らわしい身なりだな。野盗の類だろうが、私の城に忍び込むとは命知らずな輩だ」

「祭壇への供物が増えましたな」

 領主オーギュストの傍で下卑た笑みを浮かべるのは黒色のローブを纏った男だ。
 こちらも不気味なほど生気のない顔色をしているが、瞳だけは鋭く爛々と輝いている。
 風貌から老人かと思われたが、声色はさほど歳を食っているようには聞こえない。

「このような者たちを捧げたところで悪魔もそう喜びはしますまいが、儀式の彩りにはちょうど良いでしょう」

 魔術師風の男はひび割れた唇を吊り上げて笑う。
 一方の領主オーギュストは冒険者にさして興味もないらしい。
 魔方陣上の幼女に熱っぽい視線を注いでいる。

「……血の魔方陣、それにつたない祭壇。召喚の手法がまちがいだらけですの」

 こんなもののために子供を犠牲にしていたなんて、とクロエは震えた。
 震えを押し殺すように握りしめた奥歯が軋んだ音を立てた。

「何をぶつぶつと言っている。命乞いなどしても無駄だ。私の楽しみに水を差した報いは受けてもらうぞ……」

 領主オーギュストは幼女に向けていた剣をこちらに向けようとして、はたと手を止めた。

「……子供がいるではないか! おお、それも……なんと美しい」

 異様な熱を宿した領主オーギュストの瞳は他の一切にかまわずクロエだけに向けられている。
 その視線が愛撫するかのように、クロエの髪を、瞳を、唇を、四肢を辿ってゆく。
 粘ついた視線の前に、クロエはその身を竦めた。

「おお、しかし、その美しさはすぐに失われてしまう。年齢とともにみるみる腐敗してゆくのだ……耐えられぬ! このような美をただ腐敗するに任せるなど……」

 狂気に満ちた恍惚の表情は瞬く間に刃物のような鋭さの怒りの表情へ切り替わる。
 溢れだした憤怒を抑えられないとばかりに剣の切っ先を床に叩きつけた。

「おいで。私の手でその美を永遠に留めてあげよう。この剣でその首を落として、私の寝台に飾ってあげよう。悪魔にくれてやるのはもったいない。寂しくはないぞ、毎日話をしてあげるから」

 城の一室に、幾人もの子供を攫い惨たらしく命を奪った一部始終を綴った日記があった。
 また、子供のものと思しき無数の白骨が大きなかまどにくべられていた。
 そこでは恨みと執着で現世に留まり続けていた子供の死霊に襲われた。

 子供たちがどうやって殺されたのか、どんな思いで死んでいったのかも知っている。
 領主の悪逆非道な振る舞いには同じ子供のクロエも憤慨した。
 だのに、いざ狂った領主を目の前にすると怒りよりも不気味さや得体の知れない恐さを感じた。

「――冗談ではありません!!」

 叫んだのはクロエではなかった。
 だん、とレティシアが大きく一歩踏み出す。
 震える拳を抑えつけようと固く握りしめ、爪が掌に食い込んで血が垂れている。

「いいですか、耳の穴ァかっぽじってよくよくよく聞きなさい! あなたのような俗物にくれてやるほどクロエの……いいえ、他のどの子供の身体も安くありません! たかが戦を取り上げられた程度でクソみたいにくだらない魔術の真似事に溺れて、か弱い子供をさらって自分の欲望のために黒魔術なんかの生贄にしやがって! 悪魔なんてわざわざ呼び出す必要なんかこれっぽっちもありません! 自分の顔も見た事ないんですか! 鏡がないなら貸してあげますからよぉーく目ン玉開いて見てみなさい、悪魔はあなた自身でしょうがッ! くそっ! くそおっ!! どうして私はシスターなんかやってるんですか!!! どうしてあなたのような悪魔じみた外道相手にも救いを与えなくちゃならないってんですか!!!! なんか『野盗』に斬られて無様に死んでいくのがお似合いだってんですよぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!」

 地下室に至るまで、『陽光を求める者たち』は古城の中を一部屋ずつ探索した。
 その過程で明らかとなった領主オーギュストの非道、悪行の数々はとても人間の所業とは思えないものだった。
 積もりに積もった怒りはついにその矛先を得て、更に上乗せされた怒りが爆発した。

「あぁ、恐ろしい。人間は恐ろしいのう。妖魔よりも悪魔よりも何よりも、人間の欲望のためにこんな陰惨な事ができる人間はおっそろしいのう? さぁ、それが巡り巡ってあんたに返ってくるんじゃぜ。せいぜいあがけよ領主様。今回ばかりはド屑なわしも更にそれ以下の屑に出会えてちょっと手加減できそうにないからのう」

「……ふん」

 冒険者たちの怒りを前にしても領主オーギュストは口端を軽く上げただけだった。
 そして、もう有無を言わさぬとばかりにまっすぐ切り込んでくる。

「――変ッ身ッ!!」

 エリックは胸元の七色の七つの石を撫ぜ、光の奔流と共に『不撓の魔鎧』をその身に召喚する。
 暗色系の下地に赤いラインが走った要所に金属のガードが付いた鎧のような衣服。
 アーメットに近いが黄色い触角ような飾りのついたデザイン性の高い兜。
 一見すれば全身鎧だが、ゴテゴテした印象がまったくないスマートなデザインは、どちらかといえば仮装に近かった。
 しかしてその実態は、単純な物理・魔法に対する防御性能を付与する一種の魔具アーティファクトである。

 領主オーギュストの先制の一撃は召喚・装着されたエリックの籠手によって阻まれた。
 戦で武功を立てただけあって、さすがに手練れの様子だ。
 だが、それしきで怯むエリックではない。
 正義の味方エリック・ブレイバーは義憤を力に変えられるのだ。

「たとえどんな理由があろうが関係ねえ! テメェのやった事は絶対ぇ許せねえ!!」

 数多の戦場を潜り抜けてきた剣技は、ことごとくを『不撓の魔鎧』によって封じられた。
 否、いくら魔具であろうと斬れない道理はない。
 エリックは刃が十全に威力を発揮する角度を見極め、わずかずつずらして受ける事でその勢いを殺しているのだ。

「邪魔ですリーダー! だぁぁぁらっしゃあああぁぁぁぁぁ!!」

 片っ端から攻撃がいなされている外側からレティシアのレイピアが縫うように領主オーギュストを襲う。
 怒りによってリミッターが外れているのか、その攻めは苛烈を極める。
 ただ単純な力任せの攻撃ではない。
 攻め手はがむしゃらなくせに技のキレと鋭さは異常なまでに冴え渡っている。

「おおおおおおおおおっ!!!」

 エリックの放った【雷破】が剣を伝って領主オーギュストの身体を打ち抜いた。
 もともと気を練って生み出した稲妻だけに、その一撃のみで絶命させるには至らない。
 だが電撃を浴びれば意志とは無関係に身体は痺れ、いくら抗っても一時的にその動きを止める。

「がッ……!!」

 レティシアの操るレイピアが唸りを上げ、神速の突きが領主オーギュストの四肢を穿つ。
 領主オーギュストは地に倒れ伏した。
 手放された剣はエリックが踏みつけ、二度と彼の手に渡らないようそのまま階段のほうに蹴り飛ばした。

 ふと気が付けば、魔術師風の男のほうもすでに終わっていた。
 マリナの鋼線とガイアの斬撃を烈火のごとく浴びたのだろう、黒いローブがずたずたになっていた。
 それでも辛うじて息をしているところを見ると、どちらかが手加減したのだろう。

「う……わ、わたしも、ついに天に召される時が、来たのか……」

 まるで他人事のように領主オーギュストは嘯く。
 レティシアの突きは彼を絶命させるほどの傷を負わせていない。
 だが、これまでの悪逆非道の限りを尽くした彼の所業を許せる者などいない。
 身動きの取れない彼にとってはもう終わったも同然なのだろう。

「……何を、」

 予想外の反応だった。
 外道の最期がこんなに整っていていいはずがない。
 醜く足掻くなり、口汚く罵るなり、死の恐怖に怯えるなり、もっと相応しい反応があっていいはずだ。

「何を、きれいに死のうとしてるんですか……!」

 それが余計にレティシアの感情を逆なでる。

「数多の人の命を踏みにじって辱めておきながら! 何をだけがきれいに終わろうとしてんだ!! !!!」

 怒りで理知的な口調を捨て去ったレティシアに対し、横たわるしかできないはずの領主オーギュストは笑って見せた。
 嘲りの笑いだ。

「――ッ!!」

「レティシア!」

 エリックは咄嗟にレイピアを持つ彼女の腕を掴んだ。
 このままでは彼女は領主オーギュストを殺してしまうのは火を見るより明らかだ。
 とはいえエリック自身、何をもってこの場を収めるのかを決めきれていない。

「何のつもりです。まさか『殺すな』だとか宣うつもりじゃありませんよね?」

「……、」

「いくら馬鹿なあなたでも善悪の区別くらいつくでしょう? この男を生かしておけばまた何の罪もない無垢な幼い命が奪われていきます。それくらい理解できるでしょう? ここで止めておかねばならない事くらい分かるでしょう?」

「……分かるよ。そいつのやった事が許される事じゃねえってのも分かる。だけど、だからって殺すなんて――」

「何を言うかと思えば。正義の味方が聞いて呆れますね。……いいですか馬鹿野郎、あなたのそれは正義感でもなければ倫理観から来るものでもない。あなたはただ単に怯えているんですよ」

「怯えてなんか……おれは――!」

「だからそういうところが異常なんですよ。この男の所業は誰がどう見たって極刑モノです。あなたが守るべき弱者にでも聞いてみればいい。一〇〇人いたとして一〇〇人が情状酌量の余地なし、と答えるでしょうよ。それでもあなたはこの男を殺すべきでないと思いますか? 生かして、永遠に来やしない更生の機会を待ち続けるんですか? 性善説を唱えるのは結構ですが、他人にそれを強要しないでいただけませんか? 迷惑ですから」

 早口で捲くし立てられ、エリックは完全に言葉を飲み込んだ。
 これでもかというほどに気圧されている。

 エリックだって領主の所業には腹を立てたし、絶対に許せる事ではないとも思っている。
 それでも命まで奪ってしまうのは違う気がして最後の一歩を踏み出せない。

「まぁ、そう強く言ってやるなよ。相手は本物の馬鹿なんじゃからのう。見てるこっちが痛々しいぜ」

 その空気を打ち破ったのは意外にもスコットだった。
 しかもレティシアを宥めるような言葉を吐いている。

「知りませんよ。イライラしているところに横合いからふざけた真似されたら誰だって怒るでしょう」

「ふん。いくら正論だろうとお前さんのそれは単なる八つ当たりじゃのう。それじゃあ人の心は動かせねぇぜ?」

「何を言いたいのかさっぱり分かりません」

「要はお前さん以外の全員がってこった。お前さんにとっちゃそれが正義なんだろうが、行き過ぎた正義はもはや正義とは呼ばねぇ」

 気づけばレティシアの周りには誰もいない。
 領主に対して激しい怒りを抱いていたはずのエリックやクロエも、今は一歩引いた位置から動けなくなっている。
 あれだけたったひとつの目標に殺到していたはずなのに。

「――ッだから何だと言うのです! 誰について来てもらわなくても結構です、私が領主を殺す事には変わりはありません!!」

「そうはいかねぇんじゃよ。もはやお前さんの正義は揺らいだ。お前さんの独りよがりな正義を押し通すと言うのなら、どこぞの正義の味方とおんなじじゃのう?」

「……理解できません」

「だったらおいおい考えていけばいいんじゃねぇか? あと、何か勘違いしてるかもしんねぇが……」

 スコットはいったん言葉を切り、左手を動かして領主へ向けた。
 その手には先ほどの戦闘からずっとクロスボウが握られていた。
 必然、すでに弦は引き絞られ矢は番えてある。

「わしはこの男を許すとも生かすとも言ってねぇんだよなぁ」

 ヒュガッ、と空気を切り裂く音がした。
 一角獣のように額に矢を生やした領主は大きく跳ねるように震えた後、二度と動く事はなかった。
 タイミングを見計らったように、部屋の隅ではガイアが魔術師風の男の喉を裂いていた。
 何の打ち合わせもなかったように感じたが、二人はもともと山賊の頭と用心棒だ。
 この程度はツーカーなのだろう。

「……ッ、」

 レティシアはしてやられた、という風に唇を噛んだ。
 が、すぐにそっぽを向いて表情を隠した。
 いくら大罪人だろうと死をもって贖った相手にこれ以上の贖罪は不可能だ。
 レイピアを鞘に収め、レティシアは大きく息を吐いた。

「何か文句あるかよ正義の味方さんよぉ?」

 クロスボウを仕舞いつつ、スコットは言った。

「いや……」

「あんまり気にすんなよ。馬は馬方、適材適所ってヤツだ」

「誰かがやらなきゃならなかったって事なのかよ……」

「あの村を救ってほしいって願い、お前さんが請け負ったんじゃねぇか。もうひとつの願いを請け負ったのもお前さんじゃろ。だったら放り投げずに最後まで面倒見てやれよ」

 結局、依頼を請け負った以上は解決しなくてはならない。
 依頼主が求めたのは村を救済であり、それを叶えるためには領主の存在は絶対に無視できない要素になる。
 説得して村から手を引かせる事ができればあるいは違った結論が出たかもしれないが、現実はそうならなかった。

 領主は数多の子供たちを攫い、命を奪い、終いには村人ではないクロエの命まで己の悦楽のために奪おうとした。
 説得不能。
 その時点で冒険者としての選択肢はただひとつに絞られた。

 エリックはそれに気づけなかった。
 いや、気づいていたとしても必死に目を逸らしただろう。
 それは矜持ではない。
 傍迷惑な、ただの自侭だ。

 我を通すのであれば道を拓かなければならない。
 エリックはそれを怠った。

「……くっ!」

 エリックはがっくりと項垂れた。
 誰かが祭壇に囚われていた幼女セシルを解放した様子が、幼女が咽び泣く声が、音で伝わる。
 愚かしくも正義の味方エリック・ブレイバーは倒すべき敵を倒せず、救うべき子供すらも忘れて、ただひたすらに自分の無力を呪うしかなかった。



 幼女を家へ帰した『陽光を求める者たち』はぽつりぽつりと降り出した雨の中、帰路についていた。

「本格的に降り出す前に、雨をしのげるところが見つかればいいんだけど」

 マリナはどんよりと分厚い雲で覆われた空を見上げながら言う。

 村では宿を断られた。
 唐突に領主の支配から解き放たれた村人たちはひどく困惑していて、その元凶とも言うべき冒険者たちはにべもなく追い出される形となった。

「『夜が来るよ 雨が降るよ 早くお帰り 子供たち 人さらいが やってくる』……」

 前を行くクロエが、小石を蹴りながら老婆の家で聴いたわらべうたを歌っている。

「……気に入ったの?」

「まさかですの。ただ、すこし気になっただけですの」

 後ろを振り返り、クロエは目を細めた。

「城でみつけた日記によるとむかしの領主もにたようなことをやっていたみたいですの。このおうたは……きっとそのころに生まれたですの」

「でしょうね。それにしても、よく歌詞を覚えていたわね」

「くりかえしが多いですし、なんだか印象深くて……でも、忘れたほうがいいかもですの。大勢の子どもたちの死があったからつくられたものですし……」

「……忘れなくていいわ。覚えていてあげなさい」

「……そうですね。語り継いでいくこと、後世への警告とすること。それがきっと死んだ子たちへのはなむけになる」

 しとしとと静かに振る小雨の中、クロエの甘ったるいソプラノ声が歌を紡ぐ。
 誰もが声を出さず、わらべうたに包まれながらを黙々と歩を進める。

 ややあって小さな看板と柵が見えた。
 ここが村のはずれのようだ。

「…………」

 その傍には『陽光を求める者たち』を襲った村人の青年が立っている。
 青年の髪も衣服も、雨でじっとりと濡れている。

「ずっと待ってたの? 雨が降っているのに」

 青年は答えず、黙ったままエリックたちに向かって深く頭を垂れた。
 領主の城へ向かい無事に戻ってきた冒険者たちを見て、彼が何を思い、何を考えたのか。
 その心中は誰にも分からない。

「………………」

 雨の中へ消え行く冒険者の姿を、青年はいつまでも見送っていた。



「……なぁ」

「どうかしましたの?」

「おれにもあの歌、教えてくれよ。おれも……忘れないからさ」

 依然変わらず。
 答えは、まだ出ない。



【あとがき】
『陽光を求める者たち』、Lv4のシナリオは柚子さんの「子供狩り」です。
じっとりと重たい雰囲気の中で繰り広げられるダークなお話です。
いや、というかもうタイトルで明るい話じゃないって分かりますね!
最初に得られる情報は少ないながら、しかし冒険者たちが行動し、思考し、掴み取る事でクライマックスへ向かっていく様は、冒険者たちが『生きている』のだと実感させてくれる気がいたします。

中堅レベル向けシナリオだけあって、エネミーも大物です!
初見はそのまま、二度目は子供PCの数を増やしていきましょう、是非!

さて、今回はレティシア回でございました。
性癖暴露と共に個性爆発、といった感じにしたかったのですが、最終的にエリックが奪っていった感がありますね。
強気の戦士系お姉さんは妙な性癖を持つのが周摩家のルールですねミリア姉さん?
ともかく、彼女の『守るべきもの』は作中の通り。
エリックやガイアとも違う、彼女だけの正義があるのです。

……そしてやはり頼れるのか頼れないのか分からないけど活躍するお頭ァ!

☆今回の功労者☆
レティシア。マジギレしていたけど消化不良でごめん。

報酬:
なし

戦利品:
【誘眠の書】
【翡翠の首飾り】→売却→300sp


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『子供狩り』(柚子様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。

『子供狩り』(1/2)  

「ほんによう降りますなあ。こないな中に雨ざらしにされたら、いくら冒険者でも病気になってしまいますじゃろ」

 白髪の老婆は人数分のシチューの皿をテーブルに並べつつ、人当たりのいい笑みを浮かべた。

「ほら、これでも食べて身体あったこうして。夕飯の残り物なんじゃがね」

「いやいや、とんでもないご馳走だ! ありがたくいただくよ!」 

 雪の季節が近いこの時期、ただでさえ雨に降られて身体が冷えているところでほこほこと湯気を立てるシチューは反則的だ。
 じっくりと煮込まれてほろほろに溶けるじゃがいもは程よい甘さを口の中に広げていく。
 今のエリックらにとっては何よりのご馳走である。

「おーいしい! からだのしんからあったまりますのよ」

 窓の外の闇は深く、雲間を窺い知る事はできない。
 先ほどから雨が強く弱く窓硝子を叩いている。

 エリックら『陽光を求める者たち』はとある依頼の帰り道で思いがけず雨に降られてしまった。
 あいにく宿など望むべくもない山中だったので雨ざらしの覚悟を決めていたところだったのだが、そんな中で一軒の小屋を見つけて訪ねたのだった。

「すみませんね、ご婦人。こんな夜更けに押しかけてきて食事まで頂いてしまって」

 ほほほ、と老婆は上品に笑う。

「困っている旅の人に閉ざす戸なんぞありませんよ。ゆっくりしておいき」

 そう言ってくれてはいるものの、ただでさえ一人暮らしの小屋だ。
 冒険者が六名も急に上がりこんでいては迷惑極まりないだろう。

 エリックは未だ雨脚強い窓の外を見やり、

「街道に出るまでおおよそ四半刻といったところか。リューンもそう遠くないな」

「おいおい。雨が降ってなきゃ、だろ」

「分かってるよ……それにしてもよく降るなぁちくしょう」

「ほんにほんに。こんな夜はあったこうして、早う寝らんと。人さらいも来てしまいますしのう」

「人さらい?」

 唐突に物騒な言葉が飛び出してきて、思わずエリックは聞き返していた。

「この辺りには野盗でも出るのか?」

 だが、よくよく考えれば有り得ない事ではないように思われる。
 人家もまばらな山中だ、そうした行為はやりやすいだろう。
 しかし老婆は黄色い歯を見せて笑った。

「おやまあ私ったら、よう考えもせんと物騒な事を口走ってもうた。この辺りではよう言うんじゃ、『夜に雨が降ると人さらいが来る』いう風に。意味なんぞない、雨が降ったときの決まり文句みたいなものじゃよ。そうそう、わらべうたにもあってのう……」

 老婆は顎に手を当てて思い出すような仕草をして、頼んでもいないのにこの地方に伝わる童謡を歌いだした。
 雨音を伴奏に、しゃがれた声が細く響き始める。

『夜が来るよ 雨が降るよ
 早くお帰り 子供たち
 人さらいが やってくる

 夜が来るよ 雨が降るよ
 振り返らずに お急ぎよ
 背中に誰かの手がのびる

 後ろをご覧 球蹴りしていた
 子供たちは どこ消えた?
 後ろをご覧 おしゃべりしていた
 子供たちは どこ消えた?

 夜が来るよ 雨が降るよ
 早くお帰り 子供たち
 人さらいが やってくる』

「……これはまたずいぶんと不気味なおうたですの。童謡にはあまり適さない気がいたしますわ」

「似たような歌なら知ってるわ。そっちでは子供をさらうのはオーガだけど」

「きっと暗くなっても遊びたがる子供を怖がらせて早く帰らせるためにあるのでしょう。よくある話です」

 遊び盛りの子供たちに業を煮やした母親たちの苦心の作、といったところか。
 道徳教育等を子供に分かりやすく伝えるための手段として童謡や童話が生まれる事もある。
 この不気味な童謡もその類かと思ったのだが、

「ほっほっほ、そんな見方もありますじゃろなあ」

「作り物ではない、と?」

「左様、私の母親が言うとった。この辺がまだ村と言ってもいいくらいじゃった昔の話でな、小さい子が何人も居のうなってしまう事件があったそうじゃ。草の根分けて探したが、ひっとりも見つからんかった。村の者も総出で、当時の領主様も冒険者を雇ってまで探したというんじゃが、結局原因は分からずじまいだったそうな。歌はその事件を踏まえておるんじゃよ」

「……それでこんなに恐ろしげな歌詞、ですか。歌の通りに人さらいか、それともオーガの仕業かもしれませんね。いずれにしろ、子供が巻き込まれる事件は痛ましいものです」

 レティシアは十字を切り、かつての被害者に祈りを捧げた。

「怖い歌じゃが、その裏には二度とそんな事を繰り返してはならんという思いを感じるのう。忘れてしまわんように歌にしたのかもしれん。人間はすぐ忘れてしまいよるからのう……」

「……そうね」

 話が一段落して、マリナは小さく息をついた。
 窓を叩く大粒の雨を見ながら、マリナは明日の天気を危ぶんでいた。
 一向に雨脚が弱まる気配はない。
 やはり雨ざらしは逃れられないかもしれない。

 ふと、雨音に混じって別の音をマリナの耳が捉えた。
 泥濘を踏みつける規則的な音、誰かがこちらへ近づいてきている。
 少し遅れてスコットが椅子に座りなおし、ガイアは刀へ手を伸ばした。

 家の出入り口が勢いよく開かれ、男が入り込んできた。
 閂がかけられていなかった事に一瞬ぎょっとしたマリナだったが、この家の主があの人当たりの良さそうな老婆だった事を思い出してため息をつく。

「はぁ……はぁ、はぁ……」

 男はずぶ濡れで荒い呼吸を繰り返している。
 身体を引きずりながら家へあがろうとしたが、精根尽き果てたようにその場へ倒れ込んでしまった。

「おやまあ、大変! すぐに湯を沸かさにゃあ。長い事雨の中にいたんじゃろ、こんなに身体が冷えてしもうて……ひっ!」

 駆け寄った老婆が息を呑んだ。
 男の腹部から、赤い滴りが染み出していたからである。
 すぐさまレティシアが傷口を検めるが、眉をしかめて首を横に振った。

「刃物で抉られて内臓がはみ出しかかっています。これでは、もう……」

「あ、ぁ……あんたたち、そのなりは……冒険者かい?」

 異常事態に立ち上がりかけたエリックを、マリナがその肩を掴んで止める。
 訝しげに振り向いたエリックに対し、マリナは無言で首を振った。
 面倒事はご免被る、という意思表示だった。

 しかしエリックはそんな事はお構いなしだ。
 マリナの手を払い除けて男に近づく。

「頼む、村を……俺の村を、救ってやってくれ……」

 男の息がひゅうひゅうと擦れだす。
 懸命に言葉を紡ごうとしているが、音にならない。

「しっかりしろ! お前の村がどうしたってんだ!?」

「こ、子供が……子供たちが……、俺は、俺なんか、俺一人の命……なんか、喜んで……捧げ……でも、子供たち……が、なんて、た、耐えられない」

 そうして喋っている間にも、床には真っ赤な血溜まりが広がっていく。
 男の目も焦点があっていない。

「村は……東に山を一つ越えたところに……こ、これを報酬に……」

 言い終える前に男の身体から力が抜け、ぴくりとも動かなくなった。
 レティシアは瞳を覗き込み、しばらく黙した後、下唇を噛み締めた。
 そして開いたままの目を閉じさせる。

 男が差し出したままの手の中には、鈍く光る首飾りがあった。
 詳しい価値は調べてみなければ分からないが、幾許かの金にはなるだろう。
 言い換えれば、報酬として機能する事になる。

「――言っておくけれど。これは正式な依頼じゃないわ。宿を通していないし詳細すら曖昧、話す前に死んじゃったもの」

「マリナ、何が言いてえんだ?」

「こんの馬鹿……、ああもういいわ。勝手にしなさい」

 呆れてため息もでないマリナは腕を組んで身を引いた。
 この自称正義の味方であれば垂涎モノの状況だ、断るはずがない。
 今回はタダ働きにはならないだけマシ、なのだろうか。

(ま、そう思って諦めるしかないわね)

 マリナは深くため息をついて、せめて雨が上がってくれる事を祈るしかなかった。



「暗くて分かり辛いけれど、向こうに人家のようなものが見えるわ」

「どれどれ……あぁ、本当だ本当だ。あれが例の村か。やっと着いたなぁオイ」

 早朝に出発した冒険者は山一つ分の長い道のりを歩き続け、ようやく目的の村を前にしていた。
 頭上には薄紫の暗雲が垂れ込め、辺りは既に夜の気配を孕んでいる。
 夕べから一晩中降り続いた雨も今は止んでいるが、いつ振りだしてもおかしくない天気だ。

「こんな天気なのに山越えなんて呆れ果てるわよまったく」

 地面のぬかるみや土砂崩れは相当なものだった。
 依頼主の男の切羽詰った様子は、村が一刻を争う事態だと告げていた。
 それ故に日中のほとんどを移動に費やしたのだが、こうして夜が近づいている現状、結果的には正解だったといえる。

「……妙じゃのう」

「あ? 何が?」

「ここまで近づくまで誰も村に気づかなかったのよ。どうしてだと思う?」

「どうして、って。こんなに暗いんじゃ気づくわけねえだろ。ここまで来てようやく家らしい輪郭が見えてきたんだからな」

「……どうしてくらいのか、ぎもんに思わないですの? この村にはあかりがついていないですのよ」

「日が沈んでからまだそう経っていないにしてもこの天気よ。明かりを点けるのが普通だと思うけれど」

 合点がいったエリックは、村の方角を睨むように見つめた。
 なるほど明かりのついた家はただの一軒もない。

 いつまでも尻込みしているわけにもいかず、エリックらは村の中へと足を踏み入れた。
 通りに人の姿は見当たらず、家々もまばらで閑散とした村だ。
 夜闇の濃さが増しているのに対し、明かりのついた家が一軒もないのが気に掛かる。

「ここに降りてくるまでは廃村である可能性も考えておったが……どうやらそりゃなさそうじゃなぁ。道に新しい足跡がある」

 スコットは演技掛かった調子で両手を広げてくるりと回る。

「生活感はある、人が住んでいる気配もある。じゃが、どこか打ち捨てられたような雰囲気があるのはなァんでじゃろうの?」

 ただ投げかけるだけの疑問の言葉だったが、誰もそれに答えられない。
 廃村というだけならまだしも、人気がないのに生活感があるというギャップが不穏な空気を醸し出していた。
 試しに手近な民家のドアを叩いてみるものの、扉が開かれる事も応えもなかった。

「待てぃ、扉の向こうに人の気配を感じる。衣擦れの音がしたぞ」

 言うが早いか、口の前に人差し指を立てたスコットは扉へと張り付く。
 しばらくして、彼は扉から離れた。

「向こうに誰かが居るのは間違いないのう。息を潜めてこちらを窺っとる様子じゃな」

「……居留守を使われているのですね」

 取り合ってくれないのでは仕方がない。
 無理やりこじ開けるわけにもいかず、エリックらはその場を離れて再び村を散策する。
 ようやく村の外れで見かけた斧を抱えた樵らしき男は、エリックらの姿を見て青ざめ、呼び止める間もなくそそくさと立ち去ってしまった。

「何なんだよ……」

 山間の村が排他的な性格をしているのは不思議な事ではない。
 だが、ここまで頑なに外部の人間との接触を避けているのは少し妙に感じる。
 
「なぁ。何か起こってる感じ、あるか?」

「見ただけで判断できるような異変はないわ」

 言いつつ、マリナは一歩身を引いた。
 隣を歩いていたレティシアはその行動に小首を傾げたが、一瞬後に意味を知る。

「――きゃっ!」

 狭い道から突然飛び出してきた小さな影がレティシアにぶつかった。
 何かと思えば、淡いクリーム色のワンピースに身を包んだ女の子である。
 どうやらマリナは敵意のない幼女が近づいてくるのを察知したのだろうが、レティシアにとっては、

「ありがとうございます!」

 そう興奮気味に叫ばずにいられなかった。
 マリナにはあからさまに嫌悪感交じりの目で見られたが、レティシアは気にしない。
 反面、幼女のほうは見る見る表情を曇らせていく。
 大きな澄んだ瞳が揺れ、今にも泣き出しそうな雰囲気だった。

「ほら、これ」

 エリックが差し出したのは年季の入った人形だった。
 幼女の表情がみるみる明るいものへと変わっていく。
 どうやらぶつかった拍子に手にしていたものを取り落としたらしく、そのまま奪われると思ったのだろうか。

「ありがとうお兄ちゃん」

「気にするな……って、痛っ、痛い! 何だよレティシア何なんだよ?」

 幼女には見えないところで地味に攻撃を受けるエリックだった。

「ねえ、お兄ちゃんたち変な格好だね。どこから来たの?」

「リューンからだよ。この村の人に頼み事をされたんだ」

 幼女は可愛らしく小首を傾げた。
 村の事情を訊ねるには、さすがに幼すぎたようだ。

「ねえお兄ちゃん、セシルと一緒に遊ぼうよ。もう一人で遊ぶのいやだよ」

 セシルと名乗った幼女はつま先立ちをしながら、エリックの袖を引いてくる。
 村の様子はほぼ死に絶えたような静けさだったし、遊び盛りの子供としては相当に退屈なのだろう。
 そして背後の完全なる死角から繰り出されるレティシアの蹴りが勢いを増した。

「ごめんな、ちょっとやらなくちゃならねえ事があるんだ。それが終わってからな」

「ほんと、ほんとに? ぜったいよ」

「ああ、ヒーローは約束を破らねえんだぜ」

 色々と破られたんだけれど、と言いたげなマリナの冷ややかな視線がエリックに突き刺さるが、エリックはへたくそな口笛を吹いてそっぽを向いた。

「ところでおじょうちゃん、村長さんのおうちがどこにあるかごぞんじありませんの? この村で一番えらい人のことですの」

「グレアムのお爺ちゃんのことね。知ってるよ、あっち」

 セシルが指した先に目をやると、木々の隙間から比較的立派な家屋の屋根が顔を出していた。
 さっきからの受け答えでも感じたが、エリックたちを騙そうとする様子は見られない。
 彼女と同い年くらいで冒険者のクロエでもここまで完璧な演技は不可能だろう。

「感謝いたしますわ。それと、もう暗いですからお子さまはおうちにおかえりなさい。人さらいがきちゃいますわよ」

「……、」

 セシルはくしゃりと顔を歪め、身体をひるがえした。
 てっきり「お前が言うな」という風なツッコミを期待していたのだが、少し様子がおかしい気がする。
 彼女は何かを知っていたのだろうか。

「さあ、とっとと村長んトコ行こうぜ。何か知ってるかもしれねえし……おいレティシア?」

「は、はいはい。行きますよ……まぁ、帰りにも会えるでしょうし。お楽しみはその時にとっておくとしますか」

「あ? 何だって?」

「気にしないでください。とっとと終わらせたいのです」

 レティシアに急かされる形で、エリックらは半ば急ぎ足で目的の村長宅を目指した。
 村長宅はちらりと覗いた屋根からも予想はついていたが、他の家々よりも少しだけ立派なつくりをしていた。
 それでも比較的に、ではあるが。

 そんな多少はきれいなドアをノックすると、初老の禿頭の男性が顔を出した。
 エリックらを値踏みするような視線で見回し、

「……何だね、あんたたちは」

 鷲を思わせる鋭い瞳でジロリと睨んできた。
 どうにも歓迎されていないらしい。

「依頼を請けて来た冒険者よ。ある人に『この村を救ってくれ』と頼まれてね。依頼人に心当たりはないかしら? 村の者だと思うのだけれど。黒髪で色白、それからこんな首飾りを持っていたわ」

 マリナが依頼人の首飾りをじゃらりと手に下げると、村長らしき男性はぎょろりとした目をいっそうむき出した。

「……さぁ、知らんな。どこの誰だね、そんな妙な依頼をしたのは」

 村長らしき男性は視線を落として言う。
 その不自然な変化をマリナは見落とさない。

「心当たりがおありのようだけれど?」

「そんな男は知らん。そもそも何の事だ、『この村を救ってくれ』だと? 見たと思うが、ここはいたって普通の村だ。わざわざ冒険者が来るようなところではない」

「ふう……そうは言うけれど、確かに頼まれたのよね。依頼人の様子も尋常じゃなかった。ずぶ濡れで、血相を変えて飛び込んできたのよ」

「知らん、知らん。その男も死に際で気が動転していたんだろう。意識が朦朧としてあらぬ事を口走ったんだ、よくある事だ」

……か。まるで見てきたように言うのね?」

 後ろのほうで、スコットが笑いをこらえきれずに噴き出した。
 クロエも目を伏せて、無言で肩をすくめる。

「あたしは依頼人が瀕死だっただなんて一言も言っていないけれど? ついでに言えば、依頼人が男だとも言っていないわ」

「………………」

「何か知っているのでしょう?」

「わ、わしは……っ、そう、単なる間違いだ。『飛び込んできた』などと言うからなんとなく死にかけだと思ったんだ、深い意味はない!」

「自称『普通の村』なのに随分と物騒な間違いするのね」

「――っ、不愉快だ! 帰ってくれっ!」

 村長らしき男性は顔を真っ赤にして勢いよくドアを閉め、すぐさま閂をかける音も聞こえてきた。

「ふん。ああまであからさまなのも珍しいわ」

「この村になにが起こっているかはまだわかりませんが、村長が一枚かんでいると見てまちがいありませんわね」

「あの様子じゃあ二枚三枚は噛んどるんじゃねぇの? 何にせよ、依頼主が瀕死だったと知っとるっつー事は奴の死に何らかの形で関わっとったんじゃねぇか」

「今の時点で結論を下すのはまだ早いわ。早々に断定すると視野を狭めるわよ」

「ま、どちらにせよ情報が要るわな。いっそ、強引に扉を破って脅迫するってぇのはどうじゃい?」

「それもありだけど」

「ありなのかよ!?」

 マリナは当然のようにエリックのツッコミをスルーした。
 話の腰を折られるのを嫌ったというのもあるが、普段が非常識のカタマリのような男に常識を諭されたような気がして腹が立ったのだ。

「最後の手段よ。怪しいというだけで村長が関わっている物的証拠はないもの。いっそこちらを攻撃でもしてくれれば正当に実力行使に出られるのだけれど」

 ぱき、と指を鳴らしてマリナは物騒な事を言ってのける。
 確かにそれが一番手っ取り早いだろうが、いくらなんでもむちゃくちゃだ。

「……まったく、そういうとっぴな発言はリーダーだけにしてほしいですの」

 誰にも聴こえないように呟いてから、クロエは来た道を引き返していく。



「む、あの子のにおいがします」

「……どうしたレティシア、何か変なモンでも食ったのか?」

「違いますよ失礼な。ほら、あそこに」

 レティシアが指した先には、先ほど会ったセシルという幼女が持っていた人形が落ちていた。
 先ほどは観察する余裕もなかったが、こうして見ると薄汚れてボロボロになっているのが分かる。
 山間の貧しい村では良くある事だ。

「あらら、何度もおとすなんて物もちのわるい子ですの」

「そう言ってやるなよお姫さん。どうやらわざとじゃあないらしいぜ」

「はぁ?」

「馬の蹄」

 スコットは地面にしゃがみこんだまま立ち上がらず、

「見ろよ、人形が落ちてた周囲には蹄の跡がある。ほら、点々とあっちへ続いてるじゃろ」

「……ほんとですの。でも、たんなる野生馬ではないですの?」

「装蹄されとるんじゃよ、野生馬じゃあねぇ。それに、随分と大きな馬だぜ。大人の男じゃないと乗りこなすのは難しいんじゃねぇか?」

「精査は済んでいるの?」

「ああ、蹄の跡は向こうの茂みのほうからこちらへ一直線。そして、ちょうど人形のあった場所で折り返しておる」

「つまりあの子がさらわれた、と」

「あの幼女の家が村はずれにある。装蹄済みの馬で送迎する。人形を落としても気づかない。そういう性質じゃなけりゃそう考えるのが妥当じゃろなぁ」

 それに、とスコットは続ける。

「依頼主が死に際に言っておったじゃろ、子供が云々とな。わしにはどうにも繋がっておるように思えてしょうがない」

「跡、追えますか!?」

「おお、なんじゃいきなりやる気出しやがって……まぁわしにかかりゃあこんなの楽勝じゃ。午前中に降った雨のおかげで地面柔らけぇからな」

 そう会話を続けている間にもスコットは足跡を追っていたらしく、言い終えた時にはもうその視線を水平に戻していた。

「森のほうへ向かっておるな」

「よし、行きますよ!」

「……間違っちゃいないのだけれど、薄気味悪いわね。やる気に満ち溢れるレティシアが」

「うるさいですね! 幼女が私を待っているのです!」

「のう、マリナ。もしかして、っつーか間違いなくこやつ……」

「あたしに答えを求めないでよ。成人してて良かったって喜びを噛み締めているところなんだから」

 つまり、レティシアは『そういう人』だったという事だ。
 『大いなる日輪亭』には幼女趣味疑惑が持ち上がっているレギウスという冒険者がいる――なお、彼は強く否定している――が、そんな彼をステラやクロエといった幼い女の子が慕う様をまるで親の仇のように眺めるレティシアという図はそう珍しいものではなかった。

「……なにやら身のきけんをかんじますの」

「あんた、しばらく大人しくしておいたほうがいいんじゃない?」

「うう……リーダー、背中にかくれさせてくださいですの……」

 じりじりとレティシアから距離を取るクロエだった。
 もしかしたら心当たりがあったのかもしれない。

「あぁ、もう。とっとと行くわよ」

 スコットとそれを護衛するような立ち位置のガイアを先頭に、エリックらは森を進んでいく。
 足跡を調査しつつ進むスコットをやたらと急かすレティシアにガイアが得物を抜きかける事態も発生したものの、どうにかマリナとエリックで宥めた。
 しばらくは順調に進んでいたが、泉に近づいた辺りでスコットが「うげっ」と唸った。

「他の動物の足跡が多すぎてダメじゃなこりゃあ、紛れちまっとる」

「完全に?」

「完全にじゃい。どうやらここは森の動物たちの水飲み場みてぇじゃからのう」

 億劫そうに膝を叩いて立ち上がり、スコットはため息をついた。

「つーかやべぇよ。動物の足跡ン中に割とでけぇの混じって……」

 スコットが言いかけると、傍の茂みになにかの影がうごめいた。
 長身のスコットよりもひと回りもふた回りも巨大な、黒々とした体毛のグリズリーだ。
 口元が引きつったスコットの姿をみとめ、ずんぐりとした巨体を伸び上がらせる。

「……噂をすれば何とやら、って奴かの?」

 縄張りを荒らされたと思ったのか、グリズリーは牙をむき出して威嚇の雄叫びを上げた。


To Be Continued...  Next→

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周摩

Author:周摩
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